第20話

※  ※  ※


「と、冬弥とーや。もうこれ以上は無理ですわ……」


 涙目のウルカがふるふると首を左右に振った。


「そうだよ十七夜月……いくら君の体力が桁違いだからって、付き合わされる僕らのことも考えてよ」


 荒い息遣いで吉田がいった。


「そういうなよ。俺はまだまだ満足してないぜ。さあ、次のラウンドだ」


 そんな二人を前に、冬弥はにやにやと笑いながら手をわきわきさせていた。


「いや本当にもう無理ですわ! 毎日毎日盗墓ばっかりしてられませんわー!」


 特別盗墓をこなしてから、冬弥はフリー盗墓に挑戦しまくっていた。


 パーティーはウルカと吉田。もちろん冬弥はストレージ。


 多い日には一日三回は盗墓に行くほどの盗墓三昧の日々に、二人ともすっかり疲れている様子だった。


「まったく、なんだって君はそんなに盗墓ばっかり行きたがるんだい? もうとっくに今月分のノルマは達成しているだろう」

「まだまだアスダリアを直すための部品が足りないんだよ。俺じゃなにが必要なのかよくわからないし、持ち帰った物が毎回役に立つわけでもないしさ。つーか、吉田。眼鏡は?」

「コンタクトにしたんだ。だいぶ稼がせてもらったからね」


 吉田は皮肉たっぷりにいいつつ睨みつけてきた。


「そっか。いいと思うぞ。そのほうが可愛い」

「なっ、かっ……! 死ね!」


 吉田はぷんすか頭から湯気を出して教室の出口に歩いていった。


「あ、ちょっとまて吉田! この間かしてくれた本、すげー面白かった! ありがとな! またお互いの解釈を交換しようぜ!」


 冬弥はここ数日の間に吉田から何冊かおすすめの小説を借りていた。


 読書そのものは一人で暮らしていたころから暇つぶしで読んでいたが、同じ小説を読んだもの同士で感想をいいあう面白さに気づいたのはここ最近になってから。というより吉田と話すようになってからだ。


 そんな新たな楽しみに気づかせてくれた当の本人が、扉の下で立ち止まった。


「ふん……面白くて当然だ。僕のお気に入りだからね」


 吉田は仏頂面でそういいのこし、教室から出ていった。


「って、おおい! 結局どっかいっちゃうのかよ! これから盗墓だぞ!」

「わたくしに任せてくださいまし! 吉田を連れ戻してきますわ!」


 腰掛けていた机からぴょんと飛び降りて吉田を追いかけようとするウルカ。


 冬弥は間髪入れずに彼女の肩を掴んだ。


「逃げるつもりだろ?」

「うっ……」

「逃がさないぞ?」

「いーやぁー! 人さらいですわー!」


 冬弥はウルカを引きずって、盗墓に出発した。


 場所は郊外の廃病院。


 ナース服を着た異様に逞しい肉体を持つのっぺらぼうの魔物を蹴散らしつつ、冬弥とウルカは物資を回収していく。


「人型のマッチョはさすがに食べる気がしないな」

「よかったですわ。人型の魔物を食べてる光景なんか見たくありませんもの」

「にしても、なんでマッチョなんだこいつら」

「魔物化は肥大が基本ですもの。なにも不思議ではありませんわ」


 ウルカは釘バットをフルスイングしてマッチョをなぎ倒していく。


「ウルカはレベルいくつになったんだ?」

「二十五ですわ」


 ここ最近の盗墓ライフで、彼女のレベルはローカスト・ガーデン周辺の魔物ならほぼ一撃で蹴散らせるほどになった。まだまだ強くなるつもりらしく、積極的に倒してくれるので冬弥としては楽ができてありがたい。


 冬弥はもうレベルが上がらない領域、というよりもデバイスでは計測できないほどの霊魂を保有している身となっているため、魔物退治はもはや作業なのだ。


 魔物退治はウルカにまかせてせっせと回収に勤しんでいると、ウルカが「そういえば」と話を切り出した。


「戦いながら話すと舌噛むぞ」

「噛みませんわ。それより、あの話はどうでしたの?」

「特別盗墓の依頼主のことか?」

「他に何があるというのですの」

「依頼主はちゃんといたよ」

「それはっ!」


 魔物に足払いをするウルカ。


「本当っ!」


 釘バットを振り上げ、バランスを崩した魔物の顔面を穿つ。


「ですの?」


 魔物の頭部が吹き飛び、血が噴き出した。


 紅い雨に打たれながら、ウルカはくるりと振り返って子猫のように首をかしげる。


「…………本当だよ」

「ふーん、そうですの」


 ウルカは、しゃがみ込んで診察機器を物色する冬弥の後頭部に釘バットをつきつけた。


「なんだよ」

「嘘ですわよね」

「嘘じゃない」

「では隠してますわよね」

「……依頼主は、旅立ってすぐに死んだらしい」

「殺された、ではなくって?」


 聞いていた通り、依頼主は写真を受け取って家族を探しに旅に出た。


 ところが、すぐに帰ってきた。


 死体として。


 依頼主が発見されたのは墓地ではなく、ギルドの周辺に点在する安全地帯。


 首を鋭い刃物で一刀両断されていたらしい。


「状況的には殺人だけど、人がやったとは限らない。安全地帯に魔物や暴走機械が出てくることもある」

「だとしてもタイミングが良すぎますわ」

「まひるがやったっていいたいのか?」

「そうは言いませんけれど……無関係とは思えませんわ」

 

 ウルカの言い分はもっともだ。けれど、まひるはまだ盗墓に復帰すらできていない。


 そんな彼女が仮にもこれから旅に出ようとしている準備万端な人を相手にあっさりと倒せるとは思えない。


 ウルカくらいのレベルならまだしも、まひるのレベルは十五前後。しかも彼女はサポーターでメイン武器はクロスボウ。


 もしも人の手によるものなら犯人は近接武器の刃物を使っている。まひるは犯人像と一致しない。


「俺、どうすりゃいいんだろ」

「そんなの知りませんわ」

「冷てーな」

「わたくしにいえることはただ一つ。今後もあの子とかかわるつもりなら、寝首をかかれないように注意しろってことくらいですわ。いいですの冬弥。あなたはずっと一人で生きてきたからわからないかもしれませんけれど、人間というのは時にとてつもなく恐ろしい生き物になるのですわ」


 ウルカは釘バットを肩に乗せ、んふー、と鼻息を荒くした。


 ウルカのいっていることは間違ってない。というより、ひとつの真理だ。誰だって蛇がいるとわかっている藪に首をつっこんだりはしたくない。


 彼女がいっているのはそんな当たり前のことで、それくらい冬弥にもわかっている。


 それでも冬弥は、子供らしい単純な感情のやり取りとは違う、もっと深くて手の込んだまひるとのコミュニケーションが嫌いではない。


 彼女を知っていくことは、まるで一枚めくるごとに膨らむ物語のように冬弥の心をじんわりと刺激するのだ。 


 彼女は藪の中の蛇。触れずとも祟る神。だからだれも近づかない。だれも本当の彼女を知らない。知らないから怖い……のだろうけど……。


 逆かもしれない、と冬弥は思った。


 みんながまひるを知らないんじゃない。まひるがみんなに教えないのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る