第3話 かすみの改革案
職員会議で発表した今年度の学校行事方針は、案の定ほとんどの先生の反対と反感を買った。
内容は
〇 体育際は大幅に縮小する。従来の紅、白、黄組対抗戦はなく、個人で各種目にエントリーして優勝者を決めるのみとする。
その他、ダンス、体操、ブラバン等の演舞種目は廃止する。
〇文化際は各展示品のみとする。
〇合唱コンクールは廃止
〇水泳大会は廃止(プールの改装工事がある為)
〇 校内マラソン大会は一斉ではなく学年ごとに実施。(昨年、マラソン中に交通事故が発生している為)
〇その他、各球技大会はクラスごとに1時間で行う。
〇弁論大会、英語暗唱大会は継続する。が参加者は希望者のみとする。
「こんな無茶な提案、了承できますか」
「これじゃ、学校が怠慢しているみたいに思われますよ」
立ち上がって異論を訴える先生もいた。
「でもいいんじゃないですか。生徒も正直、面倒くさがってますし、」
これは葉梨先生の意見だ。
「葉梨先生は自分が面倒なことは無くなればいいという考えなんですよ。」
当然、袴田先生はこれに意を唱える。
「しかし校長先生、これだけの校内行事を廃止にする理由を教えてください。これでは生徒に説明できませんよ」
「プールの工事なんてなにも夏の時期にやらなくても良いし、マラソン中の事故といっても自転車と接触してケガしただけでしょう。」
「自転車事故はいまや社会問題にもなってます。交通事故には変わりない」
「そんなこじつけみたいな理由を・・・」
会議の空気は僕に対しての批判しかでないようになっている。
普段からの鬱積した不満の発言機会を待っていた先生方にはこの職員会議は恰好の場だろう。だからこそ僕は(正確にはかすみの発案であるが)敢えてこの場で提案したのだ。
かすみがいうには学校内の敵味方を選別する為だそうだ。
葉梨先生のような無関心はともかく味方などいないだろうが、
「待ってください。校長先生はこの学校の学力向上を目指しているんです。その為に行事活動に取られる時間を少しでも勉強に充てられるようにしたいんです。」
唯一の味方、加山夏美先生が居たのだ。この空気の中、発言してくれるのは本当に僕のことを・・・これ以上は言わない。
「だからと言ってこれまでやってきた学校行事を中止する必要はあるんですか。それに中止したら成績が上がるんですか、」
声を荒立てるのは体育教師も兼任している社会の矢崎先生である。35歳、僕と同年齢であるが、僕は校長、彼は学年副主任。
だからという訳ではないだろうが、僕の推進する方策には、ことの他、反発する。
「勿論、生徒に時間を与えただけでは無理です。成績を上げる努力は別に行います。その方策は次の職員会議までにまとめて置きます。」
「しかし、生徒に勉強だけをやらせておくのが学校じゃないでしょう」
「まず、第一に学力向上です。本来言うまでもないことですが、県内最低レベルの学力を標準までにする為には普通にやっていては出来ません。」
このNGワード「県内最低レベル」を言ってしまった。いや言わされたと言うべきだろう。
回想 1時間前
「はっきりと宣言した方がいいわよ。皆判ってることだけど公に言いたくない、言われたくない、だけなんだから。弱さを自覚してこそ進歩に繋がるのよ。」
「生徒のみならず職員も内心コンプレックスになってることを校長の僕がいうのか」
それも完全アウェーともいえる職員会議である。
「校長だからこそ言うべきなのよ。県内で1番頭の悪い学校だと」
さすがにそうは言えない。
だからオブラードに包んで「県内最低レベル」としたが、それでも場は一瞬静まり、その後、矢崎先生は立ち上がり
「あなたは、自分の学校をそういう風に思ってるんですか。」
「思ってるのではなく、事実です。県内最低なのは」
「俺はそういう考えの人がゆるせないんですよ。」
遂に矢崎先生は自分のことを俺と言った。これは感情がストレートに声に出ることの現れだと心理学者がいってるのを聞いた。
「まあ落ち着いてくださいよ。矢崎先生。校長先生は我々教師にもっと危機感を持って貰いたくて敢えて言いずらい発言をしただけです。」
こういう時に助けてくれるのは、教頭である東崎先生だ。
年齢はまだ42歳。私ほどではないが四十代で教頭は早い方である。男の僕が言うのも変だが、中年のダンディズムを感じさせる風貌や低くいい声は、父兄からも人気があり、時に生徒に厳しく当たることもあるが、割と人気もある。
「まずは、校長先生の方針に従いましょう。皆さんもいいですね」
矢崎先生とは別の学校でも一緒だったこともあり、教頭先生の宥めには素直に着席
した。
その頃、手塚香澄は、校長室で会議室に仕掛けた盗聴器で職員会議の模様を訊いていた。校長室に備えられている来客用のお茶菓子や冷蔵庫のジュースにも手をつけてである。
「少しは頑張ったようね拓哉さん。これで教師内のことは大方分かったわ。」
夜、僕のマンション
「クラス替え、新年度が始まって3か月しか経ってないんだぞ」
かすみがリビングのテーブルに座り僕にも対面に坐するように即した後、
唐突に提案してきた。否提案ではなく命令だろう。
「3年生だけよ。夏休みに夏季講習として成績ごとに分けて受験用の補修をするでしょう。なら最初からクラス別に合う授業をした方が早いでしょう。」
「それは誰でも考えつくんだよ。だけど教育委員会でも問題になるんだ。成績ランクのクラス分けは、まずPTAが騒ぎ出す。クレーム電話の山だ。まあ本音は『うちの子供がなぜ低ランクなんだ』ということなんだが」
「結局、偏差値で入る高校がランク別になるのに変な話よね。」
「それに成績別に分けて授業をしても特に成果がないのは、ある程度実証されている。」
「単純な成績ごとじゃなくて成績内容を緻密に分析して生徒のタイプ別に分けて適した学習をさせるのよ。」
同じ中学生の学習要領を指導するなんてそれも校長である僕に、胸の内から湧いてくる憤怒の思いを感じながらも香澄の説明は理に適っている。
①すでに成績優秀生徒(うちの学校には少数だが居ることはいる)
②成績にムラがある。急に成績が落ちる時もあれば上がる時もある生徒
⓷科目別に成績に大きな差がある生徒
④体育、技術等のみ良い生徒
⓹すべてに置いて低レベルな生徒
「成績が落ちたのには理由が有るのよ。勉強に集中出来ない事情や悩みなど、科目によって差があるのは、教師に理由があるといえるわね。」
「それは教育に携わる者なら判ってることだ。だが、その対策が難しいというより実施するのがやっかいなんだ。勉強に専念出来ないのはクラブ活動に時間と体力を取られてるからだし、教え方の悪い教師のせいで成績が下がるのは当然だ。」
だからといってクラブ活動を禁止にすることは出来ない。成績が悪いだけで教師を変えることも出来ない。
「一般企業なら成績の悪い営業マンは左遷だし、支障をきたす業務は廃止なのに学校は結果を求められないから楽な組織ね」
一般会社になど入社したこともない中学生が何をと思うが、理屈は合っている。
「まずクラス替えをする理由は、生徒一人ひとりにより合う学習方法をさせることよ。その為、学習指導担当教師を選任することね。」
流崎中学では生活指導教師というのは、他校と同じにあるが、学習指導の選任などはない。
「大変な役割だな。進んでやってくれる先生などいるかな。まず部活の顧問をしている先生は無理だろう」
「最初から部活顧問は充てにしてないわ。でも意外な適任者が居るのよ。」
僕の頭に浮かんだのは、矢崎先生であった。
矢崎先生は赴任したばかりなので部の顧問になってない。本人はやる気満々なのだが、教頭先生の助言も有り、今のところ顧問を自重してもらっているのだ。
前の学校でも熱心過ぎる指導の為に問題視されたのだ。決して体罰や暴言を生徒に向ける人ではない。ただ部活をやりたくない生徒にまで無理強いした為、逆に生徒が不登校になってしまったのだ。
【自分の理想を他人に押し付ける】これが現代教育に置いて1番気を付けなくてはならないこといなのだ。
「学習指導教師は葉梨先生よ」
「なに、あのやる気のない教師」
続く
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