***

 彼女の墓は思った以上に丁寧に手入れされていた。供えられている花は造花ではなく本物だった。聞けば、彼女の墓には毎週のように誰かがお参りにきて、その度に手入れをされ、花を添えられているらしい。人気者はやっぱり違うなと、改めて思った。


「手入れは……もう十分かな」


そんなことを言いつつ、結局僕はバケツと雑巾を取り出して彼女の墓を拭き始めた。枯れ始めている花を退け、彼女が「花言葉が素敵」と言っていた花を添えた。名前は知らないけど、「夢でもあなたを想う」という花言葉だったはずだ。

でも、きっとこれは時間稼ぎだ。こんなことをしに来たんじゃないのに、この期に及んで僕はまだ躊躇っていた。意を決して、ようやく僕は口を開いた。


「どうせ、君に僕の言葉なんて届かないだろう。だから、これは全部独り言だ」


改めて声に出してみると、すごくダサいしイタい。でも、言わなくちゃいけないことがあるんだ。彼女には決して言えなかった、僕の言葉だ。彼女に言ってはならなかった、最悪の言葉だ。言うべきだった、大切な言葉。


「僕はまだ君のことを認めてない。あんなこと話した次の日に誰にも何も言わずに死んで、ご丁寧に遺書も遺して、君は何がしたかったんだ。みんなが君の死を悔やんでいた。たくさんのお友達に囲まれて、みんなから愛されて死んで、そんな君の姿が本当に気持ち悪かった!」


 気に入らなかったんだ。誰もが皆、彼女に感謝していた。僕だけだ。僕だけが「あの日」に取り残されて、僕だけが彼女の死を悔やんでいた。死んではいけない人だった。なのに、なんでみんな、彼女の死を当然のように受け入れられていたんだ。1年生の頃同じクラスだったあいつも、3年間部活で切磋琢磨していたあいつも、委員会で何度も迷惑をかけたあいつも、みんな彼女に「今までありがとう」なんて言ってた。


「君は、今でも月みたいに僕を照らしてる。でも……もう、僕には君の姿が見えないよ」


たくさんの愛に穢されて、もう見えなくなってしまった。彼女に伝えられる言葉のすべては彼女ではなかった。どす黒く汚い言葉で、君が塗りつぶされていく様は見るに堪えなかった。

だから今ここで、「あの日」のことを訂正させて欲しい。もう二度と後悔しないように、僕はようやく彼女に手を伸ばした。


「君は誰のものにもなるべきではない、なんて、そんなの不可能だった。結局君は「みんなのもの」になって穢されてしまっている」


僕が一番望まなかったことが、僕の目の前で起こっている。できることなら、何も見たくなかった。何度この目を潰そうと思ったか分からない。もう彼女は、僕の希望ではなくなってしまった。けど、変わらず彼女は僕を照らし続ける。


「君があの時からずっと同じままなら、僕はまだ君の特別になれているかな。そうなのだとしたら、僕は君を特別にしたいと思うよ」


幾度となく心の中で反復した。いつでも声に出して言えるように、何回も練習した。2年の時を経て、ようやく僕はその言葉を口にすることができた。やっと、僕は「あの日」の想いに応えることができた。


「僕は、君が大嫌いだ」

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君に最後の告白を Lilac @nako_115115

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