エピローグ……

《エピローグ……》

 物語を読み終えて、やさしく本を閉じる。

 凪の瞳から一雫の涙が溢れ落ちた。

 僕は指先でそっと撫でる。

 ……何度でも。何度だって。


 あれから――。


 あれから、十五年という歳月が流れた。

 波が隣にいない日々に慣れることはなく、悲しみが癒えることも決してない。

 今でも時折、思い出しては、涙を流すこともあるけれど――。


 それでも僕たちは、前よりも、もっと対等で、遥かに愛し合っている。

 波が見せたかった未来に、僕たちは、いる。

 波から貰った大切なものを、胸に抱いて、携えながら、僕たちは今日も生きている。


 窓から差し込む陽射しに目を細め、八月の空に、想いを馳せる。


 契約――それは、『過去』を誓う言葉。

 約束――それは、『未来』を誓う言葉。


 未来は、この上なく曖昧で、余りにも不確かなものだけど。

 それでも、だからこそ。


 今日を、僕たちは、歩いていく。

 今日も、僕たちは、生きていく。 


 約束を果たし、運命を刻むその日まで――《永遠》に。



 ――八月一日

 吹き抜ける夏の風。

 その行方を僕と凪は、目で追った。

 一体どこまで駆け抜けていくのだろう。


 窓の外には、どこまでも高い、八月の空が広がっている。

 かつて彼女が見たいと言った、八月の空が広がっている。


「行こうか、編集さん」

「そうだねっ、新人作家さんっ」


 どちらからともなく、手を繋ぐ。

 寄り添いながら、僕たちは、再び一歩を踏み出した。

 《永遠》に続く物語――その今日という一ページを、共に手を携えながら記していこう。

* * *


 これは、僕たちの旅路を記した物語。

 契約――を結んだ彼女と僕の物語。

 約束――を交わした君と僕の物語。


 これは、運命に愛された二人の物語。

 これは、永遠に愛された彼女の物語。



 永遠を生きる彼女は、もういない――。



 「八月の空を見たい」と言った彼女は、もういない。

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君との約束、きみとの契約 かしわ 晴 @kashiwasei

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