第11話 吐露
応接用の個室に通され、温かい飲み物を飲みながら、ブリギッタさんにこれまでのことを話す。
魔王の討伐に失敗したこと。
強大すぎる魔王には、手も足も出なかったこと。
僕1人を生かすために、レッドとリストレアが命をかけてくれたこと。
記憶を失って、1人の少女に助けられたこと。
——そんな少女さえも守れず、死なせてしまったこと。
ブリギッタさんは相槌を打つこともなく、静かに、僕の話に耳を傾けていた。だからだろうか。これまでの誰よりも、思いの丈を吐露してしまった。皆を死なせてしまった悲しみ。リリーを助けられなかった絶望。全てのことに対する後悔。
「すみません。僕だけ、こうして五体満足で生きていて……本来なら、気軽に顔を出すことも許されないはずなのにっ……」
思わず震える身体。拳に力が入り、今すぐに、どこかに発散してしまいたい気分だった。
「……そう。皆、逝ってしまったのね。必死に戦って、勇者であるアレンちゃんだけを逃すために、命を賭して……」
彼はゆっくりと立ち上がり、机を挟んで向かいに座る僕のもとまで歩み寄った。
……責められると、思った。殴られるとも、思った。ランスはブリギッタさんの古い友人で、そんな彼を助けることもできず目の前で死なせてしまったことを、多少なりとも、罵られると思った。
「っ……」
彼が、両腕を広げた。殴られるだろうと、目を瞑った。
しかし、いつまで経っても衝撃はやってこなかった。代わりに、僕の身体を優しい温もりが包み込んだ。
ブリギッタさんは、静かに、僕を抱き締めていた。赤子をあやすように背中を叩かれ、摩られる。
「……大変、だったわね。こんな、安全な場所にいる私なんかじゃ分からないほど、辛かったでしょう」
「僕の、せいです。僕が、弱かったから……力が、足りなかったからっ……」
「誰のせいでもないわ。アレンちゃんのせいでも、他の皆のせいでも」
思わず、涙が溢れ出た。ブリギッタさんの服を濡らして、彼の胸で泣いた。自分の意思では、涙を止めることができなかった。
涙が止まったのは、ひとしきり泣いて、涙が枯れてからだった。ブリギッタさんは僕から離れ、僕の頭を撫でる。
「落ち着いた?」
「はい……
『そう』と言って、自らの席に戻る。飲み物はすっかり冷めてしまったようで、ブリギッタさんは苦い笑みを浮かべた。
「ここに来たのは、新しい仲間を探すため?」
「……はい、そうです」
冷めてしまった飲み物を飲みながら、彼は僕の言葉に耳を傾けていた。
「僕は一度、敗れた勇者です。次に僕の仲間になってくれる人は、明確に、死がイメージできてしまう。僕と共に死地に向かってくれと、そう告げることになる」
これまでとは、条件が違う。
『魔王を討伐すれば、世界に平和が訪れる』
その信念だけを胸に旅をしていた頃とは違う。僕達が魔王に敗れたことによって、2度目の旅には、『勇者達でさえ敗れた魔王と戦う』という、負の付加価値が生まれてしまった。
僕が勇者でなく、ただの戦士なら……そんな条件下で、仲間として立候補するだろうか。
「だから……本当は、誰も仲間になんてしたくない。けど、僕1人じゃ、魔王は絶対に倒せない」
「そうね。アレンちゃんは勇者だけど、それ以前に、1人の人間よ。悪い言い方にはなってしまうけど、1人の人間にできることなんて、たかが知れているわ」
その言葉に、僕は同意する。
「でも、そうねぇ……ランスちゃんのように実力があって、命を投げ打つ覚悟がある人……もしかすると、そんな人はもう、ここにはいないかもしれないわ」
ブリギッタさんは顔を顰めながら、続ける。
「ここにいたって……どこにいたって……命を賭けることには変わりはない。戦っている限り、死の危険は常に付きまとうわ。けど、魔王討伐の旅となれば、その確率はぐんと上がる。そこに賛同できる人は……」
「……そう、ですよね……」
誰が、そんな旅に付き合うというのか。ましてや、勇者は仲間を見殺しにして生き残った男だ。魔王討伐の算段さえ付いていないというのに、そんな旅に付き合う物好きが、いるはずがない。
「——1人、思い当たらないこともないけれど」
「えっ?」
そんな彼の言葉に、素っ頓狂な声が出る。
(1人……いるのか?)
ブリギッタさんはすぐに、口を滑らせたとでも言わんばかりに、手を振って誤魔化した。
「いいえ、忘れてちょうだい。……それより、アレンちゃんはこれから、どうするの?」
明らかに、話を逸らしている。どういうことか気にはなるものの……あの癖の強い男、ランスと友人であったブリギッタさんが、言葉を濁すほどのことだ。聞かなかったことにした方が良いのだろう。
「しばらくは、この町に留まるつもりです。仲間が見つからないにしても、いくつか周辺の魔物の群れは潰しておきたいので」
「それは助かるわぁ。魔物が活性化してから、うちも結構ギリギリでやってるのよ」
それから、あれこれと世間話をした。セントラル含め、ウィローの状況がどうなっているだとか、周辺の町の被害はどうだとか。やはり、魔物が活性化してから、どこも状況は芳しくないらしい。
しばらくして、別のセントラル職員がやってくる。手元にはトレーと、その上に鎮座する一枚のカード。ウィローの市民カードだ。フランク、と、偽名で作成されている。
市民カードを受け取った頃には、もう日が暮れる寸前だった。とは言っても、僕達が魔王に敗れてから、空は以前のような青さを見せることもなく、ずっと、赤く染まってはいるけれど……宿探しも必要だからと、この場はお開きとなった。
「また何か困ったことがあったら、すぐに呼んでちょうだい。私にできることなら、力になるわ」
「……本当にありがとうございます、ブリギッタさん」
そう言って、席を立ち、部屋の扉を開け放つ。一礼して部屋から立ち去ろうとした——その時だ。
何やら、階下から強烈な破壊音が聞こえた。机や椅子を薙ぎ倒したような……それとも、人を投げ飛ばしたような。傭兵や戦士の集まるセントラル内では、喧嘩やいざこざが起こることは珍しくはないものの、設備が破壊されるほどの争いはそう起こることではない。
「……今の音は?」
問いかけると、ブリギッタさんは呆れたように頭を抱えていた。
「……あらやだ。またなの?」
「また?」
「ええ。あまりアレンちゃんには会わせたくなかったけど……こうなったら仕方ないわね」
その口ぶりから、何となく事情を察した。先ほど彼が言葉を濁した人物……恐らく、この音の主が、その人物なのだろう。
ブリギッタさんの案内を受け、広間へと向かう。休憩所や受付などが立ち並ぶ中、その隅の辺りで、机や椅子を薙ぎ倒して、1人の男が倒れ込んでいるのが見えた。
すぐさま駆け付けると、その傍らには、長身の男がいる。左頬の大きな傷と火傷の痕が目立つ、黒髪の男だった。
彼は倒れている男の腹部を踏んでいた。状況からして、男を蹴り飛ばしたのは彼で間違いないだろう。
「……でけぇ態度だな、おっさん。それが助けてもらった人間に対する態度かよ」
心臓に響くような低い声。獲物でも見るかのような鋭い眼光。足下にいる男への、明確な殺意。とても、人間に向けるものとは思えなかった。
——ヴィラン・ドレイクス。これが、僕と彼との、初めての出会いだった。
魔王に敗れた勇者の物語 お茶漬け @shiona99
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