三人の男

米山

三人の男

 私は小説家である。

 僕は一人の学生です。

 俺は中規模の総合商社で営業を担当している。


 主にミステリ、ホラーなどをよく書くがSFやファンタジー、経済小説や青春もの、翻訳、映画のノベライズなど手掛けたものは多岐にわたる。

 一年の浪人を経て三流大学へと入学したどうしようもない経歴です。

 とんとん拍子で出世、同僚を置き去り、今や四十歳という若さで部長の座につく異例の昇進スピードだ。


 しかしまあ、偶々人気が出たのがその分野であったというだけの話である。

 大学へ入学してからも勉学への意欲は沸かず、相変わらず無気力な日々を送っています。

 嫁は少し頓馬なところがあるが、器量もよく美しい女だ。


 私は基本的にはなんでも書くことが出来る。

 成績は墜落スレスレの低空飛行、アルバイトは二週間でやめました。

 長男は有名大学へ進学、次男もその後を追っている。


 とりあえず何でも仕事を受けてみるのが肝要だ。

 部活やサークル等にも入っていないため、友人は同じ学科のほんの一握りだけです。

 両親の老後の心配もない。


 自分の未知の才能に出会えるかもしれない。

 他の大学生に比べれば僕の大学生活なんてクソみたいなものでしょうが、僕には唯一、たった一つだけ幸福な……、魅惑的な華を愛でるような居場所があります。

 マイホームのローンにも完済の目途が立ってきた。


 自らの限界を規定してしまうのはダメだ。

 それは肥溜めの底にいたような僕を、光と花の溢れる愛世界へと連れ出してくれた女神。

 一路順風。


 意識という可能性。

 付き合って半年になる彼女がいます。

 順風満帆。


 可能性という広大さ。

 とても可愛いです。

 ただ、時々俺の人生の意味というか、俺が根本的なところで満たされていないということに気がつかされる。


 作家は何者にでもなれる。

 それはもう……、広壮な丘陵で一等の陽光を受けて咲き誇るコスモスのような。

 後ろめたさはあった。


 他者の視点を用いて、己を俯瞰する。

 したたかな情熱を秘めた深紅の薔薇のような。

 妻を愛していなかったわけではない。


 そうすると、より深い所で物事を視察することができる。

 いじらしい儚さをまとった真夜中の月下美人のような。

 仕事帰りにふらっと立ち寄ったバーで、俺はその女と知り合った。


 しかし、そんな私にもただ一つだけ書くことのできないジャンルがあった。

 惚気話になってしまいますが、彼女は本当に可愛い人なのです。

 熱烈に身体を重ね合わせ、底と愛の見えない深い肉欲に溺れた。


 恋愛小説。

 彼女の手はとても暖かく、やわらかいです。

 結局、その晩に飽き足らず俺は何度もその女を呼び出して、貪るように彼女の汚い身体を抱いた。


 私は何度も筆と心を折りかけて、しまいには栄養失調で入院してしまうのだが、そこで一人の女と知り合うことになる。

 よく彼女から手を握って、僕はそれに照れてしまいます。

 肉欲の果て、そこに愛はない。


 その女性はひどく醜い容姿で、ひどく汚らしい声をしているのだけれども、語り口調は非常に軽快で何時でもラジオの佳境のように舌が回る。

 しかし、僕が手を握り返すと、彼女の方も照れてしまうのです。

 はずだった。


 私は彼女を非常に滑稽だと思いつつも、何だか憎めない顔をしているなあ、とも思った。

 本当に可愛くないですか?

 しかし、それは確かに愛。


 巧妙な話術に乗せられて、私は彼女に、確かに、まんまと惹かれつつあることに気がつく。

 もう、僕は幸せでたまらないのです。

 俺は心の不貞まで犯してしまった。


 私はこの感情、関係、人間を利用しようと思った。

 僕たちは心の底から愛し合っている。

 蠱惑的なあの女、魔性のあの女、唇の柔らかいあの女、ほら、考え始めると家族の前ですら栓が抜けたように思考が流れ込んでくる。


 私は生粋の創作者であり、すべては自身の作品のための材料だと思っている。

 今までは偽りの人生だったんだ、と。

 俺はあの女の事を考え始めたら、いつも深呼吸をするようにしている。


 私は彼女にアプローチし、実際に恋愛小説を書き始めることになる。

 僕が彼女を必要としているように、彼女も僕を必要としています。

 すー、ハー、すー、ハー。


 ことは順調に進むが、一つだけ誤算があった。

 言葉にしなくたって分かります。

 すー、ハー、すー、ハー、すー、ハー、すー、ハー。


 彼女のノイズ交じりの雑音ラジオに耳を傾けていると、執筆がちっとも進まない。

 もとから口数の少ない僕らですが、そこに一つ一つの動作が。

 最初のうちは数回で済んでいたものの、今や過呼吸を起こしたときみたいにトイレに籠って目を瞑っている。


 執筆をしなければな、という朧げな思いこそあるものの、気がつけば彼女と何時間だって電話をしている。

 何気ない仕草の一つ一つだったり、目と目を合わせた時の鼓動だったり。

 ああ、ダメだ、また、ダメだ。


 私は本格的に愛の病に陥ってしまったのかもしれないな。

 まるで共依存。

 あの乳房、あの尻、あの耳、あの指、あの吐息、あの髪、あのあの鼠径部、あの肩、あの声、あの腹部、あの匂い、あの重み、あの動き、あの臍、あの脚、そしてエロティックに俺を見下すあの妖艶な目。


 困ったことになったと思う。

 何の秘密もない、混じりけのない愛……。

 俺はあの女を必要以上に愛しすぎていたのかもしれない。


 時に、彼女は房事がひどく下手くそで、その汚い身体の上に気にかけてしまうことが一つだけある。

 そんな彼女に、僕しか知らないであろう秘密があります。

 妻の隣で眠る時でさえ、俺はあの女を思い出す。


 彼女の臀部には三つのほくろが存在している。

 三つのほくろが可愛らしい臀部にあります。 

 臀部にある三つのほくろを。


 そのほくろを見るたびに、私はそれを美しいなあと思う。

 そのほくろを見るたびに、僕は僕自身の彼女への愛を感じます。

 そのほくろを見るたびに、俺はその肉体を思い出し狂いそうになる、狂う、狂う、ほら。


 この非常に人間的かつ動物的な感情を、自分を通した物語として観測すること。

 僕はそっと、彼女の臀部にキスをします。

 ああ、狂う、あの身体、狂う。


 私は筆を執るために、愛を知る。

 僕という惑星は彼女を中心に回っています。

 狂う。

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三人の男 米山 @yoneyama

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