EP14  July, 2025 ~不安の蕾~

「趙(チョ)さん、こんな暴挙に及んで、どう言うつもりですか!?」


 私が足を踏み入れるや否や、開口一番に千華流は威勢良く言葉を吐く。

 今の私の姿は事の張本人である趙臺花(チョ・デイワ)そのもので千華流の反応は至極真っ当だ。私は慌てて中級支援課術(メディウム・メリウス)=トランスフィーグラティオを解除する。

 本来の姿を現した私に、千華流の表情が瞬時に和らぐ。と同時に疑問を投げ掛ける。


「ど、どうして、涼花さんが此処に!?」

「どうしてと言われても、目的は只ひとつよ。貴女を救いに来たわ」

「……お恥ずかしい。こんな状況で、自分が情けないです」

「嘆いている暇はないわ。千華流、貴女にはまだ成すべき事がある。まあ込み入った話は此処から脱出してからでも遅くないわ」

「で、でも扉には見張りが……寮内も現在厳重な監視が敷かれていますよ?」

「私に任せなさい。策もなく乗り込む訳ないわ」


 まあ策と言っても、まどろっこしい方法は嫌いなのよね。

 だから此処から――つまり二十二階から飛び降りる。それが最速最短で確実、千華流は私の言葉に対して何を冗談をと言う表情を浮かべている。でも千華流を連れて敵地を正面突破する方が非現実的、落下中に着地の衝撃を緩和する下級防性花術(ユニオル・カストルム)=アウラムルスを発動すれば人二人分程度の質量は問題にならない……はず。この花術の仕様上はね。

 何にしても迷っている時間はない。何時見張りが室内の様子を窺うか分からない。私は千華流の手を握り締めてベランダに出る。既に地平線では陽が沈みきる寸前、周囲は暗い。


「千華流、覚悟は出来てる?」

「えっ……か、覚悟しないといけない方法なんですか!?」

「まあ大丈夫よ。一度実証済みだし、落下中は絶対に私の手を離さないで」


 片隅に置かれていた丁度良い高さのプラスチック製の収納ボックスに足を乗せる。

 頬を撫でる心地良い潮風が心を和らげる。瞼を閉じて、千華流の手を握り締めながら身体を前方に倒して重力に身を任せ自由落下する。

地表に到達するまで計算上では約五秒程度、私は脳内で秒数を刻み下級防性花術(ユニオル・カストルム)=レニレを発動させる。その瞬間、重力が軽減されて落下速度が急減、身体が宙に浮かぶ感覚を抱く。

体勢を整えて地上にゆっくりと足を踏み締めて着地する。


「じゅ、寿命が縮みましたよ……」

「まあ何とかなったから許して頂戴」


 着地した場所は寮の裏口付近、駐車場には幸い先程の警備員も人影もない。

 私は千華流を連れ駐車場を抜けて学生寮から急ぎ離れる。少し離れた場所で今回の侵入をサポートしてくれた女生徒の姿を捉える。彼女の傍には一台の高級車が停車していた。


「会長、ご無事で何よりです。副会長が手配されたそうです」

「そう。用意周到で流石だわ。貴女も乗りなさい。調査は切り上げて構わないわ」

「あ、ありがとうございます」


 私立カルミア女学園学生寮の十九階、一九〇七号室。千華流を連れて私は自室に戻った。

 私は珈琲を三杯淹れて、リビングのローテーブルにそれぞれ並べる。私と春妃、そして千華流の三人が同席し今後の事に関して話し合いを始める。


「まず千華流の処遇をどうするかだな」

「カルミア女学園に転入手続きをするわ。監査院に在籍して貰いたい。構わないかしら?」

「監査院……と言うのが何だか分かりませんが、涼花さんの決定に従います」

「まあ飽くまでも一時的よ。何れにしても千華流にはル・リアンに戻って貰う必要がある。ただ問題は趙臺花(チョ・デイワ)の処理ね。春妃、情報はある?」

「情報と言える程の情報は得てないが……今分かっている情報としては、韓国からの留学生、在籍はエクセプション・サイエンス(ES)科の花術技能専攻、実力は不明だが花術は扱える。こいつが率いる過激派の構成人数は二〇名~三〇名程度、にしても実力行使に移せる程の人望をどう得たのかが不思議だな。身辺も調べたが特に経歴的に突出した部分がない」

「その人員の中に存在する花術師(フロリスト)の人数は?」

「分からん。千華流、知っているか?」

「私も分からないです……確かに生徒会選挙終了後、過激派と言う存在が生まれた事に注視はしていましたが、まさかこんな状況になるとまでは……」


 千華流の処遇は別に難しい話ではない。状況が改善するまで此処で暮らせば良いし、寮内は部屋が有り余っている。それにカルミア女学園への転入手続きも然程難しい話ではない。千華流の安全を確保するのは簡単だ。

 でも何れにしても千華流にはル・リアン女学院の生徒会権限を奪還して貰う必要がある。でないと懸案事項が増える。趙臺花(チョ・デイワ)が雨小衣と手を組む可能性も否定できないし、ともなれば既に過去改変が大きな発生している状況で、更に難しい状況に陥る可能性がある。


「とは言ってもだ。じゃあどうするのかって話だな」

「民主的な方法を取るのなら、臨時生徒総会を開催して解散動議を提出するしかないわね」

「まあだろうな。趙臺花(チョ・デイワ)と同じ事をやったとて、余計に混乱するだけだろうし」

「代表発議者は千華流で良い。現状であれば可決される筈、唯一不安要素とすれば趙臺花(チョ・デイワ)が黙って従うのかどうかと言う事ね」

「……確証はありませんが、恐らく従わざるを得ないと思います」

「常識的に考えればね。生徒の信任があっての生徒会だものね」


 話し合いは小一時間程度、結論として千華流は一時的にカルミア女学園に籍を置く事となり、同時並行でル・リアン女学院の現状では元副会長である織宮友莉の助力を得て臨時生徒総会の開催と解散動議の提出に向けて動き始める事となった。

 仮に趙臺花(チョ・デイワ)が解散に従わなかったとしても、強制的に生徒会権限を奪還できるお題目は揃う訳ね。

 あと不気味なのは雨小衣のこと。羽乃坂事件以降、特に目立った動きがない。お互いの利益が一致したと言う理由はあれども、むしろ生徒会選挙で助力して貰っている。

 玲菲(リーフェイ)の報告内容も特に気に掛ける出来事はない。むしろ今一番脅威と言えるのが、突然に現れた趙臺花(チョ・デイワ)の存在と言う訳だ。……結果的に惨劇が発生しなければ、確かに私の悲願は達成される。

 されるはず……なのだけれども、どうしてだろうか。そこはかとない不安が拭えない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三花三星の少女たち ~彼女を救う旅路、そして新たな未来へと~ 雪広ゆう @harvest7941

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ