第53話  黒猫執事は語る

 私は金の王子に仕える執事精霊だ。上級精霊のため、黒猫頭が特徴だ。


 今代の金の王子はまだ若い。20年前に誕生したばかりのまだ子供だ。125歳になる銀の王子や411歳の赤の王子と比べ、魔力は遜色ないが、成人しておらず、経験が圧倒的に足りないため、王太子の地位は銀の王子が担うことになった。


 そろそろ精霊王の代替わりがあるだろう。それに備えて、多大な量の聖力を使って結界を補充しないといけない。そのために昨年、王子全員に後宮をつくるように陛下から指示があった。


「絶対にいやだよ。王太子はクロムにやってもらうから、僕には聖女は必要ない。人間の女なんて、見るのも嫌だ。気持ち悪い」


 金の君は黄金の性質を持つため、生まれながら魅了眼を持っている。生まれて間もない金の君に、陛下の後宮で働く人間の女が懸想し、襲おうとしたのだ。その時の金の君は、見た目は大人の姿で、先代の金の王子の知識を引き継いでいると言っても、心はまだ赤子だった。それは恐ろしい出来事だったらしい。金の君はそれ以来、女嫌いになった。後宮の女を見ると血相を変えて逃げ出していた。


 そんな幼い頃の金の君に対して、陛下は残酷な命令を下した。

 人間の子供を産んだ後宮聖女の記憶を消してほしいと。

 金の王子は固有魔法として記憶消去を持っている。それを使えというのだ。


 しぶしぶ後宮に赴いた金の君は、青い顔をして戻って来た。お可哀想に、どんなにつらい記憶を共有したのか。陛下も酷すぎる。聖女を甘やかすのも大概にしてほしい。


 しかも、それは一度だけではなかった。何度も何度も呼び出され、金の君から笑顔が消えていった。いつも周りを魅了するように微笑んでいたのに、全く表情を変えなくなった。


 外見と魔力は先代金の王子以上だけれども、まだ生まれて2年しか経っていなかったのだ。見かねた私は気晴らしに、ダンジョンヘ行くことを勧めた。人間界に行くことすら初めての金の君は、狩りの楽しさにすっかり夢中になった。


 その間に、懸念事項は消えた。金の君を迎えに行ったのは、全てが終わった後だ。これでもう、金の君は苦しまなくてすむ。戻って来た金の君は聖女の死にショックを受けていたけれども、ダンジョン攻略に夢中になり、ようやく笑顔を取り戻した。


 しかし、それも聖女の娘がやってくるまで。

 リヴァンデール同盟国の国家元首の養女となった聖女の娘、ペインリーが陛下の元へと挨拶に来たのだ。国家元首は養女にすることで精霊王と強く結びつこうとしたのだろう。だが、それなりにかわいがっているようだ。甘やかされて育ったようで、7歳になるというのに、礼儀も知らない。陛下をお父様、王子をお兄様と呼び、いきなり抱きついてきた。


 硬直した金の君と目があった瞬間に、ペインリーの瞳には狂気が宿った。人間の女が魅了眼にやられた時の症状だ。まだ幼い娘から向けられるねっとりした視線は、金の君にとってどれほど恐ろしいことだっただろう。隣に立つ赤の王子が面白そうに口角を上げたのが見えた。


 それからも、ペインリーは精霊界を実家と呼び、度々遊びに来た。目当ては金の君のようだ。陛下に言われ、しぶしぶ相手をする金の君の女嫌いに拍車がかかった。





 それなのに昨年、100年後に迫る陛下の崩御に備えて、後宮を持つように指示があった。王太子は銀の君が引き受けたが、金の君にも念のために力を増やすように仰せだ。聖女を嫌悪する我が君には酷なことだ。金の君のためにできることを探して、私は聖女の情報を集めることにした。


「このクッキー美味しい。このチョコレートをメリアンにもらって行ってもいい?」


 人間界の聖女の情報を得るために、お見合いパーティ会場で用心棒として働くジャック子爵を手懐けるのは、非常に有効な手段だ。菓子を与えるだけで簡単に情報を漏らす。


「今年の聖女はどんな子が来たのですか?」


「うん、優秀だよ。一回目のお見合いで二人の上級精霊と同時契約した子がいたよ。あとね、面白い子も」


 ジャック子爵はニコニコ話を続けた。


「すごいんだよ。あのね、なんとSランクの子がいるんだよ。僕、初めて見たよ。それでね、みんなお見合いに来るんだけど、その子は精霊の言葉が、分かんないの。僕みたいな貴族とは話ができるんだけどね、一般精霊が一生懸命口説いてるのに、全然気が付かないの。とっても可愛い子だから、メリアンのお気に入りなの。なかなか契約できない落ちこぼれだけどね。でも、陛下と同じ黒髪だから銀の君が好みそうだから、銀の君に紹介してあげてってメリアンに頼まれたんだ。あんまり、契約できないと、人間に処分されちゃうでしょ。かわいそうだよね。」


 ニコニコとよく喋るジャック子爵の話を遮り、疑問に思ったことを問うてみた。


「人間界に残っている高ランク聖女は、処刑される時に召喚した聖女だけのはず。犯罪聖女は王子にはふさわしくないのでは」


「それがね、事故死聖女みたいなんだ。なんか、契約でSランク聖女は精霊界に送らなくていいみたい。契約できなくて、処分されたらもったいないよね。せっかくのレアな聖女なのに」


 これだ!


 ひらめいて、ジャック子爵にその聖女の情報を他の王子には伝えないようにお願いし、金の君のもとに向かった。これで後宮問題は解決だ。



 次の日、人間界から戻ってきた金の君に、Sランク聖女はどうだったか聞いた。


「子供みたいな子だよ。クロムが好みそうな黒髪だった。それに、僕の目を見てもおかしくならなかった」


 その聖女は精霊抵抗力が高いらしい。それなら、金の君にちょうどいい。


「君の言ったとおりにするよ。契約して指輪を交換したら、そこから聖力を吸収できるから会う必要はないんだよね。それなら、ちょうどいい。絶対に、僕は後宮なんて作らないから」



 しかし、二度目に聖女に会いに行った金の君は、悩ましげな顔をしていた。


「男爵精霊に横取りされそうになったよ。これ以上邪魔が入らないうちに急いで契約しようと思って、魅了をかけたんだけど、全然かからないんだ。こんなこと始めてだよ。ねえ、女の子を口説くのって、どうやったらいいのかな」


 その日から、金の君の愛読書はジャック子爵の契約聖女から借りてきたロマンス小説になった。




 聖女に会いに行った金の君の机を片付けていると、手書きのメモがおいてあった。金の君の字だ。隣に読みかけの本もある。題名は


「これで、成功間違いなし ロマンチックなプロポーズ」だ。

 ああ、ついに金の君が女性に告白を。

 けれど、メモに書かれていたのは、

『花と音楽。相手を太陽や永遠、運命と称える。』


 ……! 我が君! 太陽や運命といった言葉は、『大げさすぎて相手に引かれるプロポーズ』のページに記載されてますぞ!


 教えて差し上げたかったけれど、すでに遅かった。


 案の定、聖女は貴重な花を贈っても、プロポーズを受けてもらえなかったとか。




 だが、数日後、事態は好転した。ついに、金の君が契約したのだ! その過程で何があったのか、下級精霊が何人か滅んだらしいが。

 こっそりもみ消しておく。


 まあ、下級精霊はすぐに死ぬが復活も早い。一年も経てば生まれ変わるだろう。


 それはそうと、金の君は支給された指輪に魔力回路を開いていなかった。それがなくては、聖力を吸収できないではないか。


「カナデに会う理由が欲しかったんだ。指輪で聖力と魔力のやり取りをしたら、会う必要がなくなるだろう。それが、なぜだか、いやだったんだ」


 なんと、金の君は聖女に恋をしたらしい。精霊は人間を愛して伴侶に願うことがあるが、相手から愛を返されないと絶望して滅びてしまうこともある。


 金の君を守らなければ!


 金の君の恋を応援するために、一番の懸念事項を教えて差し上げた。金の君は真っ青な顔になり、すぐさまダンジョンへと向かった。指輪を手作りするために。


 指輪を渡してから、金の君の恋は順調だった。毎日、ロマンス小説でヒーローの仕草を学んでは実践しているそうだ。


 しかし、学校に入った聖女の行事に参加することができずにいた。犯罪聖女と契約したと配下から苦情が出たのだ。


 銀の王子の後宮ができるまで、カナデ殿の正体は隠しておくことにしていた。横槍を入れられるかもしれないためだ。力を持つものに無理やり婚約破棄されてしまうおそれがあった。聖女のことは内密にするために、新人男爵のロイタージュを代理にしたそうだ。本人はペットになることを希望しているとか。変わった性癖の精霊だな。


 その後の金の君はうっとりと微笑んだり、物思いに沈んだりと表情がコロコロ変わることが多くなった。金の君の不満は、ロマンス小説でヒロインがピンチになった時に現れるヒーローの役割を、いつも男爵精霊に取られているということ。


まあ、それも、もうなくなるだろうと思っていたのだが。


 人間との合同舞踏会の時、控室で休む聖女カナデ殿のお世話をしたが、とても可愛らしい方だった。この方なら金の君にふさわしい。金の君がデザインしたドレスもよく似合っている。しかし、あの忌々しい聖女の娘ペインリーの相手をするように金の君が陛下に命じられたせいで、カナデ殿は一人で不安な状態で舞踏会を過ごしていた。お気の毒に。そして、またしても、ヒロインを慰める立ち位置にロイタージュ男爵がいた。ああ、金の君の見せ場が……。


 忌々しいペインリーめ。今度は赤の王子をそそのかして、カナデ殿に危害を加えようとした。ロイタージュ男爵に庇われ、カナデ殿は完全治癒の聖女として覚醒した。精霊界では今はその話で持ちきりだ。伝説の聖女の再来とまで言われている。聖女が作成した商品は飛ぶように売れたらしい。金の君の言いつけで大部分は回収したが、できなかった分は、おそらく銀の王子が買い占めたせいだろう。





 と、こんな風に、金の君は初恋を実らせたというわけです。まあ、まだまだ精霊としては幼い我が君のことだから、この恋の行く末は前途多難ではあると思われますが……



こんな話で良かったのですか。ファンクラブの会報誌に載せる記事の取材は。


「もちろんです! 我が君の素晴らしい活躍の話が聞けて、このマッケンジーは感涙に耐えません!」


「こんな話を勝手に載せたら、我が君がお怒りになるんじゃないか?」


 髪を逆立てて、むせび泣くマッケンジー伯爵の隣で、リノ子爵は疑わしそうな顔をした。


 良いのだ。二人の恋を応援するためにはファンクラブの力が必要なのだ。

 何しろ、治癒の力を目撃した銀の王子が、毎日のようにカナデ殿の絵姿を描いては、壁一面に貼って、ため息を付きながら熱いまなざしで見つめているそうだ。

 金の君の恋の障害となりそうな者に勝つには、大勢の味方が必要だ。


 それを話すと、


「うぇー。赤の王子も病んでるけど、銀の王子もかよ。王族って愛が重すぎて気持ち悪いよな」


 と子爵が不敬な発言をしたが、聞かなかったことにした。


 私は有能な執事なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

落ちこぼれ聖女だけど黄金の精霊に誘惑されてます〜Sランク聖女と黄金の精霊〜 白崎りか @yamariko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ