第21話

「俺さ……いや、俺たちってさ、まひるのことなにも知らない気がするんだよな」

「まさか人の過去を暴くおつもりですの? それこそ藪蛇ですわ」

「そういうんじゃなくてさ、なんていうかこう……繋がり? っていうか、思い? ああくそ、言葉がでてこない。とにかくさ、俺とウルカの関係みたいなものが、まひるにはないっていうか」


 冬弥が頭を掻きむしっていると、ウルカが隣にしゃがんだ。


「ま、いいたいことはなんとなくわかりますわ。たとえばそう、わたくしと冬弥はいつもあの子の話ばかりしてますわ。だってそれが二人の共通の話題ですもの」

「そうだ。俺たちはいつもまひるについて話してる。俺とウルカの繋がりってまひるなんだ。じゃあさ、俺たちとまひるの繋がりってなんだ?」

「まひるとの繋がり……考えたこともなかったですわ」


 ウルカは顎に手を当てて唸った。


「普段どんな話をするんだ?」

「それほど頻繁に話すわけではありませんわ。ただ、たまに話すときの話題と言えば、例えばシャンプーの話とか、入荷した食べ物の話とか、そんな些細なことですわ」

「そういう誰とでもできる話じゃなくってさ、まひるだからこそみたいなのってないのか?」

「まひるだからこそ……うーん、わかりませんわ」

「そう、わかんないんだよ。俺たちはまひるじゃないとできない会話をしたことがない。俺たちだけじゃないのかもしれない。まひるは、誰に対しても自分じゃなくてもいい話しかしてない気がする」


 まひるは冬弥に学校のルールをいろいろ教えてくれた。


 それも別にまひるじゃなくたって、ウルカや吉田でもいい話だ。


 薔薇泉を説得する台本作りも、言い出しっぺはまひるだったけどウルカも吉田も冬弥がストレージをやることを却下されると思っていた。


 仮にまひるがいなくて一度却下されていたとしても、きっと冬弥はウルカと吉田の三人で台本を作っただろう。


「つまり彼女は、人間関係においてだれでもいいポジションにあえて自分をおいているってことですの?」

「たぶんな。ウルカならまひる関連、吉田なら本の話。誰だって、その人じゃないとできない話のひとつやふたつくらいあるもんだ。でも、まひるにはそれがない」 


 ウルカ以外の女子はまひるを話題にすることはない。吉田は多少まひるの話をするけど、どっちかというとあいつはまひるに無関心なだけだ。


 まひるについて意見を交換できるのはウルカしかいない。


 この人だからこの話ができる。そういうものが、まひるにはないのだ。


「あの子、いったいなんなんですの? それだとまるで空気みたいにいてもいなくても同じ存在であるはずなのに、それなのに女子の間では恐怖の対象でいつづけるって……考えれば考えるほどわけがわかりませんわ」


 恐怖の対象でいつづけるのは、まひるにとって自分の身を守る方法だったのかもしれない。


 いてもいなくても同じなら、誰から何をされるかもわからない。他人の気まぐれで悪意を向けられるかもしれないし、その逆もあるかもしれない。


 理由もなく振り回されるくらいなら、誰からも恐れられる存在になったほうがいい。そうすれば少なくとも興味本位で攻撃されることはないからだ。


「俺、もっとあいつのことを知ろうと思う」

「できますの?」

「どうすりゃいいかはわかんねぇ。でもきっとあるはずなんだ。まひるがまひるでなきゃならないなにかが。俺はそれが知りたい」

「なんでそんなにあの子のことを気にかけますの? お互いに利用し合う関係くらいでいいじゃありませんの」

「この学校にきて最初に世話になったから」

「義理堅いのは立派ですわ。だからといって、情に訴えかけたところであの子が心を開くとは思えませんけれども。…………でも」

「でも?」


 ウルカはじっと冬弥を見つめてきた。


 海のように深い藍色の瞳には、期待と好奇心の色が浮かんでいる。


「もしも、本当にもしもの話ですけれど、あの子があの子らしくなる瞬間があるとすれば、それはきっと冬弥の前だけのような気がしますわ」

「そ、そうかな?」

「ええ。だってあなたは、男子の中で唯一まひるの本性を知っている人ですもの。あなたはきっと、まひるにとっての特別であるはずなのですわ」

「俺が、まひるにとっての特別……」


 その言葉を聞いて、冬弥は胸に込み上げてくるものがあった。


 自分が特別かもしれないという期待だけではなく、ウルカもまた自分と同じくらいまひるのことを気にかけているとわかったからだ。


 でないと、冬弥がまひるにとっての特別だなんて気づくはずがない。


「さ、欲しいものを回収したらさっさと帰りますわよ」

「おう……ありがとな、ウルカ」

「わたくしはただ、藪の中の蛇がどんな色をしているのか知りたいだけですわ」

「……こんど猫缶探しにつきあうよ」

「山ほど回収するのでそのつもりでいてくださいまし」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


コンクール用のシナリオを作るため、しばらく更新を停止します……。

読んでくださっている方々には本当に、本っっっ当に申し訳ありませんが、再び更新するその日までしばしお待ち下さい。

こんどこそしっかりと定石を意識した物語(シナリオ)を書くために、集中力マシマシで頑張ります!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さりとて世界は滅びまして俺は墓荒らしたちの荷物持ちになりました 超新星 小石 @koishi10987784

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ