第5話 クラブ活動地域移行作戦

野球部員が5人退部届を出した。これで部員数は8人。当然だが野球は最低9人いないと試合が出来ない。

大会にも出れない。事実上の開店休業状態である。

野球部顧問の袴田先生はそれこそ学校が火事にでもなったかのように校長室に雪崩込んで来た。

こうなるのは予想していたので香澄は、予め校長席から立ち上がり室内の掃除をしている仕草を装った。

「校長、これはどういうことですか」

これも予想通りの発言である。野球部員が5人辞めたのがショックなのだが、さらに問題はこの辞め方だ。

実は香澄の発案で学校内に『悩み事相談室』を設けた。その中の活動内容は、イジメや進路の相談の他、クラブ活動を辞めたい場合、顧問や先輩部員に退部を伝えて

貰えることになっている。

今回辞めた野球部員5人もこのシステムを使い退部したのだ。

「どういうことも部活を辞めるのは、生徒の自由であり、それを止めることを出来ない。と学校令で出しました。内容は掲示されてますからよくお読み下さい。」

僕は敢えて挑発的な言葉を使い説明した。誰の指示かは言わなくても判るだろうが、

袴田先生のような他人の話を聞かないような人には、こういう態度で臨む方が逆に冷静になってくれるのだ。

「辞めたのはしょうがないですが、せめて理由位言ってくれても」

「悩み事相談室では辞めたい人に理由を聞かない決まりです。」

「これでは部活を辞める者が増えるだけですよ」

「何度も言ってますが、第1に優先するのは、生徒の自由意志です。」

僕は敢えて少し大きな声を出した。

「野球部はどうなるんですか。今残っている生徒は練習試合もできない。」

「その心配は有りません。野球部は地元のボーイズリーグクラブと合同運営するよう進めています。」

「え、じゃあ私は・・・」

「これまで野球部の顧問ご苦労様でした。他に学校内でやってもらう事は沢山ありますから」

袴田先生の顔から血の毛が引いていくのが分かった。

校長室から出ていく後姿が寂しく見えるのは当然だろう。僕も虚しさがあったが、

それを傍らで見ていた天才少女 手塚香澄はどこか嬉しそうなのは少し怖さを感じた。


これは後で香澄から聞いた話だが、

袴田先生はどうしても地域野球クラブとの合同を認めたくなかった。何とか野球部員を増やそうと工作していたようだ。

 

回想

 敢えて学校の電話を使わず携帯で話している袴田先生。

「頼むよ。シーズン中なのは判ってるが時間を作って学校に来てくれないか」

「電話の相手はプロ野球の柳選手ですか」

初めて香澄に話かけられたのもあり、思わず携帯を切ってしまった。

「なんだ。手塚か、何の用だ」

「この学校の卒業生で現在、東都ジャガーズの柳選手ですね。確か10年前に柳選手が在校中に県大会で野球部が優勝したのは知ってます。というよりその時の記念写真が未だに玄関掲示版に飾られてますよね。正直、目障りだと思う生徒もいます。」

 過去の栄光を引きずるというのはこういうことなのだろう。

 その後、10年間野球部は低迷を続けるばかりで現在の有様になった。

 「地域の中には名門野球部復活を願う声もあるんだぞ」

 「ないわよ。そんなの、野球部が強くなればいいですか?と聞かれれば、そりゃ強くなるに越した方が良いから、まして野球部がなくなればいいと答える人は居ないでしょう」

「手塚、君は校長先生に気に入られてるようだが、特別扱いを学校では認められないぞ。」

 「野球部の生徒は遠征や特別練習とかで通常授業を休んでることがありますが」

 「それは部活の一環として・・・」

 「正式に許可を得ず袴田先生の独断で特別練習に行かせたこともありましたよね」

 これは袴田先生が独自のルートを使い元プロ野球選手に指導をお願いした時の事 だ。通常の授業時間にしかプロ選手の都合がつかなかった為、野球部員をその日引き連れて近くの市民球場に行ってしまったのだ。

 僕もその行為には注意をしたが、反省はしていまい。自分の良識だけで判断してしまう教師が1番気を付けなくてはいけないことだ。


「君は一体何なんだ。」

袴田先生も香澄の本当の姿を見て驚いているのだろう。さらに香澄は

「あと柳選手を呼んでも野球部に入部する生徒なんて居ませんよ。そりゃ以前は学校初のプロ野球選手ということで地元でも話題になっただろうけど今、柳選手は一応1軍の投手として在籍しているけど試合には、たまに中継ぎか敗戦処理として出るくらいで通算成績も在籍7年で15勝した位、いつ戦力外通告されてもおかしくないでしょう。今の生徒で知ってる人が何人いるかしら」

 苦虫を嚙み潰した顔で袴田先生は去ったそうだ。

「本当、教師て単純に顔に出るわねえ。」


玄関掲示版に飾れていた【第〇回県大会中学校野球大会優勝】の写真は10年ぶりに外された。野球部員の中央には袴田先生がドヤ顔して写っている。

「これは袴田先生にあげます。」

外された写真パネルを持ち香澄が言った。


「なんか少し悪い気がするんだ。人が大切にしてる自慢を否定するみたいで」

僕にも思い当たることがある。最年少校長という肩書が否定されるような。

「本来、自慢することでもないのよ。調べたけど袴田先生が野球部の監督になったのは、この優勝した年が初めてで実質3か月しか携わってなかったのよ」

「それじゃ優勝出来たのは前任の監督の功績の方が大きかったのか」

「前任者はその後、他校でも優勝やプロ野球選手を何人も選出したみたいよ」

「袴田先生はその後、野球部を引きついで弱体化する一方だった訳か」

「2年後、直接指導した選手がレギュラーになった時には地区大会で1回戦負けだったそうよ。そもそも袴田先生て学生時代、野球部じゃなかったそうよ。陸上とかやってただけみたい。」

まるっきり無能の野球部監督であったわけだ。野球部の伝統を壊した調本人が自分というのに気ずいてない。

外された写真パネルの位置には新しく【地域野球クラブとの共同育成開始】と名付けられた写真パネルが飾られた。

写真の中には地区野球部監督と握手している僕と中央にこの活動を推進してくれている元プロ野球選手、工藤友康さんが写っている。

  

 工藤友康

   新人王、ゴールデングラブ賞6回、 首位打者2回、ホームラン王1回、

   MVP1回、野球を見ない人でも知ってる位の有名人である。

   引退後は野球の発展を目指し特に小中学生に野球を浸透させたいという理想

   があり、部活動の地域移行に対しての活動に参加している。

  「野球はきびしい練習を得た選ばれた選手だけがやるものではなく、まず楽し 

  むことから入るものです。もし今日の試合中、具合の悪くなった人は私や係員 

  の人に遠慮なく申し出て下さい。」

  当日の挨拶での言葉である。

【野球の地域密着推進会】を通じてアポイントを取った処、快く了承してくれたのだ。

これも香澄のアイデアではあるが、

「君は野球にも詳しかったんだね。」

「それより少し離れたところで袴田先生が恨めしそうに見てますよ」

壁に隠れるようにしている袴田先生が居た。


放課後、校長室

もはや説明するまでもなく校長席に手塚香澄。ソファーに本当の校長の僕である。

「これで野球グランドは問題なく潰せるわね。あそこを無くして陸上用の専用グランドにしましょう。」

「野球グランドのない中学校というのも珍しいんじゃないか」

「正式に野球部が無いんだもの。必要ないわ。逆に陸上専用の練習場がある中学は、この辺ではないわよ。」

「陸上部員はそれほど多くもないぞ。」

「これから集めるのよ。この学校の正門脇に多数の横断幕を掲げて見せるわ。」

香澄の顔には自信が見えた。この顔を見るとはからずも信じてしまうのは、どうしてだろう。

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女子学生に校長の座を奪われた僕は、それでも幸せ @A21g150075

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