第28話 もうお嫁に行けません
懐かしい香り……
暖かい……
ああ、これは夢だ
子供の頃の私がお昼寝をしている時の夢
『もっと遊びたい~ 私眠くない~』
と言って駄々をこねる私の頭を、微笑みながらただ黙って私の頭を撫でてくれる。
お父様の大きな手に安心していると、段々と微睡んで……
(ガタンッ‼)
「はっ!」
馬車の揺れの衝撃で、意識が覚醒する。
一瞬、自分の置かれている状況が解らなかった。
視界が暗い。もう、日が落ちる時間だろうか?
しかし、薄暗いのは私に毛布が頭から被せられているからだと解った。
そっか…… 泣き疲れて寝てしまった私にティボーが被せてくれたんだろう。
だから暖かい夢を見て……
ん? 毛布にしては背中の方がやけに暖かい……
というか、熱をもった物体があるような……
毛布を剥がして確認を……
あれ? 何かでロックされたように毛布が外せない……
ようやく頭にかかった部分の毛布をずらして顔を覗かせる。
そこで私は、ようやく自分が今どういう状況下にあるのか理解した。
背中に感じていた熱源は、ティボーが私の背中に密着していたから。
毛布が外せないようロックされていたのは、ティボーが後ろから抱きすくめるような体勢で両腕でロックされていたから。
はい、全部ティボーのせいでした。
「ん~っ‼」
私は悲鳴とも何ともつかない、くぐもった声を上げてしまった。
馬車の座席は、人が横になるには狭すぎる。
かといって、2人並列に座ると少々窮屈。
故に、こうして一緒に2人重なって座れば2人とも伸び伸び座れる。
この体勢はティボーの賢い頭で弾き出した最適解なのだろうと、寝起きなのにグルグル回転する私の脳みそが、よく解らない結論に至る。
ふと見ると、私の顔のすぐ横にティボーの腕というか肩があった。
私はどうやら、ティボーの肩を枕にして安眠してしまっていたようだ
無意識に、そっと手でティボーの肩に触れる。
「スラっとして見えるけど、やっぱり男の人だからガッチリしてるな……」
ボソッと独り言を言ってしまった後に、自分が無意識にティボーの身体に触れてしまったことに気付いて焦る。
寝込みに異性の身体に触れるとか最低‼ 犯罪者‼
頭をブンブン振って、煩悩を頭から追い出す。
「今のは違う! 違うの! 今のはただの事故みたいなもの!」
と誰も聞いていない自己弁護の言葉を発した後に、ティボーの顔を改めて見る。
ティボーも暖かさや日頃の疲れからか、寝入ってしまっているようだ。
ここで、先ほど振り払ったはずの煩悩が、再び顔を覗かせる。
これなら、もうちょっと触ってもバレないんじゃないかな……
「次はむ、胸板とか……」
寝てる時に自然に手がそこにありましたみたいなポジションならバレない…… よね?
寝返りを打ったら、たまたま
たまたま手がそこにありましたみたいな……
「おや? アシュリー、起きたのですか?」
「ほぎゃあ‼」
目をこすりながらティボーが起き出してくる。
私は思わず飛び上がって、そのまま対面の座席へ腰を下ろす。
「なんだか、思ったより元気みたいで良かったです」
私の挙動不審な行動を、とりあえず元気という範疇でくくるティボー
「ご心配をおかけしました。その…… 取り乱しちゃって」
ティボーと話したことで、子供のように泣きじゃくっていたことを思い出し、赤面する。
「大丈夫ですよ。私には何も出来なかったですが」
「いえ、慰めてくれました」
「私は何もアシュリーに慰めの言葉なんてかけていませんよ。かける言葉が思いつかなかったので……」
ティボーが申し訳なさそうな顔をするが、私はすぐさま首を横に振る。
「いいえ慰めてくれました。言葉なんて無くても伝わりました」
たくさん考えて、いや、考えてくれたからこそ、ティボーは私にかける言葉が見つからなかった。
だから、ティボーは私の言葉にただ頷いていたんだと私にはわかった。
本当に私の事を親身になって考えてくれいるんだという事と、彼の誠実さをあらためて認識させられた。
「そうですか…… それなら良かったです」
ティボーはホッとした顔で微笑んだ。
「私、命を狙われて、こっちに逃げて来て、ドランに運よく拾ってもらえて。おまけに、私のトゲトゲが皆の役に立って。こんな嬉しい事なんてない、自分は幸せだって思ってたんです」
「はい」
「けど、やっぱり失った物もあったんだなって。その失った物は、もうどうしようもないんだって思ったら、何だか急に悲しくなってしまったんです」
「それはそうですよ。波乱万丈なのに、今まで笑っていた事の方が変です」
「え、私、変なんですか?」
「もっと自覚を持ってください」
変人と言われるのは心外なんですけど。
あ、でもよく考えたら、王城でトゲトゲ職人として働いていた時も変な奴を見る目で見られてたから、今さらなのかもしれない。
「むしろ、よく今まで耐えるどころか笑顔でいたものだと思います」
「エレナやティボー、アルベルト閣下たちがとても良くして下さったおかげです。おまけに、ドランの町の皆にも感謝されて、お金持ちにもなっちゃいましたし」
「むしろそれで何も変わらないアシュリーが凄いんですけどね」
「う~ん…… お金も結局そのまま投資に回してしまっているから、帳簿の数字上だけでいまいちお金持ちだって実感は湧かないんですよね。手持ちは、ティボーからもらっているお小遣いだけですし」
「いえ、あれは別に私からのお小遣いや給金ではなく、アシュリーの資産から一定額を渡しているだけなんですが」
「じゃあ、お小遣いの増額をお願いします」
「貴方はあまり多くのお金を持ち歩かない方が良いでしょう。何やら夜中にコソコソ出かけているようですし」
う…… ちょくちょく夜中に屋敷を抜け出して飲み屋さんに行ってるのバレてる?
いや、ティボーの料理は最高なんだけど、おかわりするのがなんだか恥ずかしくて……
けど、夜に小腹が空いちゃった時にコソコソッと……
どこまでバレているんだろうとアセアセとしている私を見てティボーは笑った。
「意地悪言うなら、今度から手に入る海産物、ティボーにはあげませんよ」
「それは困りましたね。では、アシュリーが料理をしてくれるので?」
「……煮るとか焼くくらいなら」
「では、私はそれに合う、美味しいソースを作りますね」
それ、2人で仲良く料理しているだけじゃないですか?
「本当に楽しそうに料理しますよね、ティボーは」
最近のティボーは、メギアの町から来た人からメギアの人から新しい料理を習ったりと、研鑽に余念がない。
「私の唯一の取り柄ですからね」
「唯一なんかじゃないですよ。ティボーの良い所は」
「はて? 私に料理以外の才は無いはずですが」
「いいえ、あります。教えてあげないですけどね~」
私は意地悪く笑った。
いつもティボーにやられてばかりだから、たまには私の方から惑わせてやる。
「なんでしょう? 気になります。う~ん…… 私の胸筋ですかね」
「ぶっふぅおっ‼」
完全なる不意打ちに、私は、はしたなく吹き出してしまった。
「き……胸筋って、な……なんのことですか~? ティボー」
ダラダラと汗を流しつつも平静を装いながら、頼むから私の幻聴であってくれと、私は淡い期待にすがった。
「ん? 先ほど、私の胸を触ってみようかとアシュリーが悩んでいたじゃないですか。私のはそんなに大きくないと思いますけど」
…………もうやだ。
あれ聞かれてたの?
もう、お嫁にいけないの確定じゃない。
「どうしましたアシュリー⁉ 顔が真っ赤ですよ!」
「ティボー、私を全力で座席に押さえつけてください…… でないと、私…… 恥ずかしさで今にも、馬車から飛び降りてしまいそうです……」
「はい?」
「あー、もう無理‼ お父様、お母様、アシュリーが今からそちらへ向かいます‼」
「ちょっとアシュリー‼ 危ないですよ‼ ドランにはまだ到着してませんよ」
この期に及んでピントのズレているティボーだが、暴れる私の両肩を抱いて必死で座席に押さえつける。
あ、やっぱり男の人って力強いなと思いながら、私は思う存分、馬車の中で暴れた。
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