観劇感想文 舞台「ひねもす」




 2024年3月16~17日、演劇集団おこめの会の舞台〝ひねもす〟を観劇しました。

 面白かったです。全4回公演なのに内3回も観させて頂いてしまいました。

 あまり整然と語れるものでは無いので、徒然に書き連ねて参ります。

(翌月に公演映像が限定配信された為、加筆修正してあります。)



□ キャストについて



   ✂




「だったら何なんですか、〝優しいはさみ〟って。」


「終わった物語に執着して、めくろうと頑張っても次の頁なんて無くて。」


「あの時も、笑って欲しかったんです。」



―――チュウジ



 常に精一杯で、常に上手く行かない青年。思い通りにならぬ度に目を背ける、最も自己投影しやすい主人公像。随所で頭を抱え髪をく姿が印象的。

 演ずる草太郎さんは、前作おこめの会「ザ・スペクタクルタミー(以下TST)」で初見させて頂き、〝共演者を存分に暴れさせる事が出来る役者さん〟という所感でした。

 今作では物語を進めつつ、情景を描きつつ、狂気を滲ませるというXYZ全軸を担い、劇中で最も凄味を見せつけて下さる役者さんだったように思います。


 自身の料理で誰かを幸せに、という願い。

「自分の料理で幸せになってくれる誰かが欲しかっただけよね」などと安易に石は投げられない。誰しも一度は通る、或いは囚われ続ける葛藤と矛盾の筈。

 目の前で「幸せ」と言ってくれる、けれど話は聞いてくれないヒロインと走り出し、繋いでいた手は何時しか離れてしまう。


 人に求められる事を望むあまり、最も身近だったヒロインばかりが人に求められた途端バランスを失う。

 それでも、何処まで往っても誰に取っても主観でしかない〝美味しさ〟を、逆境と孤独の中でも追及し提供しようと藻掻く。

 それによって脆い自分、壊れた自分を成り立たせているのに、相手は葉っぱ入りヨネーズの常習集団という救いの無さ。


 調理する素材との対話。笑いを誘うけれど、それが出来るからこそ天才なのに……そして迫害されてこそ天才なのかも。


 しれっとパチってたり、なんんやの〝何や〟で消える三万円を切り札にしている辺り(寧ろ三万円で〝何や〟まで持たせる辺り)、ヒロインの苦労が窺える。

 そして終盤の「君に向き合ってなかった」「目の前の人間を踏み躙るしか無い」という台詞どくはくの通り、様々な感情を交しつけ合ったヒロインへ恋慕を伝える事は無かった様子。


 ただ、本当に彼はヒロインの事を好きじゃなかったのだろうか。自意識の底で永遠となった偶像を追い続ける事は、自己愛に過ぎないのだろうか。

 抱いていたラジカセは舞台装置としてあまりに雄弁だけれど、その饒舌さの陰に聴き洩らした本質があるように思えてならない。


 切られる前に切るしか無いという、目を背けたくなる既視感。


 遡れば抑々そもそも凪子さん目当てで観始めた演劇だった。前作〝TST〟で冨川優さんと吉岡愛子さんを好きになり、そのお三方を観たくて今回も足を運んだ。結果として今回、四番目に好きになった役者さんという事になる。

 嬉しい反面、怖い劇団だと思った。順々に掘り下げられたら全メンバー好きになってしまうのでは。如何しよう然うしよう。



      ✂



「……いとしかです。」


「ねえ、話そう?

 その日、何の日か知っとる?」


「最後に笑って欲しかったな。」



―――リンドウ



 A公演は凪子さん、B公演は愛子さんの配役。

 個性が全く異なる為、同じ物語でも全く異なる色合いに。


 美しい歌声と表現への拘り。周囲の機微を感覚的に理解してしまう聡明さと健気さ。

 結果として寄り添う人を支えながらに追い詰めてしまい、自身は歌姫として祭り上げられる。そして当人の本音を理解してくれる人間は作中には居ない。甘えより稠密な孤独。


 凪子さん演ずるA公演だと幾らか浮世離れする印象。特に歌うシーンは悉く神々しかった。最も撮影させて頂いた被写体様ながら、あんなにも舞台照明と映えるなんて。マイクから後退あとずさる際の表情なども素晴らしくて、舞台の住人なのだと再認識した次第。手元にカメラが無くて哀しかった。

 愛子さん演ずるB公演だと、より身近でポップな可憐さを帯びる印象に。草太郎さんとの一体感もあってか、〝本当に居そうな二人〟だった。

 そして同時に、鬼気迫る事態でも快活な笑みを絶やさない為、狂気に近い切実さが伝わった。

 当然歌も素敵で、彼女の音源も欲しいところ……劇中もアコースティックで聴き易かった。


 バンド時代のサウンドやメンバーも気になるところ。毎回名前しか出てこないパンデミック山口さんとか。他のメンバーはバイオハザード田中さんとかなのだろうか。


 〝神〟が彼女を選ばなかったのは、歌声に愛情が残っていたから?

 命を奪わなかったのは面影を憶えていたから?

 声を失わせなかったのは意図的なもの?

 自分達と同じ道を辿らせないよう、この国を終わらせて逃がそうとした?

 だとすれば最後の御見苗おみなえ流も手を抜いた?

 ただ狂っていただけ?

 それとも見ていられなかった?


 リンドウの花言葉は、〝悲しむあなたを愛する〟 〝寂しい愛情〟。



         ✂



「全てを手にした者からみ出す黄昏みたいなやつ。」


「……茶化すなよ。」



―――ピノコ



 A公演は愛子さん、B公演は凪子さんの配役。つまり公演ごとにリンドウとピノコで入れ替えるキャスティング。

 そしてパンフレット曰く、「主人公と出会わなかった世界線のヒロイン」との事。そういうパラレル大好き。個人的にはチュウジと絡むシーンも観たかったが、それやっちゃうとブレるのかも。

 あまりに愛子さんにハマり過ぎている。一生可愛い。凪子さんのパターン時は何故か金髪であってくれと願っていた。ただ見たいだけ。だって絶対に似合うもの。

 劇中で主題歌〝優しいはさみ〟を聴く後ろ姿が印象的。

 ブラックジャックを読んでみたくなった。



            ✂



「僕が君を追い詰めて、君が僕を刺して、お互い転がり落ちて、落ち続けて、今並んで座ってる。それでも、それでもだよねえ。」


「どうして生きてるんだろうね、僕も君も。」



―――ハザマ



 ブラック上司。ずるいです。狡いオブ狡い。

 出演時間そんな多くないのにさらってく。言動も印象に残り過ぎます。

 終盤へ繋がるチュウジとリンドウの吐露と齟齬と決別。この物語の佳境であり真髄だと思うのだけれど、それを終わらせる「何かゴメン」も狡い。


 演ずるは冨川優さん。前作〝TST〟から虜である。狡い。

 全台詞が面白いの何なの。台本通りなのだろうか。狡い。

 表情なのか声色なのか挙動なのか、やたらと人を惹きつける。狡い。


 劇中で兄弟弟子2人の御見苗流を受けた唯一の人物。そこから得た気付き。

 自力でって退場しているのも、〝死んでいない〟描写を兼ねており芸が細かい。

 境遇も工場も変わり果てて、それでも両親が与えてくれた自分の居場所に留まり続ける辺り涙を誘う……ような気がする。

 思い返せば「工場に帰ろう」も、ただのブラック上司の台詞とは違って聞こえる……ような気もする。

 結果、一番楽しそうな人ではある。



               ✂



「可能性をあっさり投げ出した全ての人類に告ぐ。」


「蟲毒って知ってる? 捲る頁が無ければ作ればいい。」



―――ムラヤマ



 カオスの権化あるいは狂言回し。

 若者の夢。椅子を奪い合う生存システム。その背景を想像するのも野暮か。

 後半の混沌模様。チュウジが父の残像と対話して最後の決断へ迫るシーンなんて、とても大切な予兆だと思うのです。赤褌越しで全然入って来なかったのです(※3回観た人間の感想)。

※アーカイヴ配信されてから漸くじっくり観られた……やはり重要なシーンだし演出も素晴らしかった。


「やりたかったんだよね?」という徐々に響くスルメ台詞。余計に怖くなる懐深さ。

 終盤は自分の頭に刺さった刀もそのままに、別の刀を持って登壇という趣深さ。キックバック。

 ハザマとピノコのデュエットにスウィングするカオス(とても好き)。りに選ってという気もするし、大抵のキャラと密接なので〆としては象徴的な気もする。


 中身の伊藤匠さんは初見。終演後に図らずも一瞬ご挨拶させて頂けた。非常に丁寧な物腰の方でした。

 休憩時のMCでシャッターチャンスを作っておられて、滑り笑い前提に窺えたので控えたけれど、本当はちょっと撮らせて頂きたかった。




□ 主題歌〝優しいはさみ〟について

https://youtu.be/E3bpaKMUrt4?si=CbeYdAeIKDFncnvs


 凪子さんの、そっと爪を立てられているような歌声にとても合う印象。

「途切れた横顔」という歌詞は天才的に思う。言葉に詰まっていくような終え方も素敵。

 糸状のイメージが質感的に描写されているような。「島」も、離れて観る分には水平線のあやか。


 作中とのリンクは随所に感じられる。

 アナタ独り勝手に追い詰められてらっしゃるお心算つもりみたいだけど、それ私どうなってんのっていう。

 楽にしてあげたいから断ち切ってあげたいけどっていう。

 誰しも相手の声など聴き取れないまま叫び続けている絶望的な世界で。


「無意識の歩幅」は、「歩幅あゆみ」というお洒落ルビかしら。




□ 細部について


 佳境の前後、チュウジとリンドウがそれぞれ手を伸ばして空を掴むシーンが象徴的だった。「触れる事さえ叶わない」ような。途切れた事を確かめるような。


 前作〝TST〟と同様、一見笑いを誘うようでも考えてみると泣ける描写が多かった印象。

 例えば終盤の兄弟弟子2人、食前の御見苗流の所作。コミカルに写るが、チュウジにとっては癖を指摘してくれていたリンドウが居ない事。

 同じく中年男も、序盤ハイセンス弁当や中盤カップル茶漬けではあらわれていなかった癖が再発している事で、中年女との歳月を感じられる。


 中年女といえば、配信中のリンドウの背後をコイントスして通り過ぎるシーンが本当に素晴らしい。何がどう凄いのか説明できないけれど。


 配信といえば、チュウジに隠れて歌ってみた(歌え)のシーンは、暫く配信していると気づけなかった。リモートでデモやオーディションなど受けているのかと。

 あるいはスパチャなど配信ぽいワードがあればより察し易かったかもだけど、特に速度が必要なシーンでもないので些事。


 そういえば前作〝TST〟で異彩を放ってたハリーさんをお見かけしなかったような。残念。


 最前列の席、MCで「キャンプの椅子」と言われていたけれど座り心地よかった。後列少しお尻痛かったので、ゲルクッションなどで座高を上げずに自己解決したい。少しずつ観劇慣れしてゆけたら。


「係員は誘導しません」という、えらい角度の伏線回収も好き。


 また、嬉しい事にアーカイヴが配信された為より細かく視聴できました……有難い。


 よく見ると中年男のパーカーにDeusとか書いてある。


 動画のカメラアングルについて。

「偶に見せるこの笑顔」

「いっその事そちらに強盗に行った方が」

「最近噂の亡霊」

「キモい工場長」

などのシーンは、対象やそのリアクションを捉えるアングルも欲しかった……けれどアーカイヴ自体、予約特典のパンフレットに記載されたURLからの視聴、つまり飽くまで〝観劇した事がある〟前提の編集なので、その辺りは拘らなかった模様。こちらとしても脳内補完余裕。

 スルメや難解なシーンが多いので、観返せるだけで有難い……。


 特にピノコ・ハザマのデュエットは一生観てられる。

 全く意見が合っていないのに劇中きっての楽し気シーン。

 ラスト直前なので、せめて救いとしての希望を描いたのだろうか。

「擦れ違う痛みをあれだけ描写しておいて」と思うし、「だからこそ希望はあっけらかんと訪れる」とも思える。

 何なら、「誰だって最初はそうだったよね」とさえ思い起こさせる。いずれにせよ怖ろしい事しやがる……。



□ 終幕について。


 鳥のさえずる中で晒されるラストシーンの美しさ。最後まで食卓。

 前々作〝踊らざる〟でも感じたけれど、人間の脆さ醜さを克明に描く為にか何処かしら耽美が香るような。逆様かも。


 取り返しのつかない初期衝動。再現しようと繰り返す程に歪んでしまう。歪みを正す度に誤魔化してしまう。

 あれが始まりであり、全てであり、もう何をしても満たされなくなってしまったという事。刺さるというか抉られる。


 前作〝TST〟以上に引っ掛かりを残す終幕。それは劇中の休憩導入への演出からも感じられる。「演じ終えている事を演じているのだから、演じ終えてはいない」という見方は穿ち過ぎかしら。

 月並みに言い換えれば、〝終演へのアンチテーゼ〟を覚える。


 幕引きでキャスト達が居並ぶ中も振り返らない主人公。素敵な歪。

 喝采とそれぞれの日常ひねもすへ帰ってゆく者達に背を向け、自分の足で、つまり役を抜く事も許されずにけさせられる心境って。


 最後は一礼と受け取っていいのだろうか。キラランドなのだろうか。ただ背徳なのかも。

 個人的には、現実を直視できていない観客たちの代弁者、あるいは矢面に立たされた後ろ姿に見えた。



 目を逸らしている間に零れていた現実を拾い集められ、編集され、「落とし物ですよ」と眼前で上演し続けられているような舞台でした。愉しかったです。


 関係者さま方のご尽力で実現に至っているものと存じます。敬意と感謝を。

 また素敵な舞台を体感させて頂けたら幸いです。



 了










 以下煩悩


 グッズなど欲しい……


 そして終演後のアクターズハイなのか、ピノコスタイルで不意にくるくると回り始める凪子さまが最早〝にゃぎこちゃま〟の域に達しており、それは実に可憐(以下永劫



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感想文 蒔村 令佑 @makirike

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