第2話 トゲトゲ撤去完了良し!

「まさかこんな日が来るなんて……」


 私は独り言ちながら、城内でトゲトゲトラップの撤去を行っていた。

 つい独り言が出てしまうのは、普段から一人で仕事をしている私の癖みたいなものです。


 時刻はすでに深夜


 外縁部のトゲトゲの撤去は何としても日が昇っている明るい間に行わなくては危険なので、事務室を出てからすぐさま作業に取り掛かって、何とか日が落ちるギリギリに作業を終えていた。


 私は、城内のトゲトゲトラップ設置箇所の一覧をもとにトラップを解除していく。


「ええと、次はここか」


 一見するとフカフカの絨毯が敷かれた王城の廊下だが、実はトゲトゲトラップが仕込まれているのです。


 無論、単純な上を人が通ったら落ちるトラップではありません。

それでは、日頃ここを往来する人達が危険ですから。


 城内のトゲトゲトラップは、この国に強い悪意や害意のある者が通ったら、床からトゲトゲが出現して、敵はトゲトゲの餌食となる設定が施されています。


 そのため、王城では度々、新入りの王城スタッフが早々に失踪してしまうことがありますが、その正体は推して知るべしというところでしょう。


 このように、城内のトゲトゲトラップは平時からスパイや暗殺を未然に防いでいるのですが、これを無くしてしまって本当に大丈夫なのでしょうか?


 まぁクビになった自分が気にすることではないかと、私は作業を始める。


「花散れ」


 呪文を唱えると、トゲトゲはスルスルとその隆起を鎮めて、ただの金属棒へと変わる。


 金属棒を回収して、次のポイントへ向かう。


 これ、朝までに全部終わるんでしょうか……



◇◇◇◆◇◇◇



 チュンチュンという小鳥のさえずりと、徹夜の目には堪える朝日が差している。


 前日の昼食も夕食も食べ損なっていて空腹ですが、もはやお腹が空きすぎて空腹感すら感じず、低血糖により眠気が強烈に襲ってきています。


 すでに王城に入れない身なので、門の付近でヘタり込む。


「お、トゲトゲが無くなってる。あれ、目障りだったんだよな~」


「トゲトゲ聖女様が門の横でボロ雑巾みたいになってら」


「トゲトゲ聖女の仕事なくなっちまったのか? 今度雑用でも押し付けるか」


 王城に登庁してきた貴族たちは、王城周りの外観の大きな変化に驚きつつ、その横でグッタリしている私を見て笑っている。


 今日は、朝の挨拶をする気力もない。

 どうせ大半の人が挨拶しても無視するし問題ないよね。


「ち、薄汚い」


 頭上から掛けられた声に、私は慌てて意識を覚醒させた。


「お、おはようございます。ペテルさん。撤去作業完了したので、完了検査書にサインをお願いします」


 書類とペンを差し出す私に、


「まったく。これでお前のような貴族もどきと顔を合わせることが無くなると思うとせいせいする。じゃあなトゲトゲ聖女様」


 ペテルは殴り書くようにサインを書いて書類を投げてよこした。


「あ、文書の保管はそちらで……」


 乱雑に投げられ風に飛ばされた書類を拾って、慌ててペテルの方へ向き直ったが、ペテルは既にさっさと城門をくぐってしまっていた後だった。


 しばし、私は働かない頭で呆然と立ち尽くしてしまう。


 仕方がない。


 次に会う機会があったら渡そうと思い、私は書類をカバンに入れて徹夜した重い身体を引きずり、とにかく寝るために家路へとついた。




◇◇◇◆◇◇◇




 ペテルは、出勤すると真っ直ぐにある部屋のドアの前に立ち、深呼吸をしてから慎重な力加減でノックした。


「おはようございます。ポーラ第2王女」


「入れ」


 ドアの向こうからの入室の許可を受けて、ペテルは恭しい態度で入室する。


 華美なアンティーク調の家具と調度品の数々が、広い部屋に所狭しと配置された、あまり機能的でもセンスが良い訳でもない部屋である。


「此度の対応、大儀であった」


 部屋に負けじと、ショッキングピンクの派手なドレスを身にまとい、宝石で飾り付けた女が、大仰な仕草でペテルに話しかけた。


「はっ! 既にご存知のことかと思いますが、城壁外縁部、また城内のトゲトゲトラップはすべて撤去いたしましたことをご報告いたします」


「うむ。あれは効果が疑わしい過去の遺物。おまけに酷く景観が崩れ、折角の城の荘厳華麗さを損なうもの。それに……」


「城の護りなぞ、我が婚約者のフェルナンドがいれば十分だ。そうであろう?」

「ポーラ様の御慧眼、まこと敬服の至りであります」


 ペテルは揉み手で賛辞の言葉を献上していく。


「して、あの忌ま忌ましいトゲトゲを撤去したのは、今まで整備運営をしていた者と同一人物か?」

「はい。アシュリーという女が一人で回しておりました」


「その女はちゃんと処分したな?」

「はい。ちゃんとクビにしておきました」


「愚か者‼」


 ポーラ第2王女は手に持っていた扇子をビシッと音がしそうな勢いで、ペテルへまるでナイフを突き付けるように向ける。


「王城警備の重要ポイントを知っている者をむざむざ放逐するな! もし情報が帝国に流れでもしたら一大事であろうが!」

「は、はい! 確かにその通りでございます。申し訳ありません」


 青い顔になって冷や汗をかきながら謝罪するペテルに対して、


「では、どのように対応すべきか解るな?」

「は、はい……」


 ポーラ第2王女がほくそ笑みながら、ペテルへ値踏みするように言葉を投げかけた。


「暗部へは私の方から事前に話を通しておく。貴様は急ぎ、対象者の情報を暗部へ提出せよ」


「は!」


 ペテルは慌てて踵を返してポーラの部屋を後にしていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る