トゲトゲ聖女と呼ばないで!〜即死トゲトゲで辺境領を開拓します〜

マイヨ

第1話 王城をクビになるトゲトゲ聖女

 トゲトゲトラップ職人の朝は早い。


 今日も今日とて、私、アシュリー・グライペルは日がようやく上がった早朝から、アルバート城の外縁部や城内に設置されているトゲトゲトラップの点検を行う。


「全体目視確認異常なし‼ 今日はB−5エリアの実地点検か」


 王城の敷地全体の目視点検を終えると、私は安全ロープを慣れた手付きで自分の体に結びつける。


「安全ロープよし‼ 降下」


 一人しかいないのに声に出して作業を進めるのは、今は亡き師匠であり父のヨナ・グライペルの教えからだ。


『アシュリーよ。この仕事は一瞬の油断や慣れが命取りだぞ』


「わかってますよ、お父様。アシュリーは油断なんてしません」


 と、心の中で呟くと私は慎重にそして正確に作業を進めた。


 ふぅ、これで午前の作業は完了だ。


 時刻を見るともうすぐ昼休み。作業に集中しているとあっという間です。


 これなら、事務室に戻って、先日提出した新規のワナを盛り込んだ城の防衛計画案に必要なサンプルを提出出来ますね。


 私はそんなことを考えながら、道具類を入れたバッグを肩に掛けて、事務室へ歩いていった。


 この仕事を始めて5年目

 ようやく仕事の全体像が見えて来て、私は仕事に対する熱意に溢れていた。


 だからこそ、事務室に戻った私に待ち構えていた現実は非情なものであった。


「アシュリー・グライペル。本日付で君はクビだ」


 事務室に入って早々、上司のペテル・フーゴーから予想だにしていなかった言葉を浴びせられて、私は思わず手に持った新企画用のサンプルのトゲトゲを床に落としかけました。


「なぜ私がクビなんですか⁉」


「アシュリー。君の担当している仕事は何だ?」


「トゲトゲトラップの管理です」


「では、そのトゲトゲトラップがこの王城から全て撤去されるとしたら?」


「え⁉ トゲトゲトラップを王城から失くす⁉」


「そうだ。あのトラップは城の景観を損ねるとの意見が幾人かから寄せられていてな」


 確かに、城壁の外縁部にはこれ見よがしにトゲトゲが張り巡らされている。

 ただ、あれは示威的な意味合いもあってのこと。


 侵入者へ痛い目を見ることになるぞという警告だ。


「けど、トゲトゲは城の防衛施設として優秀なんですよ! アルバート城を難攻不落としてきたのも」


「思い上がりも甚だしいな。それに、もう上で決まったことだ。君の仕事は無くなる。故に君の王城での業務は無くなる」


「考え直してください。トゲトゲを無くしてしまったら、今までわんさか来ていた侵入者への対処が」


「ふん……解っておるぞ。お前の危惧しているところは」


「それなら……」


「騎士号が無くなるのが恐ろしいのであろう?」


 え……なんでこの人は全然関係のないことを話し出しているんだろう? 私は、今トゲトゲのことを話しているのに。


「良かったな。温情で騎士号の剥奪は無いそうだ。いずれ新たな業務を仰せつかるまで自宅で待機していろ。まったく羨ましいよ、仕事をせずとも給金がもらえる貴族もどきが。いっそこれを機会に婚活でもすればどうだ?」


 グライペル家は代々、トゲトゲトラップを整備運営する業務を行ってきた。トゲトゲの創成魔法は特殊な才能で、グライペル家の者にしか発現しないのです。


 魔法という物が貴族の中でも一部の者にしか発現しないこの世界において、更に特殊な魔法なのです。


 そして王城に出入りして業務を行う関係上都合が良いからと、騎士号が当代の当主に与えられてきた。


 本来、騎士号は世襲ではないのに実質世襲のように数代にわたって位が与えられているが、地位を承継できる男爵位としては与えられないという中途半端な位置づけから、周りからは貴族もどき扱いを受けていた。

 

 って、そういうお家事情の話は今はどうでもいいです!


 そう言えば、本日付けで解雇って言ってたけど、もう城の中には入れないってことですか⁉

 設置してるトゲトゲはどうすればいいのです⁉


「あー、一つ伝え忘れていた。トゲトゲはお前の方で撤去しておけよ。明日までにな」


「明日中⁉ 城内、外縁部のトゲトゲトラップ全てをですか⁉」


「明日の朝までにな。解雇した人間に長い間、城の中をウロチョロされては困るからな」


 要は、今から徹夜でやれということですね……


 けど、自分の設置したトゲトゲトラップが残置されては危険です。

 メンテナンスを怠ったトゲトゲの危険性は、職人である私が誰よりも知っています。


 トラップの設置箇所は常に一覧を最新の物に更新しているが、ペテルたちが今後それらを適切に管理できるとは思えません。


「……解りました」


「最後のお務めだ。しっかりやれよ、トゲトゲ聖女」


 ペテルは嘲りの言葉を、事務室を後にする私の背中へ投げつけた。


『トゲトゲ聖女』


 それが、私の王城内での私の通り名というか、あだ名だ。


 トゲトゲを守護する裏方仕事をする者に、聖女なんて大層な役職名をつけることで笑いを誘う蔑称だ。

 このあだ名を考えた奴は、絶対に性格が悪い奴だ。


 と、そんなことは一先ずどうでもいいので、横にうっちゃります。


 私の頭の中は解雇されるショックよりも、明日までに全てのトゲトゲの撤去を終えられるのか? という焦燥から、工程を頭の中で組み立てることで頭がいっぱいになった。

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