第10話 side アルバート王国

 アルバート城の外縁部ははここ数日で、その外観を大きく変えていた。


 城の周囲をグルッと囲っていたトゲトゲが無くなり、外観がスッキリしたため、概ね好意的な反応が多かった。


 しかし、大きな変化には当然のように、変化によるリスクを懸念する声がセットであがる。


「ポーラよ。城の外縁部のことについてだが」


「お父様…… いえ、アルバート7世国王陛下。何か?」


 玉座に気怠げに座るアルバート7世の前に、少しも物怖じした様子のないポーラ第2王女は、自信とプライドを全身に纏いながら屹立していた。


「うむ。外縁部のトゲトゲを無くしてしまって、城の防衛は大丈夫なのか?」


「問題ありませんわ陛下。ただトゲを撤去したのではなく、城の外縁部には、わたくしの婚約者のフェルナンドが組み上げた魔法トラップが仕掛けてあります。原始的なトラップより寧ろ城の防衛力は上がっておりますわ」


「ふ~む。しかし、王国の基本書には、必ず城の外縁部はトゲで囲うことと書かれておるのだ」


「 父上 」


 まるで子供を諭すような声音で、ポーラ第2王女は語りかけるように王に話しだした。

 しかしその声は、子の健やかな発育を促すためというよりは、どちらかというと、大人の都合よく子を扱うためにやり込めようという雰囲気であった。


「王国の基本書は数百年前に書かれたものです。その間に魔法技術はどれだけ発展を遂げましたか?」


「それはそうだが……」


「伝統の慣習だからと盲目的に従って、時代錯誤に陥ると、却って王国に危機をもたらすやもしれません」


「確かに……な」


「伝統を護ることも確かに大事ですが、時代に合わせて王族もアップデートが必要ですわ。むしろ基本書の方を改定すべきかと、私は具申させていただきます」


「うむ、わかった。下がって良いぞ」


「失礼いたします」


 意気揚々と謁見の間を去っていく娘の後ろ姿を見眺めながら、アルバート7世は、もう少し野心を隠してくれれば良いのにな……とポツリと呟いた。




◇◇◇◆◇◇◇




「やぁポーラ。陛下との話はついたかい?」


「ええ、愛しのフェルナンド。問題ありませんでしたわ。貴方の魔法トラップの功績もしっかり陛下に伝えましたわ」


 ポーラの執務室で二人きり。

 フェルナンド・モルコフは、王国筆頭魔術師であり、ポーラの婚約者である。


 側仕えを退室させ、二人は抱き合いながら、業務連絡を交わしていた。


「全く。あんな原始的なトゲをなぜ今まで置いていたのか、理解に苦しむよ」


「保守的な王城の中で、伝統と呼ばれるものを変えるのは勇気がいるものですわ」


「そうだね。ポーラは勇気のある人だからね」


「私とフェルナンド、二人でこの王国を変えていきましょう。私が女王陛下となった暁には……ね」


 先程のビシッとしたやり手のイメージとは裏腹に、妖しく艶めかしい視線を送るポーラのさまは、メスとして目の前のオスへの必死な求愛行動のようであった。


「まだ父君から後継指名は受けていないのだから、事を急いてはいけないよ」


「分かっていますわ。けど、あんな気弱で引きこもりな姉君では女王陛下の大役は務まらないことは父上も分かっているはず。あんな辺境の者を婚約者としたのも、そのためでしょう。今は時期を見ているだけで、直に後継の布告をなさるでしょう」


 冷静に諭すフェルナンドに対し、自信たっぷりと話すポーラは、仕事も恋愛も全てが上手く行っているという万能感を漂わせていた。




◇◇◇◆◇◇◇




 アルバート城からほど近い都市公園


 噴水のベンチには、新聞を広げている紳士とソフトクリームを食べている小さな女の子が座っていた。


 その情景は、公園遊びに疲れた父親が、娘にソフトクリームを買い与えて、しばしの自分の時間を堪能しているようにしか見えない。


 そんな親子の会話だが、


「急な参集に応じてくれて助かる。ミスターα(アルファ)」


「ミズΣ(シグマ)。至急報とは穏やかじゃないな。話は王城の外縁部のことだろう?」


「そうだ」


 ソフトクリームを舌でペロペロ舐めながら口元を隠す少女が、その外見には似つかわしくない硬い喋りで話し出すと、新聞を広げて同様に口元を隠しながら、男はそれに答えるように喋りだす。


「あの尋常じゃない殺気を放っていたトゲトゲが失くなったのは我々への福音だな」


「訓練されたエージェントでも、あのトゲトゲから発せられる殺気を前に、平静を保ちながら王城内に侵入するのは難しかったからな」


「ああ。しかし、それを乗り越えて王城内に侵入できた手練のエージェントも誰一人帰っては来なかった……」


 男が思わず、新聞から顔を上げて空を見上げ、遠い目をする。


 少女も同じく、ソフトクリームを舐めるのを中断して同じように空を見上げる。

 まるで、面白い形をした雲を見つけた娘に付き合って空を見上げる父という、微笑ましい情景だ。


「長年、底知れないアルバート王国だが、ようやく安定して侵入ができる」


「或いは、我々のようなネズミを王城内に誘い出す罠…… か?」


「かもしれんが、謎のペールに包まれたアルバート王国の情報を引き出せるかもしれないチャンスだ。行くしかない」


「……遺書を書いておかないとな。決行は今夜でいいか?」


「ああ。ツーマンセルで侵入して、最悪の場合は片方でも撤退して情報を持ち帰る」


「了解した」


 そう言い終わると、男は新聞を畳んで小脇に挟み、ベンチを立ち上がった。


 ソフトクリームを食べ終えた少女は、元気にベンチから立ち上がって、駆け出していくのであった。

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