第51話 厄介な客

 完全に回復するまで2週間の間、部屋で過ごした。


 シャルはずっと私の側についていたけれど、精霊界の仕事が溜まっているようで、美中年精霊と美少年精霊が迎えに来て、帰って行った。


 毎日のように授業のノートを届けてくれるイザベラ・サークルメンバーのおかげで、勉強にはなんとかついていけそう。


 バトラール先生は、私が官邸で結界の呪文を使ったせいで、まだ2年生が知るべきではない呪文を教えたのがバレて、停職処分になったそうだ。


 禁書を見せてくれたのもバトラール先生だってことは、絶対にバレないようにしないと……。


 ロイを癒した完全治癒の魔法は、大勢の官邸関係者や銀の王子の側近精霊の前で使ったため、隠し通すことができず、伝説の聖女の魔法が再現されたと大騒ぎになったらしい。


 すこし、厄介なことになっている。

 シリイさんが、その元凶を連れて来た。


「体調はどうだ?」


 銀の王子は花束を手に私の部屋にやってきた。

 渡されたのは、ずっしりと重たい純銀の花束。


「オルフェはペインリーを娶って、謹慎処分になったよ。彼女はオルフェの館で隔離されることになった」


 ずいぶん甘い処分だ。人を殺しかけたことの対価がそれだけ?


「まあ、ペインリーはともかく、オルフェは喜んでいたな。これで、誰にも邪魔されずに二人きりになれると。彼は心が歪んでいるものに惹かれる性質でね。昔気質の精霊なんだ」


 勝手にやってほしい。私とシャルを巻き込まないで。


「二度と、ペインリーさんがシャルの目の前に現れないようにしてください」


 私が望むのはそれだけだ。もうこれ以上、シャルを苦しめないで。


「君は優しいのだな。シャルは舞踏会の間中、ずっとペインリーといて、君を一人にしたというのに……。官邸にも一緒に行かなかったそうではないか。シャルに失望しなかったのか」


「精霊王の命令だったんですよね。精霊は精霊王の命令には逆らえないって教わりました」


「そう、だな。陛下は我々の絶対的存在だ。そして、ペインリーは陛下の寵愛を受けている。子供の生まれない精霊界で初めて生まれた赤子だった。陛下は我が子としてかわいがると約束した。ペインリーの望むものは全て与えられる。だから、ペインリーが望む限り、シャルが与えられていた」


「その歪んだ愛情が、彼女をダメにしてるんですよ。甘やかしすぎて、人格が崩壊してますよね。まあ、あんな自分勝手な人のことはどうでもいいですけど、シャルにかかわるのはやめさせてください。これ以上、シャルを傷つけないでください」


 銀の王子の冷たい氷のような瞳をまっすぐに見つめる。


 シャルを苦しめているのはこの王子じゃないけれど、これだけは譲れない。


 じっと見つめ続けると、銀色の瞳がゆれて、王子は私から顔をそむけた。


「思ったよりも、君は気が強いのだな。……そんなにシャルがいいのか。前にも言ったが、シャルでは君を守れないよ。だが、私の後宮に入れば私が守ってやれる」


 ああ、またそれだ。私の聖力が目当てなんだ。この王子の目の前で治癒魔法を使ったから。精霊にとっては聖力が全てなんだろう。


「今いる後宮の聖女を大切に守ってあげてください」


 絶対にそれだけはありえない。

 そう伝えたつもりだったけど、


「私は、その、後宮の聖女とは、その、だな。子供ができるようなことは、そう、そういったことはない。ビジネスライクな付き合いだ。ただ、聖力を供給するだけの存在で、その……陛下と違って、子供ができたと勘違いさせることはしてないし、するつもりもない。そう、聖力のためだけに作った後宮だから、もし、君が望むなら、後宮を解散して、君だけを迎えても良いと考えている。君一人だけで彼女たちを超える存在だから。そうだ、一人でいい。君一人がいい。後宮に住むのは君だけだ。そうしたら私が、君を守ることに全力を尽くせるだろう?」


 なんか、ややこしくて、めんどくさいことを言い始めた。


 そんなに何度も言われなくても、精霊と人間の間に子供ができないことぐらい知ってるよ。シャルといられるなら、子供は望まないよ。もう、何が言いたいんだろう。


 そんなに私の聖力が欲しいの?

 もう、早く帰ってくれないかな。


 その後は、適当に返事をしつつ、具合が悪いふりをしたら、銀色の魔石を大量に置いて帰って行った。もう、来ないでくださいね。



 療養期間が終わって、一か月ぶりに登校した学校は、精霊感謝祭の準備でみんな忙しそうにしていた。


「精霊感謝祭は売り上げが全てですわ。サークルの売上金は全て学校に寄付されます。その寄付金の額が進級テストの合計点に加算されますの。わたくしはともかく、他の3人が3年生になるためには、精霊感謝祭でグッズを売って売って売りまくらなければなりませんわね」


 イザベラは、猛スピードでハンカチに刺繍を刺しながら言った。


 サークル活動が進級に影響するって言われてたけど、それって、こういうことだったの? 売上金とは……金の亡者め。


「心を込めて作った作品には、聖力が宿るそうですわ。わたくしは得意の刺繍をしたハンカチを大量生産いたしますわ。ブルレッドさんは木彫りの熊を、スノウさんは御札を作るそうですけれど、カナデさんは何を?」


 って言われても困る。美術も手芸も得意じゃない。心を込めて作るってどうやったらいいの? 下手でもいいのかな?


 私が頭を抱えて悩んでいると、イザベラが針を置いて、頬に手をあてた。


「あまり、この手は使いたくないのですけれど……、他のサークルで去年一番売れていたのは、握手券でしたわね」


 なんと?


「握手した時に、少しだけ聖力を流すそうですわ。元手がかからずに短時間で大金を稼げると、どのサークルでも人気の出し物ですわね」


 うわぁ、いやだよ。そんなの。


「ただ、カナデさんの場合だと、少し危険があるかもしれませんわね」


 イザベラに指摘されて、気が付いた。


 うん、握手して聖力を流したとたんに、担架で運ばれる一般精霊の姿が目に浮かんでくるね。2年連続で急性聖力中毒患者を出したくはない。


 じゃあ、私は何を作ったらいいのかな。

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