第4話 僕が従う理由

なぜ僕が手塚香澄の言いなり(そこまでは思ってないが、)になってるのか、不思議に思うだろう。確かに大学入試の試験問題で合格点を出したら校長の座を譲るという賭けをしたが、そんな冗談にしかならない約束など反故にしてしまえば良いだろう。普通そう思うが、実はそれ以外に理由があるのだ。一種の弱みを握られている。

僕のことではない。自分で云うのも変だが自分自身のことで弱みなどない。

 

「校長先生。3年生の成績内容をリストにまとめて置きました。」

加山夏美先生がクラス分けに使う資料を持参してくれた。

「ありがとう。加山先生」

「早くも先生方の間で話題ですよ。この時期でクラス替えをするなんて」

当然のことだが批判の嵐だろう。完全な成績順という訳ではないが、生徒を区分けしているのだから。

「受験対応で生徒ごとに合う学習仕様をするのに批判されるんですね。決して差別とは違うのにね。」

「私は校長先生の考えは正しいと思います。まず、何かを起こすがことが大切なんだと思います。」


香澄も同じことを言っていた。

『教師にも生徒にも学校が本気で成績向上を目指してると判らせるのが第1、第2に自ら学習意識を持たせること』


「あと手塚さん。本当にすごいですよね。本気になればテストで1位になれるのに敢えて抑えてるんでしょう」

「知ってたんですか。」

香澄の考えだ。転校生がいきなり学校1位になったらこの学校のレベルの低さを露呈することになる。それは事実からの逃避を起こし諦めになる。学習する気が消えていくのだ。スポーツで実力差のある者と対したときそのスポーツを辞めたくなる者が多いのだ。

「香澄の成績は全体で10位でしょう。」

「手塚さんも校長先生の成績向上計画に協力したいそうですね。」

というより香澄の発案なのだが、夏美先生だけにはそう云ってある。

夏美先生が居るからこの学校長という正直、投げ出したくなる役職も続けているのかも知れない。


だから、回想

「確かに君は大学受験問題に合格した。しかし、校長職を譲るなんて無理に決まってるだろう」

「校長の仕事て学校内に置ける全ての活動の最高決定権ですよね。ちなみに教員ではないので授業を直接行うことは原則出来ないことになってるんですよね」

どうでも良いトリビアだがその通りである。学校長は授業が出来ないとなっている。教員が休みなどで人でが居ない場合は別であるが、

「ですから私は学校内でのすべての権限を貰えればいいんです。勿論、武田さんの意見も聞きますし常識外のことはしませんから安心して任してください。」

安心出来る訳がないが、

「冗談ではないようだが、校長の権限なんて得てどうしようというんだ。」

「それはまだ情報公開できませんが、口約束なんて反故にしてしまえば良いだけですよね。だからもう一つ切札を用意して置きました。」

香澄の顔がこれまでで1番怖く感じたのはこの時だ。

「学校で武田さんの味方は加山先生だけですよね。その加山先生が学校を辞めて行ったら味方は誰も居なくなる。私がなってやってもいいけど。」

「加山先生が辞めるなんて話はないぞ。」

「今のうちはね。でも学校の陰では有名な噂になってますよ。転校してきて間のない私でさえ知ってる位ですから」

香澄の言いたいことは直ぐに察しがついた。

僕も最近だが偶然耳にしたのだ。


回想の回想

放課後、校舎裏を巡回と見せて単に散歩していたことだ。

校舎裏に居た男女の生徒を発見した。

以前30歳を過ぎたオールドミスの女教師が職員会議で言っていたのを思い出した。

『毎年、この季節になると出るんですが、校舎裏にアベックがいる』

だから何だと思うが、だが間違いがあるとイケナイので注意して見ていた。

「ねえ、先月転校した1組のK君(プライバシー保護の為)やはり加山先生との関係が原因見たいよね。」

「成績優秀でスポーツ万能、その為学校では孤立していたんだよな。だから加山先生も何かと気にかけていたんだが、」

「なんでも不良グループに冷やかされてる加山先生を助けたのがきっかけらしいけど本当にやっちゃたのかな。」

「俺、Kと親しかった奴に聞いたんだが、あいつの家医者だろ。結構家の躾も厳しいみたいでそれで転校させたらしいんだ。」

Kが転校したのは僕が赴任する前のことなので詳細はしらない。だが、突然転校をした生徒が居たことは聞いていた。


「実はその根拠となった動画があるんですよ。街の〇〇ホテルを出てくる・・」

「判った。それ以上は言うな。」

どうして動画を香澄が手に入れたかは知れないが、今の時代そんな動画が出回るのは珍しくない。まして香澄なら入手することもできるかも知れない。

後に加山先生にも確認を取った。

本人も責任を感じて1度は退職を口にしたが、僕が止めたのだ。

過ちを犯したならその身で報いることが務めだと。

それに香澄が本気でそんな動画などを公に晒す筈がない。

それは保証出来る。香澄は悪魔的な頭脳を持ってるが、心にまで悪魔を住まわてはいない。


校舎の2階 図書室の脇に資料室として使わない教材の物置がある。学校というのは、使われてない部屋が多いのだ。

 「そこを『悩み事相談室』にして生徒の悩みを解決する機関を立ち上げるのよ」

 「良い提案だな。しかし他校でも同じようなことをしているが、主だった成果は上がってないらしいが」

「それは2段階に否定してあげるわ。まず、これは生徒個人の問題を解決することなので表に見える成果は現われないわ。それは必要ない。次に悩みを聞いただけで後はお決まりのアドバイスをしただけでは何も解決しない。」

 香澄の案はこうである。

1.『悩み事相談室』には入口前に相談箱を設置して置き、いつでも相談事を入箱

  出来る。匿名でもよい場合は名前の記入はしなくてもよい。


2.相談用紙は専用のフォーマットが常に相談箱の脇に用意されているが、自筆の

  物でもかまわない。


3.内容は悩んでいることや困ってることだけでなく、具体的にどうしてほしいかも 

  あれば記入する。


4.相談したい先生が居れば相談者から指名してもよいとする。


5.責任者は校長先生がなり、相談されたことに対しては出来る限り対処して内容は  

  必ず相談者に文章で回答する。


この案は素晴らしいと思う。否、これに限らず香澄の改善案は大胆でる為、最初は戸惑うこともあるが、学校内の改善になってるのは確かなのである。

僕が本当に香澄の意見に従うのは、それが何よりも学校の為になってるからなのだろう。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る