第52話 二度目の精霊感謝祭

 今日は、異世界に来て2度目の精霊感謝祭。


 1年生の時と違って、私の隣には美しくて優しい契約精霊がいる。そして、サークルの友達もいる。もう、1人じゃない。


 2年生クラスの出し物は音楽だ。

 楽器の演奏と合唱で、会場中に聖力をみなぎらせる。私の担当楽器はカスタネット。


 うん、仕方ないよ。バイオリンもフルートもやったことないからね。アルトリコーダーかピアニカがあったらよかったんだけど、残念。


 とりあえず、ステージに立って、イザベラがかっこよくバイオリンを弾く姿を横目で見ながら、タイミングを合わせて、カスタネットをたたいた。隣でスノウさんとブルレッドさんも一緒にたたいた。よかった、仲間がいて。


 合唱については、先生から


「聖力が強すぎるから、心を込めて歌うな」


 って言われている。


 大丈夫。だって、心を込めて歌うってどうやるの?


 この、「偉大なるリヴァンデール同盟軍よ。勇敢に戦って散れ」の歌に。なお、これは毎年の指定曲らしい。

 こわいよ、この世界の軍隊。



「良かったよ。カナデ」


 ステージから降りて来た私を、シャルは拍手で迎えてくれた。


 すれ違う人がみんな、シャルにぼうっと見とれてる。

 私はあわてて、シャルの顔が見えないようにフードを深くかぶり直させた。これ以上、ライバルは必要ないってば。


「どこがよかったの? 私、小声でしか歌ってないよ」


「もちろん、聖力を使わなかったところだよ。カナデを他の誰とも分け合いたくないから。カナデの歌だって他の誰にも聞かせたくないよ。本当はカナデの姿も見せたくない。ああ、世界で二人きりだといいのに」


 最近、うちの精霊はちょっと病んできたかもしれない。




 手をつないで、サークルの出店コーナーを回る。

 イザベラ・サークルでは、熊に見えない木彫りの熊と血文字で書かれた呪われそうな御札はまだ残っているけど、イザベラと私の作品は完売だ。


 よかった。これで進級できる。


「カナデの作品は、後で全部僕が回収してやる。金と権力はこういう時に使うんだ」


 なんて、隣で精霊が困ったことをつぶやいた。


 刺繍や彫刻といった難しいことはできないから、私は折り紙で鶴を折った。病気が治りますように。ケガが治りますようにと心を込めて千羽折った。でも、そのうち100羽はシャルが予約して持っていったから、販売したのは900羽だけど。


 完全治癒魔法の使い手の聖女が作ったって精霊界で噂になって、販売と同時に完売だって。

 でも、効果はあるのかな。




 ガーデン・パーティの会場に移動した。


 去年は一人でベンチで食事したなぁと、懐かしく思う。

 シャルが飲み物を取ってくるのを待っていると、精霊が近づいてきた。


「よお。元気そうだな」


 ロイだ。オレンジの髪と獣耳のロイ。でも、違う。いつもと違う。


 ロイは黒いコートを着ていた。何も模様がない真っ黒のコート。ヒョウ柄じゃない。


「ああ、これな。似合うだろう。おまえのおかげで呪いが完全に解けた。ありがとな」


 ああ、解けたんだ、ヒョウ柄の呪い。ヒョウ柄じゃないロイはいつもと全く違って見えた。ちょっと、寂しいよ、そのシンプルなコート。


 でも、頭の中からは焼け焦げたロイの姿が消えない。


 私のことを命を懸けて守ってくれた。赤の炎から私を見捨てて逃げることもできたのに、身を挺して守ってくれた。


 この精霊に何を返したらいいの?


 私はずっとローブのポケットに入れていた折り紙の鶴を取り出した。本当は千一羽作っていた。これは、目を閉じて、治癒の呪文を唱えながら折った。ロイが怪我をしてもすぐに癒されますようにって。効き目があるかどうかは分からないけど、ずっとポケットに入れて持ち歩いていたから、聖力はこもっているはず。


 シャルに取り上げられないようにこっそりそれを渡したら、ロイは満面の笑みで受け取った。

 どこにもやけどの跡がないきれいな笑顔で。



「踊ろう」


 シャルが持ってきてくれたジュースを飲んでいると、さっきまでのロック調の音楽が止んで、格式高い音楽が流れた。


 私はローブを脱いだ。中には金色のワンピースを着ている。少し寒いけど、シャルがピッタリくっついて寄り添った。シャルの体が温かい。


「あの時は、踊れなくてごめん」


 あの時、精霊舞踏会の時は、精霊王の命令で、別室でペインリーの相手をしていたそうだ。仕事だってシャルは言ってた。たぶん本当にシャルにとっては仕事だったんだろう。それと、罪悪感と同情心。


 彼女に同情はしない。私だって、不義の子だからっていじめられた。生活はとても苦しかった。でも、母さんがいた。家事もせずに、昼間からお酒を飲んでばっかりのダメな母親だったけど。

 でも、一緒にいてくれた。


 彼女はどうだったんだろう。


 少なくともお金には困ってないし、養女になった先でも、甘やかされてそう。愛情という名の虐待をされた? そんなの知らないよ。私は同情はしない。もう二度とシャルの目の前に現れないで。

 ああ、いやなことを思い出して、テンポがずれた。


「僕に集中して」


 シャルがささやく。


 そう、私はダンスだって練習した。


 イザベラレッスンは厳しいけれど、たまに褒めてもらえるぐらいにはなった。

 精霊界でも私を犯罪聖女だなんて呼ばなくなったそうだ。今は治癒の聖女って呼ばれている。


 自信がついた。

 私は強い。

 私は大丈夫。

 シャルの側で生きていく。

 シャルの婚約者として、堂々と立っていく。


 私はシャルのために強くなる。

 もう、逃げたりなんかしない。


 だから、このダンスが終わったらシャルに言おう。


 あなたを愛していますって。


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