第7話 まったくもう

 俺は目の前に腕をクロスさせ頭を守りつつ着弾の衝撃に備える。

 9ミリ弾なら当たりどころさえ悪くなければ死なない自信があった。

 しかし、弾は飛んでこない。

 どこかの非合法エージェント諸氏は手から拳銃を吹っ飛ばされて呆然としていた。

 言いたいことは山ほどあるが、まずは目先の始末をしよう。

 一足飛びに距離を詰め、両腕を広げながら駆け抜けた。

 ボウリングのピンのように男たちが吹き飛ぶ。

 宙がえりをしながらハイエースを飛び越え、残りの二人の襟首を捕まえた。

 そのまま両腕を振って地面にたたきつける。

 正面を見ると綾香嬢がアイソレススタンスでベレッタPX4コンパクトを構えていた。

 油断なくバックアップの姿勢を取っているが、俺が買っておいたプリンをこっそり食べたのが見つかったときのような顔をしている。

 俺はダクトテープを取り出し、地面に伸びる連中を拘束した。

 そのまま、神社に向かって歩き出す。

 綾香嬢が走ってやってきて横に並んだ。

「ほら、なんていうかさ。日頃色々とお世話になっている人が目の前で撃たれそうになっていたらね。やっぱり自然と体が動いちゃうというか。スグルに何かあったら叔父さんに悪いし」

「なんで、合宿にベレッタが必要なんだ?」

「ほら、木の芽どきは変な人が出てくるって昔から言うでしょ」

「そんなものどうやって持ってたと聞かれたら?」

「道に落ちてたとか」

 はあ。盛大なため息をつく。

「ほら。スグルも怪我しなくて良かったじゃない」

「あのな。君の平穏な生活が継続できなくなったら俺が大佐にどやされるんだぞ」

「そのときは私もとりなしてあげるから。そもそも護身用にベレッタ置いてったのは叔父さんだし、同罪みたいな」

 そんな話をしていると横にシルバーのクラウンがすっと横付けしてゆっくりと並走した。

「どうも。こんばんは。夜のお散歩中申し訳ない」

 予測通り公安の男が助手席の窓からにこやかな笑みを浮かべている。

「脳震盪を起こしているのもいるようだけど、一応全員生きたままにしておいてくれて助かるよ。無縁仏の埋葬ってのは気が滅入っていけねえ」

「なんのことやらさっぱりだ」

「なんか爆竹を鳴らす悪戯があったようだけど聞かなかったかい?」

「話に夢中だったので気が付かなかったな」

「お連れさんに硝煙反応のテストを……、いやほんの冗談だよ。そんなことをしても誰も得をしないからね。そうだ。今日はちょっとしたプレゼントを持ってきたんだ」

 体を捻って差し出した手には可愛らしいうさぎのぬいぐるみが握られていた。

「本屋のマスコット、怪我を治したら復帰するんだろ? 一人じゃ淋しいだろうと思ってね」

「ありがとー」

 横から綾香嬢が手を伸ばして受け取る。

「それじゃ。また今度、本を買いに寄らしてもらうよ」

「そいつはどうも」

 クラウンは強引に転回すると引き返していった。

 綾香嬢を見ると、うさぎのぬいぐるみを抱えて満足そうな様子だ。

「まあ、さっきは助かったよ」

「どういたしまして」

 綾香嬢はうさぎの片耳をぴょこんと曲げた。


 しばらくして、ブックス・デイドリーマーが新装オープンする。

 カウンターの上には綾香嬢が手当てをしたムーちゃんとうさぎのあっちゃんがならんでいた。

 女の子がカウンターに絵本を載せながら無邪気な口調で言う。

「くまさんとうさぎさん。おじさんとおねーさんみたいに恋人なの?」

「いやいや。そういうんじゃないんだよねえ」

 綾香嬢はパタパタと手で顔を仰ぐ。

 俺は赤面しないように全神経を使わねばならなかった。


 -完-

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死を招くラノベと書店員 新巻へもん @shakesama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ