第47話 頼れるのは愛
『管理地間移動』のスキルでバハマの街へとやって来た俺は、急いで教会へと向かった。俺の姿を見て騒ぎ始める信者たちの輪を抜けて、モリス司教の元へと急ぐ。デリエル家の住処を知る人物に会うためには、どうしてもモリス司教の地位を借りなければならなかった。
「モリス司教!!突然すいません!どうか俺の話を聞いてくれませんか!」
「おやナオキ様ではありませんか!一体どうなされたのです!?」
「会いたい人が居るんですけど、たぶん俺が行っても会わせて貰えないので、モリス司教に一緒に来てもらいたいんです!」
「会いたい人?誰だかは分かりませんが、私で良ければ幾らでもお力になりましょう!」
モリス司教はそう言って二つ返事で俺の願いを了承してくれた。俺達はそのまま、騎士達の詰め所へと向かう。正直俺の胸中は不安でいっぱいだった。
あの男がまだここに居る可能性はかなり低い。正確な処遇を決めるためにも、王都へと護送されていたら、もう俺には打つ手が無かった。そんな不安を抱えながら詰所の中へと入っていく。中で仕事をしていた騎士が、モリス司教の顔を見て立ち上がった。
「モリス司教様ではありませんか!何か御用でしょうか?」
「実は少し用があってな。バッカスはまだここにおるか?」
「バッカス様……失礼、バッカスでしたらまだ地下牢におります!余罪が沢山ありますので、調書を取るのにも時間がかかるのですよ」
そう言って苦笑いを浮かべる騎士の男性。俺はバッカスがまだここに居ると聞いて安堵の息を吐いた。だがまだ目的が達せられたわけじゃない。バッカスがデリエル家の住処を知らなければそれでおしまいなんだから。
俺はモリス司教と騎士の会話を遮るように声を発した。
「バッカスに会わせて貰えませんか!?どうしても聞かなきゃいけないことが有るんです!」
騎士の男性が俺の顔を見て「誰だ?」という表情を浮かべた。バハマの街に住む人なら全員俺の事を知っていると思っていたのだが、どうやら自信過剰だったらしい。
「モリス様、コチラの方は?」
「ん?何じゃお主、ナオキ様のお姿をまだ目にしていなかったのか?こちらはトルネア領の筆頭土地神、ナオキ様であらせられるぞ!」
モリス司教がそう言うと、男性は顔面蒼白になって慌てて土下座を決め込んだ。近くで仕事をしていた数人の騎士達も、その場で立ち上がり俺に向かって頭を下げ始める。
「し、失礼いたしました!!まさかナオキ様がこんなむさ苦しい詰所に来るとは露程も思わず!私の御無礼をお許しください!」
震える声で謝罪の言葉を述べる騎士の男性。俺は男性の傍でしゃがみ込み、気にしていないことを告げる。
「全然大丈夫です!とにかくバッカスに会わせてくれませんか!」
「本当は許可無く罪人との面会をしてはいけないのですが……ナオキ様の頼みであれば問題ないでしょう!ご案内いたします!」
そう言って男性は立ち上がると、詰所の番を他の騎士に任せ俺達を地下牢へと案内してくれた。奥へ進んで行くと、大き目の牢がありその中にバッカスの姿があった。
「つきました。ここがバッカスの牢になります。おいバッカス!面会だぞ!」
騎士が手に持っていた槍で鉄格子をカンカンと叩く。バッカスは俺の顔を見ると、少し驚いたような表情を浮かべて見せた。
「ふっ……土地神様が直々に罰を下しに参ったという訳ですか」
バッカスはそう言って俺達の前まで近寄ると、頭を下げて自らの首を差し出してきた。以前の態度とは比べ物にならない程、しおらしくなったバッカスに驚きつつも、俺は目的の場所を聞き出すため、バッカスに問いかける。
「そんなことする気サラサラねぇよ!俺はあんたにデリエル家の住処を聞きに来たんだ!奥さんから聞いてるはずだ!」
「それを知ってどうする気ですか?吸血鬼共を配下にでも取り入れるおつもりで?」
「ハイネさんがそこへ向かったんだよ!お母さんを探しに!だから教えてくれ!今向かえばきっと間に合うはずだ!」
俺の話を聞いたバッカスは、眉をピクリとさせる。数秒前の取り繕った態度は消え失せ、本来のバッカスの表情へと移り変わっていく。ヘレナさんが生きているなどという妄言を発した俺に、今にも殴りかかってきそうなほど苛立っていた。
「ヘレナを探しに?……アハハハハハハ!何を馬鹿な事を言うかと思えば!ヘレナは六年前に死んだぞ!死人を探しても見つかるはずないだろう!」
「例えそうだとしても、ハイネさんがそこへ向かったのは事実だ!このままじゃ殺されるかもしれないんだぞ!それでもいいのか!」
「そうなったらそれは娘の責任だ!ワシには全く関係のない事!だいたい、アレはワシを殺そうとしていたのだぞ!娘だろうと助ける義理など無い!」
バッカスは息を荒げながらそう告げると、後ろを向いてその場にしゃがみ込んでしまう。俺がその背に向けて声をかけようとすると、モリス司教が先にバッカスの背を杖で突いた。
「落ちたなバッカスよ。確かにお前は欲深く、自尊心の強い男であった。だが、家族への愛だけは人一倍大きい男であっただろう!ヘレナを失ったら、娘はどうでも良いというのか!」
「ワシはアレを弱く育てた覚えはない!!自分の足でソコへ向かったというのであれば、何か勝機があったということだ!ワシとヘレナの娘を甘く見るなよ!!」
再び俺達の方へ振り向き、力強くそう告げるバッカス。助ける義理はないと言う言葉は、彼女を信じているからこそ出たモノだったのかもしれない。だからと言って、そのまま放置しておくわけにもいかない。
ハイネさんは一時の感情の高まりで行動してしまったのだ。馬車でのやり取りを見ていなかったバッカスではそれを知ることは出来ない。だが、俺はそれを知っている。
「ハイネさんが凄いのは俺も分かってる。けど万が一があったら、あんた責任とれるのか?ヘレナさんに顔向けできんのかよ!」
鉄格子の隙間から腕を通し、バッカスの胸倉を掴む。両者譲らぬにらみ合いが続いたのち、バッカスは小さく息を吐いた。
「……地図を持ってこい」
「よし!すいません、地図をお借りしても良いですか!?」
「はい!少々お待ちください!」
そう言って騎士の男性が詰所の資料庫へと向かい、地図を持ってきてくれた。その地図を地面へ広げると、バッカスがある一か所を指さした。
「ここにデリエル家が居るんだな!?」
「ああそうだ。だが一つだけ問題がある」
「問題?」
俺の問いかけにバッカスはコクリと頷く。その表情から察するに、その問題がかなり面倒なものだという事は理解出来た。
「森の中は霧で視界が悪いだけでなく、『惑わせの術』がかかっている。正しい順序で進まねば、死ぬまで辿り着くことは出来ないだろう」
「マジかよ……あんたは正しい順序を覚えてるんだよな?」
「当然だ。だがそれを説明しようにも、いかんせん細かすぎるのだ。ワシがその場に良ければ簡単に進めるのだが」
そう言って悔しそうに拳を握るバッカス。だが奴がどれだけ後悔した所で、この檻の中から出ることは叶わない。裁きを受け、罪を償い、許しが得られなければ、愛する娘を助けに行く事すら出来ないのだ。
まぁそれも、ここが日本であればの話だが。
ここは異世界、法律も大事だがその上に立つのが神である。つまりこの俺。俺の行いは全て正当化される。そう自分に言い聞かせ、俺は覚悟を決めた。
「すいません。お名前聞いても良いですか?」
「わ、私ですか?私はユリウス・ハイデンと申します!得意なのは魔法による遠距離戦闘です!」
突然名前を聞かれた騎士は、嬉しそうに胸に手を当てながら自己紹介をしてくれた。なぜ彼の名前を聞いたのかって?それはこれからする俺の行動によって、彼が責任を取らされる可能性があるかもしれないからだ。
謝罪するときに名前を知らないと不便だろ?
「バッカス。俺の手を握ってくれ」
「手だと?こ、こうか?」
鉄格子を隔てて、俺達は手を取り合う。その行為になんの疑問を抱かないあとの二人は、ポケっと俺達の事を見つめていた。
「ユリウスさんごめん!お説教は後でちゃんと受けるから、今回は見逃してくれ!!」
「へ?一体何の事を──」
ユリウスさんの言葉を最後まで聞かずに、俺は『管理地間移動』のスキルを発動させる。そして次の瞬間、俺に触れていたバッカスと共にその場から姿を消したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます