第38話 普通じゃないけど

 その夜、楓子たちは四人で初めて夜をともに過ごした。美耶は楓子たちに一か月の生活で見たことのない部屋に案内した。そこには四人が寝転がっても充分に余裕のある大きなベッドが置かれていた。何をするためのモノか、あからさまに伝えるベッドに楓子と紅葉は無言で美耶を見つめる。


(いまから、私たちは)


 そして、今後、今日みたいな夜を何度も過ごすことになる。


「私はね、こう見えて常識はわきまえているの。だから、この二つはやめて欲しいの」


 夜、いざことを運ぶ展開になると、親友は真面目な表情でその場に居る三人に伝えた。四人は入浴を終えてパジャマに着替えてベッドに並んで座っていた。ここにきて親友の口から「常識」という言葉が出てくることに楓子は笑ってしまう。


「それはまあ……。俺もいくら姉ちゃんが好きでも無理」

「俺もさすがに。おことわり、します」

「私も無理、です」


「楓子たちが私と同じ考えを持っていて助かった。じゃあ、始めていきましょう!」


 美耶が常識だと伝えたのは、四人での夜の禁止事項だった。親友は二つの禁止事項を楓子たちに言い渡した。


 近親相姦。


 楓子と紅葉は血のつながった姉弟であり、姉弟での性行為は近親相姦として世間では禁忌の行為として認知されている。そしてそれは血のつながりのない兄弟だとしても適用される。美耶はこの行為はしてはダメだと伝えた。


 同性同士の性行為。


 LGBTが広く認められるようになった世の中でも、美耶は意外にも同性同士の性行為には反対のようだった。楓子たち四人の場合、美耶と楓子、紅葉と雅琉との行為が該当するが、それもダメらしい。


「まあ、同性同士がダメと言っても、私としては最後の『挿入』以外の行為は個人的にはアリだと思っているけど」


 付け足された言葉に楓子たちは苦笑する。確かに厳密に指定してしまっては楓子と美耶のキスはアウトになってしまう。だからこそ、最低限の夜のルールを決めようとしたのかもしれない。


 こうして、楓子と雅琉、美耶と紅葉の二組での性行為が行われた。





「これは確かに会社に行けない……」

「俺は男だ……」


 次の日、楓子と紅葉は広いベッドの上で動けずにいた。楓子にとっては男性との初めての性行為だった。それなのに、その初めては親友と弟に見られながらするという地獄の体験となった。さらにはその親友と弟がする性行為も見届けるという大役も担っていた。


「私たちは仕事に行くから、今日はゆっくり休みなさいね」

「いってきます」


(どうして、美耶たちはあんなに普通に動けるのだろうか)


 昨日の夜、楓子たちは四人で男女の営みをしていたはずだ。それなのに、そのダメージを受けているのが、楓子たち姉弟だけとはどういうことか。楓子だけならまだしも、男の紅葉まで動けないのはおかしい。さらには、美耶と雅琉の二人に至っては明らかに昨日までより元気になっている気がする。


 楓子たちを家に残し、美耶たちは機嫌よく家を出ていく。残された楓子たちはベッドに仰向けになりごろごろと惰眠をむさぼることにした。


「いまさら、この家を出ていく気にもなれないよな」

「まあね」


 美耶も楓子たちの心情を理解しているのだろう。楓子たちをベッドに縛り付けるなどの監禁をせず、ただ施錠して家を出ていった。




「姉ちゃん、先輩に子供が出来たらその子を愛せる自信ある?」


 二人が完全に家からいなくなったことを確認して、紅葉はぼそりと楓子につぶやいた。昨日の夜、楓子たちは性行為の最中に避妊具を付けることは無かった。当然、男女の行為で避妊をしなかったら、子供ができる可能性がある。


「避妊はするべきだったと思ってる?」 

「それ、俺に言ってどうするの?俺は男で、子供を産むのは姉ちゃんたちでしょう?」


「まあね」

「俺も、美耶先輩とやった時に避妊はしなかったから、答えはもう出てるよ」


「囚われているね、私たち」


「この四人の中で一番の被害者は雅琉さんだと思うよ。あの人はどうあがいても、俺たちの関係には踏み込めない」

「可哀想な人ではあるよね」


 楓子と紅葉は美耶が連れてきたおとうとの顔を思い浮かべる。彼は美耶に好意を寄せている。そしてそれは決してかなうことのないものだと割り切っている。


「でも、彼のおかげで俺たちの今の生活がある。おかげっていうか、彼のせいとでもいうべきか」


(雅琉がいなかったら、今の四人での生活は成り立たない)


 しかし、それを言うのなら美耶の両親の離婚も関わってくる。美耶の両親には悪いが、こうなったことに楓子は少しだけ感謝していた。


「やっぱり、私たちは囚われているね」

「仕方ないよ。そういう運命だったんだよ」


 楓子と紅葉は苦笑する。四人での生活していく中で、世間から奇異の目を向けられるかもしれない。それでも、この四人なら乗り越えられそうな気がした。何より、楓子と美耶のおなかには新たな命が宿っているかもしれない。


「とりあえず、午前中はだめかもしれないけど、午後からは家事でもしようか。婚姻届けは美耶たちが出しちゃったかもしれないけど、結婚指輪は欲しいよね。結婚式もいずれはしたいな」


「こうしてみると、普通の結婚生活っていう気もしてくるね」


『まあ、普通じゃないけど』


 楓子たちの四人での新たな生活が始まった。ふと楓子が部屋の外を見ると、カーテンから温かい日の光が入ってきた。


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囚われの姉弟 折原さゆみ @orihara192

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