EP12 June, 2025 ~敗北、そして知り得ぬ未来への一歩~

 現実を直視したくはない……でも正直言って覚悟は出来ていたんだ。

 今日は生徒会選挙の開票日当日、立会演説から中一日が経過し現在は放課後の時間帯、開票作業は全校生徒の総数から時間を要さないと判断された為リアルタイムで行われる。そしてその様子を生中継するのは報道部の特権業務と言える。

 各陣営は学園内に設置した選挙事務所にて、その生中継を凝視している。ちなみに報道部の設備は大手テレビ局と同等水準、学園建造時に大幅な予算を費やし報道室が設置された。

 本当に無駄に金を注ぎ込み過ぎなのよ、この学園は――。


「……まずいわね」

「ああ、まずいな」


 話を逸らしている場合じゃない。私達は生徒会室で開票作業を凝視している。

 大型液晶ディスプレイには、報道番組さながらに各立候補者の得票率がグラフ化されていて、一票一票が開票される度に得票率の数字が即時に変動する。

 盛立て役と言うか、特に意味のないコメンテーター風情が情勢について解説している。そのコメンテーターとやらは報道部の部員かしら? 誰なのよと突っ込みたい気分。

 いやそんな事はどうでも良い。開票が進む度に上位三人の順位が激しく変動している。順位が入れ替わる度に役員達が一喜一憂する。現在の私の順位は三番手、心の何処かで不安が拭えなかったけれども、その不安が現実となった。秋元友紀奈にすら得票率で及ばない。


「用意周到の春妃様、代替案を期待しても宜しくて?」

「いや……だから期待するなって言ってるだろ。大した内容じゃないぞ」


 開票作業が始まり約一時間が経過、いよいよ開票も終盤に差し掛かる。

 敗北濃厚――現時点でレティの得票率が29.3%、秋元友紀奈が23.1%で、三番手の私が19.7%と言った具合。失礼ながら私は既に諦めモードに突入中、役員達の瞳にはまだ闘志が宿っている様子。でも開票率は既に8割以上、残票が全て私に入れば逆転可能かも知れないけれど……現実的に考えて有り得る筈がない。

 つまり終了という事よ……他の選択肢を考える必要がある。


(ああぁ……何だか吐きそう……不甲斐なさ過ぎるでしょ、私ってば)


 十数分後、全開票作業が終了する。最終得票率は、レティが33.1%、秋元友紀奈が28.7%で肝心要の私は22.5%と……画面に速報としてレティの当選確定と巨大テロップが現れる。

 案の定、役員達は私に掛ける言葉が見つからず沈黙、生徒会室はお通夜さながら。

 まあ心情としては残念の一言、ただ立会演説の時からある程度は覚悟していた。でも生徒会長の座から引き摺り下ろされたからと言って、惨劇を阻止する方法が潰えた訳ではないはず。

 今は前向きに……私が沈んでいては駄目よ。私は会長席から勢い良く立ち上がり、勢揃いの役員達を前に感謝の言葉を述べる。


「皆の頑張りに心から感謝するわ。これは最善を尽くした結果……純粋に私の実力不足よ。皆は本当に良くやってくれたわ、誰も気負いする必要はない。私を慕い、信じ、数ヶ月だけでも皆と生徒会を運営出来たこと、私は誇らしくて……ただ有り難うと伝えたい」

「あぁ~、まあと言うことだ。選挙に負けても次期生徒会との引継業務や仕事は山の様にある。来月の次期生徒会新任式を持って現生徒会は解散となるが、それまでは気を抜かず一人一人が生徒会役員の自覚を持って仕事にあたってくれ」

「副会長の言葉通りよ。あと次期生徒会への役員加入を希望する者は、私が直接レティシア次期会長に推薦するわ。私か副会長に話を頂戴。今日はこれを以て帰宅して構わないわ」


 役員達が帰り身支度を始める――私と春妃の言葉にも関わらず意気消沈と言った様子。

 今後の話もある。春妃と沙枝には生徒会室に隣接する応接室にと声を掛ける。想定外の事態ばかり……でも諦める気は毛頭無い。

 ただ生徒会長の権限が失われて、学園守衛部を動かせない事は大問題だけれども……。

 皆が帰宅した後、私と春妃、秋津早沙枝の三名が応接室のソファに腰掛ける。沙枝は役員を纏める執行部長と言う重要な役職、役員の中でも彼女は信頼を置ける。


「さて春妃、見ての通り最悪の状況だけれども、代替案があると言っていたわね?」

「見ての通りってお前……涼花、当時の学園監査院と言う組織覚えてるか?」

「ええ、レティが選挙に負けた上に喚き立てるから仕方なく新設した組織の事よね」

「あ、あの……会長、副会長、私はその組織を存じ上げないのですけれど……」

「ごめんなさい。気にしなくて構わないわ、沙枝」


 春妃の言う当時とは過去の話、本来なら私が選挙に勝利した時間軸の話ね。

 まあ何せレティは負け惜しみが酷いのなんの。性格も横行際も最悪……だから当時の私と春妃は、彼女の暴走を未然に防ぐ為に生徒総会での議決を以て、生徒会権限で学園監査院と言う組織を新設した。

 でも当時の学園監査院は形式上の組織、生徒会執行部の下部組織的な位置付けで、権限を一切有さない骨抜き状態の存在であって、組織的な影響力は皆無に等しかった。

 それでも少し頭が弱いレティを閉じ込める鳥籠としては十分に役立った。彼女からすれば監査院長と言う威張れる役職、そして周囲からチヤホヤされるだけで満足の様子だったし。


「まあつまりだ。学園監査院を立ち上げるって事だな!」

「だなって……貴女ねぇ。生徒総会の議決も必要だし、時間が圧倒的に足りないわよ」

「んなもん素っ飛ばす。まだ時間は二週間弱ある。生徒会権限で学園規則に学園監査院に関して直接明記する。規則改定は一年に一度可能とされているからな」

「いやいや、その肝心の規則改定も生徒総会を通す必要があるのだけれども……」

「ほらここ見てくれ、『学園環境の急変動時、状況に対応出来ない規則に関しては生徒会権限にて個別に改定可能とする』ってあるだろ?」

「初めて知ったわ……つまり規則改定は生徒総会の議決が不要という事ね」

「いやお前、腐っても生徒会長だろ……生徒手帳は隅々見とけよ。まあでもお前の言う通り不要になる。そして学園監査院には生徒会執行部と同等の権限を付与する」

「でもそれで新設が可能として、急変動時と言う解釈って所詮は私達の視点でしょ?」

「まあな。でも生徒会の決定だ。不満はあれど誰も口を出せないだろ。ただ私と涼花は間違いなく全校生徒から猛批判を食らうが、手段を選べる立場じゃない。なあ沙枝もそう思わないか?」

「副会長の提案は確かに滅茶苦茶です。正当な選挙で選ばれた生徒会に泥を塗る行為……いや投票した学園生徒を裏切る行為に等しい。でも私達に有用な選択肢が残されていないのも現に事実……致し方ないと思います」


 春妃の言葉通り学園規則は一年に一度のみ改定が可能とされている。

 本来なら生徒総会の議決が必要だけれども『環境の急変動時に生徒会権限で個別に改定可能』とされる条項を引用し、無理矢理でも生徒会と同等権限を有する学園監査院を新設する。

 ついでに規則改定時に『急変動時に改定可能』と言う条項は削除すると……そうなれば次期生徒会は最低一年間は学園監査院の解散どころか手を一切出せない。

 ただ代償は大きい、こんな無茶苦茶な事をすれば私と春妃は全校生徒から非難の的になる。

 それが何が問題かと言えば、来年以降の生徒会選挙は非常にアウェーな状況に陥る。


「順序は理解したわ。でも権限を有したとて、生徒からの信頼がなければ形骸化してしまう」

「それはまあ、私と涼花の魅力で人を掻き集めるだわな。監査院が生徒会より規模の面で上回れば、自ずと信頼は取り戻せるだろ。後は私達の行動次第だ」

「規模が大きくなれば必然的に声も大きくなる。私達の正当性を訴えられると言う訳ね」

「そう言う事だ。まあ人集めは苦労するだろうが……学園守衛部は全員引き抜きたいな」

「副会長、その辺は助力させて頂きます」

「まあでも……そんな事したらレティが怒鳴り込んで来るわね」

「まあ別にES科の生徒は何も学園守衛部だけじゃない。あいつはあいつで再編成するだろ」


 約二週間の短期間で、何処まで掻き集められるかが重要になる。

 学園監査院の件を公表した段階で、恐らく生徒の大半が反感を抱くだろう。学園監査院の権限が生徒会と同等ともなれば、正当な選挙で選ばれた生徒会の意義が失われかねない。

 その状況下で監査院の人員募集を掛けたところで、加入希望者が集まるのだろうか……。

 でも選択肢は残されていないのも事実、春妃を信じる他に残された選択肢は存在しない。

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