ピラミッドに住みたいだけの人生

ちびまるフォイ

次の新居はお墓

うちの壁はうすい。


どれくらい薄いかというと、隣の部屋のエアコンの音すら聞こえる。


「ああ……なんでこんなところに住んじゃったんだろ」


上京に浮かれてちゃんと部屋を見なかった。

家具家電付きに目がくらんで、引っ越したアパートは地獄だった。


家具家電もいつの時代かわからないほど古いものだった。

粗大ごみを押し付けられただけじゃないか。


「引っ越し……したい……」


そうは思いながらも、貧乏学生に金はない。

そんなことを愚痴った日の飲み会だった。


友達は俺の愚痴を拾ってくれた。


「え? じゃあ、うち住む?」


「ルームシェアとか?」


「じゃなくて。空き物件があるんだよ。それ貸したげるよ」


「でも……俺、お金ないよ?」


「いいよ。どうせ住む人いないままだったし」


「まじで!? 本当にいいの!? ありがとう!!」


犬小屋のようなアパートから脱出できるチャンスにとびついた。

数日後にチャットで送られた住所へ足を運んだ。


「ここ……じゃないよな」


どう調べても、MAPアプリを見ても間違いなかった。

友達のいっていた物件とはピラミッドだった。


街の真ん中。

そこだけタイムスリップしたようにピラミッドが建てられていた。


「おい! ピラミッドに住むなんて聞いてないぞ!?」


『大丈夫だって。なかはちゃんとしてるから』


「そういう問題じゃねぇ!」


『あ、ごめん、そろそろ切る。今は新しい物件の準備で忙しくって。じゃ』


「あ! おい!」


一方的に電話は切られてしまった。

しかしすでに前のアパートも出てしまったし、ピラミッドを断れば公園でのホームレス生活が始まる。


「しょうがない……」


しぶしぶピラミッドの入り口から中に入った。


回廊のような通路を抜けて広間に出ると、

意外にも中央は広く天井は高く取ってあって開放感がある。


「へぇ……わりといいかも」


明かりも十分でテレビやベッドを置いてもまだスペースが余る。

地味に収納もたくさんあるのが嬉しい。


ピラミッドパワーなのかわからないが、WIFIも繋がりやすい。


「一応……ミイラないか調べておくか」


映画でピラミッドに足を踏み入れた探検家といえば、

壁から飛び出るトゲに串刺しされたり、ミイラにされたりしていた。


探検どころかここに定住するつもりの俺にどんなバチが待っているのか。



半日ほどピラミッドを散策しても、

事前に教えてもらった隠し通路以外に隠されいてるものはなかった。


友達いわく。


『ピラミッドを現代風に作っただけだから当たり前じゃん』


とのこと。


とはいえ、前のアパートでもそうだったが

長くすみ始めてから気づくことは大いにある。


今後の自分の体調変化にはとくに注意していこうと心に決めた。




ピラミッド入居から1ヶ月が経った。



聞こえないはずの声が聞こえたり、

原因不明の病にかかったりなどはまったくなかった。


それどころか、ピラミッドはいつも静かで過ごしやすく

内部も温度が保たれて非情に快適で体調はよくなるばかり。


「ピラミッド……最高じゃないか!」


回廊のようになっている入り口のおかげで、

外からの騒音は内部まで届くことなく静寂が保たれている。


どんなに中で騒いでも外に聞こえることもない。


窓は最小限にしかないので外の冷気が入ってこない。

少しのエアコンであっという間に快適温度が保たれる。


「最初こそキワモノっぽい物件だったけど、

 やっぱり住んでみないとわからないもんだなぁ」


現代の高い物件で隣の部屋に気を使いながら生活するよりも、

ピラミッドで自由な生活を続けるほうがずっと人間らしい。


本当に引っ越してよかったと思った。



それから数日後。


コンビニから家の帰る途中、ピラミッドの周りをテレビクルーが囲んでいた。


「都心に現れた謎のピラミッド。これは古代からの暗示なのか。

 今、カメラが初めて潜入します!」


「ちょ、ちょっとちょっと! 待ってください!」


今にも俺の自宅に押しかけようとしたので止めてしまった。


「ちょっと今撮影中なんですよ。一般の人は入らないでください」


「それはこっちのセリフですよ。なんの許可を得てピラミッド入ろうとしてるんですか」


「は? あなたはこのピラミッドの管理者?」


「ちがいますけど」


「じゃあいいじゃないですか」


「入居者です! 勝手に入らないでください!」


テレビクルーは一瞬ぽかんとしたが、すぐに面白そうなネタだと目の色を変えた。


「え!? 住んでる!? どうやって?

 いつから!? 何時何分地球が何回回ったとき!?!?」


「あーーーうっせぇ!!」


慌ててピラミッドに逃げ帰って、石の扉を閉めた。

外の音は入ってこなくなったが騒ぎになっているのはわかった。


それからというもの、ピラミッドの周辺には人が集まるようになった。


これまではピラミッドの呪いを警戒して見るだけだった人たちも、

中に人が住んでるとなればもう観光スポットの扱いになったらしい。


ちょっとコンビニに行こうと外に出れば、

出待ちしている野次馬が目を光らせて騒ぎ立てる。


「もう……静かな暮らしがしたいだけなのに……」


外にいる人たちのせいで、外に出かける頻度も減ってしまった。

何日も外にでかけない日が続いていた。


世間の関心はピラミッドに住んでる変人から、

迷惑行為をする動画配信者のほうに移り変わっていった。



やっと静けさを取り戻し始めた夜のこと。


ふと、トイレにたったとき。


「え」


知らない人がピラミッドに入っているところと鉢合わせした。


「だ、誰!? ど、泥棒!?」


泥棒とお見合いするシーンなんて考えたことなかった。

警察は何番? 119? 911? 百登板って何番!?


「いえ、私どもは泥棒じゃありません! ほっかむりしてないでしょう!?」


「じゃあなんでピラミッドへ勝手に入ってるだよ!」


「我々は考古学者です」



「……へ」


「ピラミッドは歴史的に価値のあるものです。

 我々はそれを保護するためにここへ来たんです」


「俺は入居してるんだから、勝手に入られるのは困る!」


「いえ、我々もまさか人が住んでいるとは思わなかったんです」


考古学者と名乗る連中の手にはピッケルや、ロープが装備されていた。

調査するというよりもぶち壊しに来ている感すらある。


「とにかく帰ってくれ。ここは俺の家なんだ」


「いいえ、ここは国の重要保護文化財です。昨日そうなりました。

 あなたはそこに不法占拠しているやばい人なんですよ」


「重要保護文化財!? そんなの聞いてないよ」


「通知書は送りましたが、ピラミッドに郵便ポストないんで直で渡しますよ」


「そんな勝手な……」


体の良い追い出しじゃないか。


「というわけですから、ここから早く出てください。

 我々があとはピラミッドをくまなく調査しますから」


「そんなこと言って、本当は財宝とか探しに来てんだろ。

 お前らの装備でなんとなく察しがついてんだよ」


「そそそそ、そんなわけないでしょう!? 不謹慎な!」


「俺は出ていかないぞ! ここが気に入ってるんだ!」


「それならこうしましょう。我々があなたの新居を手配します。

 都心のタワーマンションの最上階。いいでしょう?

 こんなピラミッドに住むよりもずっと快適です」


「そんな場所より、ピラミッドのほうがずっと快適だ」


「強情ですね……この手は使いたくなかったんですが」


男は上着のポケットから銃を取り出した。


「ここはピラミッド。不慮の事故で人死が出るなんてよく聞く話です。変な意地張ってないでさっさと明け渡してください」


「ぐっ……」


「命を失ってしまえば生活もなにもないでしょう? さあ」


じりじりと男が詰めてきたとき。

地面から突き上げるような揺れを感じた。


「な、なんだ!? 地震!?」


男たちが慌てたのを見て、芝居のように叫んでやった。


「ピラミッドが崩れるぞーー!!!」


男たちはその言葉に青ざめて我先にと狭いピラミッドの通路へとネズミのように逃げていった。

揺れはその後も続いたがピラミッドはびくともしなかった。


四角錐の形で地震の揺れを逃がすような耐震構造ができているので、

そうそう崩れることなんてない。


崩れることがあるのは映画で出てくるピラミッドくらい。


「住んでない奴にはわからないだろうな」


それからはもう男たちが押し入ることはなくなった。



ただ、ピラミッドが歴史的建造物として決まったのは事実だったようで

俺はほどなくして家をなくすことになった。


快適なピラミッド暮らしから一転。


今はさむい公園のベンチでひとり新居を探している。


「これからどうしよう……」


ピラミッド生活に慣れてしまった自分はもう前のアパートのような暮らしは無理だろう。

かといって、高級住宅に住むほどの金なんてない。


妙に高くなってしまった生活水準に後悔さえおぼえたとき。


友人から電話がかかってきた。


『もしもし? ピラミッド追い出されたんだって?』


「ああ……今は公園の近くでダンボール集めてるよ……」


『それはよかった』


「よくねぇよ!」


『実は新しい物件ができたから、そっちに住まないか?』


「え? 前に話してた新しい物件ってやつ?」


『そうそう。実際に住んで見て意見を聴きたいじゃん』


「い、いいのか!? ありがとう!?」


『それじゃ住所送っとくね』


なんとかホームレス生活は避けることができた。

友達から指定された住所に向かうと、言葉をなくした。



「こ、ここかよ……」



目の前には堀に囲まれたバカでかい前方後円墳が待ち構えていた。

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