向日葵の章

EP13  July, 2025 ~始動~

「涼花~、早速厄介者がお越しだぞ~」


 春妃が生徒会室の重厚な観音扉を開くや否や開口一番に言葉を発する。

 来客の見当は容易につく、むしろ彼女にしては行動が遅い。今日の午前中、一限目前に校内掲示板に学園監査院の役員募集の件で張り紙を掲示したから。

 つまりそれに面と向かって異議を唱える人物と言えば、心当たりは一人しか居ない。


「遠苑涼花っ! どう言う事ですの!? あの張り紙はふざけてますの?」

「あらレティ、もう放課後よ? 貴女にしては反応が遅いわね。待ちくたびれたわ」

「冗談は結構!! あんなの許可出来る筈がないですわ!!」

「と……言われてもねぇ。権限はまだ私にあるのだし……」

「例え権限がまだ貴女にあるとしても、こんなの倫理的に許せない!!」

「でももう覆せないわ……生徒会手帳の改訂版も刷ってしまってるし」


 まあ権限が現時点で私にあるとしても、次期生徒会に一言もなしに決議をするのは本来なら論外、全校生徒から非難囂々と言う状況は覚悟している。

 と言うかレティが今更騒いだところで時既に遅い。もう決定事項は覆せない。

 既に学園監査院の存在は学園規則に明記済みだし、それに監査院を解体するにも学園規則の改定は年一度で最低でも来年まで手の触れようがない。唯一、学園規則の改定が例外的に可能な規則条項も私達は用意周到に削除済みだ。

 決まりは決まり。なら学園規則を遵守すべき生徒会長と言う立場である以上、私にもレティにも現状を覆す事は不可能、レティはこの事実を受け入れるほかに術はない。


「それとも次期生徒会長ともあろう貴女が、言葉一つで学園規則を破るの?」

「ぐくくぅ……絶対に後悔させてやりますわ!!」

「はぁ……レティ? これだけは言っておくわ。最初から貴女の邪魔をする気は毛頭無いし、私も私で貴女と信条は同じ、ただ学園の平穏を護りたいだけなの。それだけは最低でも理解して欲しいわね」

「信じられませんわ。なら何故、私に相談の一切も無く勝手に決めますの!?」

「だって相談したところで、反対するのは目に見えていたし……でしょ?」

「ええ、負け犬の遠吠えに耳を貸すつもりはありませんわね」

「そう言う事よ。貴女が私に目くじらを立てている以上、相談は意味がない。以上よ」

「……貴女はこの学園の害ですわ。もう大手を振って歩けませんわね」

「まあ私は私で粛々と事を進めるわ。他人の視線を気に留める暇はないの」


 レティは顰めっ面を浮かべながら生徒会室を捨て台詞を吐いて立ち去る。

 まあ今回に限っては彼女の言葉が正しいのも事実。私の行為が権限的に可能だとしても、確かに倫理的に考えれば批判されて至極当然ね。

 ただそれでも指を咥えて事態が悪化するのを傍観し続ける事は到底出来ない。


「嵐は過ぎ去ったか……そうだ涼花、既に何名か監査院への加入希望がきている」

「そう。それだけレティの過激思想に違和感を抱く生徒も多いと言う証左ね。希望者の選定は貴女に一任するわ。人選には期待しているわね」

「ああ、任せとけ。ってお前、今から会議だぞ? 支度して何処行くつもりだ?」

「千華流に会うわ。まあ事態が悪化した後で遅すぎるけれども、彼女と話す必要がある」


 各学園の生徒会選挙終了後、春妃の調査が次第に進み各学園の状況が判明する。

 山吹女学園に関しては玲菲リーフェイからの報告が随時入り、私の記憶にある過去と同様の状況、雨小衣しずくが圧倒し独走状態で選挙に勝利、臨時生徒会から引き続き生徒会長の座に就く。

 でも問題は聖ル・リアン女学院だ。過去と同様に臨時生徒会の生徒会長である冷泉千華流が僅差で勝利するも、その選挙の翌日に結果を不服とする過激派連中が実力行使に出た。過激派の強襲により生徒会が掌握されて、過激派の主謀者である韓国人留学生の趙臺花チョ・デイワによるクーデターが成功する。

 これは本来なら発生しない出来事の一つ。

 それでこの結果として千華流の処遇は検討中、現在は学生寮の自室にて軟禁状態にある。学園に姿を現さず。連絡を何度か試みるも応答がない。恐らく連絡手段を奪われているのだろう。


「とは言うが、会える見込みはないぞ?」

「千華流は自室で軟禁されているのでしょ?」

「いやまあそうなんだが……常に見張りが警備に付いているらしい。面会謝絶状態だ」

「大丈夫、大丈夫。見張りに話が通じないなら強硬手段一択よ」

「おい止めてくれって……只でさえ面倒事が山積みなんだぞ」

「安心して騒ぎは起こさないわ。隠密行動よ。私の得意分野だし」

「はぁ……まあ私が何を言っても行くんだろ? 時間跳躍タイムリープの時もそうだったな。まあ言って聞く性格じゃないのは私が一番理解してる」

「潔くて助かるわ。平行線の話は時間の無駄だもの」

「何度も言うが、絶対に姿を見られるな。万が一にも見つかったら逃げろ。捕まると助ける手段が現状ない。過激派の連中は今、話が通じる相手じゃないからな」


 春妃の忠告通り、見つかれば問題に発展する。

 私は会長席の机に仕舞っている媒花結晶石CFCの箱を取り出すと幾つか選定する。


◆媒花結晶石:オトギリソウ

 ┗中級支援課術メディウム・メリウス=トランスフィーグラティオ

 ┗効果:特定の物体や人物に擬態化出来る。今回は過激派の主謀者である趙臺花チョ・デイワに姿を変えて認識を欺く為に必須ね。

 ┗下級攻性花術ユニオル・アグレシオ=パラライズ

 ┗効果:対象を一定時間の間麻痺状態にさせて行動を制限する。

◆媒花結晶石:ミモザ

 ┗下級攻性花術ユニオル・アグレシオ=アムネシア

 ┗効果:対象の直前数分間の記憶を抹消させる事が出来る。今回は見張りを無力化する為に必要となる。

◆媒花結晶石:アネモネ

 ┗下級防性花術ユニオル・カストルム=アウラムルス

 ┗効果:落下時に地表に到達する直前で上昇気流を発生させ落下衝撃を軽減する。これは窓から飛び降りて退却する手段で使用しよう。

 ┗上級殺傷花術オプティムス:シカリア=アリュシナシオン

 ┗効果:幻痛経花術の一種、対象者に精神崩壊を引き起こす幻覚作用を与える。殺傷花術は花術補助端末FADの使用制限を特殊コードで解除しないとならない為、そもそも使用できない。


 後三つ空スロットがあるけれど数に限りあるCFCを無駄には出来ない。

 これで必要十分ね……役員会議は春妃に任せて、私は生徒会室を後にする。時刻は午後四時前、華丘島東部すみれ区にある聖ル・リアン女学園の学生寮までは最寄り駅の学園前華心かみ駅から約二十分程度、まあ可能であれば色々と面倒なので門限の夜七時までには戻りたい。


時間跳躍タイムリープから忙殺されて周囲を見渡す余裕がなかったけれども……青春ねぇ)


 そう青春……まあ中身三十路過ぎのおばさんが何言ってんだと思うけれど。

 学園の玄関口、大正門を抜けて桜並木の通学路を進む。丁度放課後の時間帯で高等部、中等部の女生徒達が和気藹々と話に華を咲かせながら帰路に就いている……少しかしましい。

 まあでもその光景を眺めながら通学路を歩いていると、何だか昔の青春の思い出が蘇る。あの頃は本当に苦難の連続だったけれども、それ以上に楽しい記憶も多い。生徒会の皆はもちろんの事、春妃や千華流、それに――それに……? 後は誰かが、大切な誰かが……。


「あぁ~、会長ぅ! 一緒に帰りましょ!! んぅ~、触り心地最高」

「雪乃……いい加減、髪に頬を擦り付けるのは勘弁して。恥ずかしいわ」

「嫌です! 私は会長ラブなんで」


 背後から突然に抱き付いてきた雪乃を引き剥がす。

 相も変わらずと言うか……何時も不意を突かれている気がする。私を好くのなら監査院に加入するかしら? 彼女も一応はES科に在籍しているし、今は一人でも多く人員を揃えたい。

 ただ雪乃は飽き性だと春妃から聞いている。彼女と春妃は入学式で出会って、本当に些細な切っ掛けで、講堂の場所が分からず春妃が連れて行ったらしい。私も春日経由で彼女の事を見知っているだけで、人物像などの内面までは良く知らない。

 だから私を好く理由もいまいち良く分からない。


「今日は用事があるのよ。それより学園監査院は知ってる?」

「あっ、はい! 掲示板に貼られてるの見ました~」

「話が早いわ。私を助ける気持ちで加入しないかしら?」

「んぅ~、そう言うの苦手で……」

「構わないわ。最悪は在籍しているだけでも良い。ねっ?」

「……別に良いんですけど、少し一日だけ考えても良いですか?」


 私の事を口で言う割には意外とガードが堅いわね。

 まあ流されて加入するよりも、自分で考えて加入して貰える方が力になるわ。私は雪乃に良く考える様に言葉を伝えると、間髪入れず駆け足で駅へと向かう。

 雪乃は突然に私が駆け出した事で拍子を取られて追い掛けてこない。

 そして学園前華心駅に到着、私は一時間に数本の電車に丁度乗り込み聖ル・リアンの学生寮に程近い駅に到着する。

 まあ正面玄関から大手を広げて入れる訳がないので、荷物搬入用口を探す。春妃が調査目的で潜らせている生徒が待機していると、乗車中に春妃から連絡が入ってきていた。

 学生寮の裏側に回ると目的場所を発見する。警備員が一人、後は聖ル・リアンの制服を身に纏う生徒を一人見つける。彼女は私の姿を捉えると近付いて来て話し掛ける。


「会長、お疲れ様です!」

「ええ、春妃からの話通りよ。此処から入れるの?」

「はいっ! 警備員の人には友達が来ると話を通しています」


 なら何故に正面玄関から入らないのか疑問を持たれそうな気がするけれども……。

 まあ明らかな不審者でもない限り警備員がそこまで気に留める訳もないか。私は彼女に誘導されて学生寮に侵入する。搬入用エレベーターを使える為、他の生徒に姿を見られる心配もない。

 私は千華流が軟禁されている自室がある階に到着するまでの間に、トランスフィーグラティオを発動し過激派の首謀者である趙臺花チョ・デイワに姿を変化させる。


「どうかしら? 貴女の目に映っているのは、彼女の姿?」

「会長、完璧に趙本人で間違いないですね。喋らない限り見破れないです」

「良かったわ。後は私一人で行く。近々春妃から調査終了の指示があると思うから、それまでは引き続き頼むわね。期待しているわよ」

「あ、ありがとうございます。ご期待に添える様に頑張ります」


 エレベーターホールにある姿見で念の為に自身の姿格好を確認する。

 完璧だ。ただ喋り方までは真似出来ない。見張りを欺けるかは賭けになる。最悪の場合、見破られたら実力行使にでざるを得ない。まあ何とかなるわ。

 廊下を進むと数名の女生徒と遭遇するも、彼女らは会釈をするだけで気にも留めていない。

 そして部屋の扉の前に立ち塞がる見張りの生徒を視界に捉える。一言二言発言したところで見破られないはず……私は自然を装い彼女に言葉を掛ける。


「お疲れ様。生徒会長に話がある。通してくれる?」

「……お、お疲れ様です? 趙様、お話の仕方を変えましたか?」

「え、ええ、少しね。これから生徒の前に出る機会も多くなるから」

「そう、ですか。いや……趙様ではありませんよね? 花術の発動形跡が……」


 この見張り役、どれだけ鋭いのよ。相当に花術の訓練を積んでいるし、そもそも些細な言葉遣いだけで正体を見破れるなんて、彼女は趙の側近の可能性が高いわね。

 ただ自分の発言に疑念を頂いてもいる。恐らく核心までは持てていない。とは言っても手間取っている暇もない……実力行使に出るか。

 私は油断をしている彼女の隙を突き、腰にあるFADを瞬時に抜き取ると彼女の胸に突き当てて直前数分間の記憶を消失させる花術=アムネシアを発動する。零距離だから確実に効果を与えられる。

 この花術の特性上、数十秒間は記憶消去処理の為に意識を一時的に失う。その隙に私は千華流の居る部屋の扉に手を伸ばす。

 そう言えば時間跳躍タイムリープから一度も千華流と言葉を交わしていない。私自身にその余裕がなかったと言うのもあるけれども、調査は春妃に全任していたし、急を要する用もなかった。

 願わくば彼女も時間跳躍タイムリープに成功していると……感情的に言えばそう願いたいけれども、成功確率の観点から考えても、既に二人成功している時点で奇跡的とも言える。……まあ奇跡は連鎖するとも言えるし、会う前から諦めるのは違うと思う。

 施錠されている。私は見張り役の生徒の制服から鍵を取り出して、鍵を解錠するとドアノブを捻って扉をゆっくりと開けた。

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