第48話 デリエル家

 バッカスと共にルクセン村へ移動してきた俺は、そのままシズクちゃんが待つ馬車へと乗り込んだ。俺と共に現れたバッカスを見て、目を見開くシズクちゃん。


「ナオキよ!なぜこの男を連れてきたのじゃ!こ奴はワシ等を利用しようとした卑劣な男なのじゃぞ!」

「それくらい分かってる!でも、バッカスはデリエル家の場所を知ってる唯一の存在なんだ!俺達がハイネさんを救うにはこれしか方法は無い!」


 俺がそう告げると、シズクちゃんは苦虫を噛み潰したような顔で俺をみつめた。それからすぐにバッカスの顔を睨みつけ、静かに息を吐く。


「……事が終わったら、もう一度牢の中に戻るのじゃな?」

「当然だ。じゃないと、ユリウスさんの首とんじまうからな」

「ならば仕方ない!バッカスよ!ワシ等をデリエル家の元へと連れていくのじゃ!」


 シズクちゃんも納得したことで、俺達はバッカスの案内の元デリエル家の元へと馬車をはしらせた。ハイネさんの無事を祈りながら、馬車はどんどん進んでいく。


だが数分後、バッカスとガストンさんの言い争いが聞こえてきた。俺達は馬車の外から聞こえる罵詈雑言の嵐を聞きながら、一時間以上馬車の中で過ごしたのだった。


「着きました!禿糞狸の話によれば、この先にデリエル家の住処があるそうです!本当かどうか怪しいもんですがねぇ!!」

「お二人共体調の方はいかがか?この女たらしが御者では、馬車も揺れて気持ちが悪かっただろう!外に出て新鮮な空気でも吸ってはいかがかな!?」


 目的地に着いたというのに、まだ罵倒し続ける二人。両者共に顔面をパンパンに膨らませて、青あざだらけになっているのを見て、俺とシズクちゃんは呆れたように溜息をこぼした。


「新鮮な空気って感じはしないけどな」

「うむ。寧ろどんよりしていて気分が悪くなるぞ」


 二人に対する嫌味ともとれる発言を聞いて、バツの悪そうな顔をするガストンさんとバッカス。俺はしれっと『治療』スキルで二人の腫れた顔面を元へと戻すと、暗く淀んだ森の中へと目を向ける。奥には濃い霧が見えていた。その霧の方角をバッカスが指さして話始める。


「この先に進めば、デリエル家の屋敷が見えてくる。ただ……」

「そこに辿り着くまでが問題なんだよな?」

「そうだ。だがワシが居れば、『惑わせの術』など容易に突破できるだろう!」

「よし!じゃあさっさとこんなとこ抜けて、ハイネさんの所へ行くぞ!」


 俺達はバッカスを先頭に霧の中へと入っていく。霧の中を少し進むと、左右と前方に金色のアーチが現れた。この中を通れとでも言わんばかりの形と色をしている。


 恐らくこれが『惑わせの術』という奴なのだろう。俺は前を歩いていたバッカスへと目を向ける。するとバッカスは迷うことなく、右のアーチへと進み始めた。


「初めは右だ。『最初の出会いは右手の握手』と覚えると良い。次は左、その次も左だ。『貴方の左頬を二度もぶった私』だ。そして次は──」


 バッカスはどんどんアーチを進んでいく。その度に、どうやってそれを記憶していたのか、事細かに教えてくれた。その内容を嬉しそうに語るバッカスとは反対に、どんどん顔色が悪くなっていくシズクちゃん。


 流石に俺も耐え切れなくなり、それを遮るようにバッカスへ話しかけた。


「あのさ、バッカス。スラスラ覚えてるのは本当に凄いんだけど、さっきから言ってるその覚え方は何だ?すげぇ独特というか、覚えられる気がしないんだが……」

「これはだな、ヘレナと私との思い出だ。彼女が自分の元へ来られるように、思い出になぞらえて教えてくれたのだ。だから私は決して順路を間違えたりはしない!」

「うむ。それは凄くよい話ではあるのだがな……『尻をぶった』だの『右乳首をつねった』だの、少し内容が濃すぎるぞ。聞いてて気分が悪くなってくるのじゃ」


 シズクちゃんの言葉に、顔をしかめるバッカス。奴からしたらヘレナさんとの大切な思い出なのだろうが、おっさんの性癖やプレイを延々に聞かされるこっちの身にもなって欲しい。


 それから20個程アーチをくぐったが、その間バッカスは無言で歩いてくれた。


「これで最後だ!『そう言えば、貴方の髪は前から抜けていったわね!』つまり、最後は前進だ!」

 

 バッカスがそう言って前方のアーチを潜り抜ける。俺達もそれに続いてアーチを通ると、霧がサーっと晴れていき、目の前に大きな屋敷が現れた。


「おー霧が晴れたぞ!これでハイネさんの元へ行ける!」

「でかしたのじゃバッカスよ!さぁ早く屋敷へと乗り込むのじゃ!」


 シズクちゃんが我先にと屋敷の門を通ろうとする。その瞬間、上空からバサバサと翼の羽ばたく音と共に、甲高い男の声が聞こえてきた。


「おいおいおい!なーんでただの人間がここまでこれたんだぁ!?意味が分からねぇ!というか、理解不能だぜこの野郎!」


 声の方へと目を向けると、背中に翼の生えた男が空を飛びながらこちらを見ていた。ハイネさんの片目と同じように、金色の瞳を持つ男。だが男は両目が金色に光っている。つまり奴は純血の吸血鬼という事だ。


 その男の瞳がバッカスへと向く。何かを察したのか、男は額に手を当てやれやれと首を横に振った。


「なーるほどなぁ!ヘレナ様を連れ去ったクソ人間が居たわけか!通りでここまでやって来れたわけだぁ!」

「ワシはヘレナを連れ去ってなどいない!彼女は、自分の意志でここから出ていったのだ!」


 バッカスが怒りを露にしてそう口にする。しかし男はバッカスの言葉に耳を傾けるどころか、嫌そうに片手で鼻を塞いで見せた。


「うるせぇうるせぇ!人間の吐く息はニンニクみてぇに臭えなぁおい!今はお前等に構ってる暇ねぇんだ!半血の娘がわざわざ自分からやって来たんだからなぁ!」

「ハイネさんは何処に居るんだ!彼女に何かあったらただじゃおかないぞ!!」

「何処にいるかだってぇ!?そいつは俺も知らねぇなぁー!この屋敷の中にはいるかも知れねぇが、生きてるかは知らねぇよぉー!」


 そう言って男はニヤリと笑みを浮かべて上空を飛び回り始めた。その態度にイラつきそうになるのをグッと堪え、屋敷の中へ向かって走っていく。この男は俺達の邪魔をするためにここに居るはず。だったら構うだけ無駄。屋敷の中へ行ってしまおう。


「行くぞ皆!屋敷の中を手分けして探すんだ!!」


 皆で屋敷へと走り始めるが、そう簡単にいくわけもなく。男が上空から急降下してくると、俺達の前に立ちはだかった。


「そんなこと、俺が許すわけねぇだろー!!勝手にクソ人間を屋敷に入れたとあっちゃ、サムエル様に叱られちまうんだからよぉ!」


 男が翼を広げて屋敷への道を塞ぐ。どうにか男の隙をつこうにも、戦闘力の無い俺、ただの禿げたデブのバッカスでは何も出来なかった。唯一戦えそうなのがガストンさんだけ。最早これまでかと思えたその時、シズクちゃんが不敵な笑みを浮かべた。


「ここはワシが食い止める!お前達は先に行って小娘を探してくるのじゃ!」

「何言ってんだよシズクちゃん!俺達は無敵だけど、戦闘力は皆無だろ!」

「何を言っておるか!ワシ等には頼りになる存在が居るであろう!!」


 自信満々にそう口にすると、地面へ何かを描き始めるシズクちゃん。それを見て俺は彼女が何を考えているのか瞬時に理解した。確かに、彼女の力があればあの男を倒せるはずだ。


 俺はシズクちゃんを信じてガストンさんとバッカスに目配せをする。そして俺達はその瞬間を待った。


「貴様の相手はこのワシじゃ!悪いが他の者たちは先へ通してもらうぞ!『使い魔召喚』!」


 その声と共に、俺達は屋敷に向かって駆け始める。「チルルゥ!!」という声と共に現れた黒い巨体。初めて会った時、俺は逃げ出すくらい恐怖を抱いたというのに、今ではこんなにも信頼を置ける存在になっていたとは。


「行くぞチルチルよ!!あの蝙蝠モドキをワシ等でぶっ飛ばしてやるのじゃ!」

「チルチルルルゥゥ!!」


 俺達は二人の声に背中を任せ、屋敷の中へと足を踏み入れた。


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