第2話 野球部問題
僕が流崎中学校の学校長を県の教育機関から任されるに当たって与えられた課題は、学力の向上と教師の意識改善であった。
県内最低ランクの学力であるのに教師は特に何も対策を講じようしない。父兄の手前、やってる感だけは見せる為、夏休みに3年生の受験講習などをしてるが、何の成果も上がらない。
「暑くて授業にならないから夏休みがあるのに態々学校に来させて学習させても意味ないわ。まして普段学校で授業してて成績が悪いんでしょう」
かすみがいつものように僕の校長席にふんずり返りながら言う。
この態度には当然、納得出来なくても意見には賛成できる。
「そもそも3年生になってから受験の準備をしても遅いんだ。この学校の先生方は学力の悪い現実を見ようとしてない。クラブ活動に力を入れているのは、むしろその反動だ。学力低下のコンプレックスを部活動で晴らそうとしているように思える」
「見直しましたわ。教師の本質を見抜いてるんですね。さすが最年少で校長にまで登るだけはありますね」
褒められているというより見下されているように感じる。14歳の中学生に。
そこへ校長室ドアからノックの音が聞こえる。
速やかにかすみは立ち上がり席を立ってくれた。
加山夏美先生である。彼女だけには僕とかすみが従妹であることを話してある。
また、かすみが学校内での成績以上に天才であることも知っている。だが、僕から校長の座を奪っていることだけは知らない。あくまでもかすみに学校で味方の居ない僕の為、何かと協力してもらっている。ということにしている。
「校長先生、父兄から『なぜ流崎中学校では他校のように正門脇に横断幕がないんだ』と電話がありました。」
【野球部全国大会出場】
【柔道部〇〇君 県大会優勝】
のような学校の実績を掲げる幕のことを言ってるのだろう。
「掲げるような実績がないんですよ。」と言いたいが、その実績を出せと学校にいってきてるんだろう。
(暇な人がいるのねえ)という顔をかすみがしている。
加山先生には主に父兄からの苦情対応をお願いしている。
とにかく僕が学校で唯一信じられる存在だ。
「あ、それと今職員室で袴田先生と葉梨先生が・・・」
職員室の方から大声が聞こえてくる。野球部顧問 袴田邦男 45歳
「葉梨先生のクラスの藍田大輔、小学校の時、少年野球でエースで4番だった。何ども野球部への入部を進めたのに一向に入らない。と言ってるんですよ」
「藍田は地区のボーイズリーグですか、ジュニア野球に入ってます。学校の部活動には入れないと以前から言ってました」
「学校の部活より地区リーグを優先してるんですよ」
「古い考えですね。学校第一主義なんて流行りませんよ。今や塾でさえ学校教育を
補填する機関であるものと文科省が奨励している時代です。」
「なんですと・・・」
葉梨教師は27歳。数学担当。一昔前の教育は受けてない年齢である。
袴田と考え方が合わないのは当然である。
「やめてくださいよ。2人共」
「生徒に見られたらどう思います。」
他の教師が割って入りもみ合いになりそうなのを止めた。
「私は別に何もするつもり有りませんよ。袴田先生が剥きになって・・・」
僕は校長室から出てるとすぐにドアを閉めた。中には香澄が当然のように居るからだ。
「袴田先生。落ち着いて下さい。教師同士が方針を巡って言い争ても良い結果は出ません」
「そうですよ。まず生徒第一に考えるべきです。だから私は藍田の意見を尊重してボーイズリーグでの活動を応援して学校の部活は入らなくて良いと助言したんです。」
「それが、余計な事だと・・・」
「袴田先生、黙って、」
僕は珍しく声を荒げた。この2人の討論は最初から嚙み合わない永遠の平行線なのが
判っている。
「話は私が聞きます」
と言ったが、校長室には香澄が居る。が心配はない。
袴田先生を伴い校長室に戻ると香澄は、それまでふんずり返っていた校長席からソファーに移動していてクラブ活動予算費の計算をしていた。
「校長先生。終わりました。」
「ありがとう。すまないね。事務仕事をしてもらって」
「いえ、とても勉強になります。」
別に前もって打ち合わせなどしてない。すべてアドリブである。
頭の回転の早いかすみにとってこの位の速攻演劇は御手のものである。
そういう僕も芝居が上手になったと思う。親戚だからではないが、この見事に優等生を演じる性悪(それは言い過ぎか)少女に感化されたのかも知れない。
「野球部は3年生が引退して現在部員が13人しかいません。これでは紅白戦も出来ないし練習もうまく機能しません」
「だから藍田君もボーイズリーグで練習してるんじゃないですか」
「地域チームに参加していてもいいんですよ。学校の部活とも両立すればいいでしょう」
「簡単に言うけどそれは無理でしょう。1日に練習できる時間は限られている。練習試合もかち合った場合、どちらに出るのかで後々問題になる。」
「学校優先と言えないんですか」
「クラブ活動はあくまで学校教育の課外活動です。強制はできません。それに藍田君の将来を考えるのならレベルの高い練習のできるボーイズリーグのチームで学ぶのがベストだと思います。事実、野球部の名門高校にスカウトされる生徒は、ボーイズリーグでの活躍を重要視される」
「この学校の校長でしょ・・・」
袴田は寸前で言葉を止めた。自分の発言が生徒より自己満足の都合を表しているのを
意識したようだ。
「袴田先生。お判りだとは思いますが、学校より生徒個人を尊重する。教育とはそういうものではないですか。」
立場上、校長とはいえ一回りも歳が下の者に当り前のことを諭されて怒りというより情けなさの方が顔に出ていた。
「それに藍田君ならボーイズリーグで活躍できますよ。そうすれば高校野球の名門校からスカウトも有るでしょう。今まで念願だった校門横に横断幕を飾れます。『名門〇〇高校野球部特待入学 藍田大輔』と」
袴田先生はまだ何か言いたそうだったが、足早に校長室を後にした。
「これでいいのかい。かすみ校長」
「上出来ですよ。時代遅れの正論なんてむしろ今は悪論でしかない。」
お判りのように熱決部活顧問をやり込めたのは、かすみからの指示である。
だが言いなりになったのではない。
学校の部活が聖域だった時代は終わった。半強制的に入部させることや部活に入らないのを後ろめたい空気にすることが悪なのだ。これに関しては僕も賛成であった。部活が原因で成績を極端におとした生徒や不登校になった生徒までいる。
「でも君は野球のこともよく知ってるね。」
「中学野球は軟式。将来高校でも野球を続けるなら硬式のボーイズリーグでプレーする方が良いのは常識ですよ。ですけど袴田先生、あれで引っ込みませんね。」
「頑固だからね。熱心ともいえるけど」
「それが危ないんですよ。良い人が必ずしも人の為になることをするとは限らない。」
これが中学2年生の女生徒の言葉か、的を得ているだけに凄い。かすみの優秀なのは、知識や能力ではなくこういう精神的なものなのかもしれない。
「もう判ってると思うけど、この学校の教師達は武田さんのことをよく思ってないわよねえ。若年の校長というのもあるけど、本音は教育委員会が学校の風習を変える為に送り込んできたのが感に触るのよ」
「そこまで判っているのかね。確かにこの学校は県内でも学力が最低ランクであるのは承知の事実だが。それを教師達が改善しようとしないのが問題視されてるんだ。」
「自分達の信じてやって来たことを変えるのは、間違いを認めることになるからよ。でもそれが改善というんだけど。」
野球部の問題はこれだけではなかった。校庭の大部分を野球グランドが占めている為、他のクラブの練習する場が限られてしまう。ちなみにサッカー部と陸上部は、サッカーグランドとトラックを交代で使用している。テニスコートは一面だけの為、女子テニス部しか創ってない。その女子だけでも80人位いるのだ。野球グランドを1部潰してテニスコートを増設したい処である。野球のグランドというのは場所をとる割に他に使用できないのである。
「野球部のことも含めクラブ活動は私が一層して上げるわ」
かすみの眼が輝きだした。
続く
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