第6話 ある新聞記者のつぶやき

「おうよ。あれには、さすがの俺らもビビったぞ。いきなり何もないところに、人が現れたんだからな。ありえんよな」


 男は、そう言うと、よく日に焼けた節くれだった手を、仲間に向かって振って見せると、周りの男達も、皆、一様に頷いた。


「俺達の周りには、とうてい居ないタイプだ。見るからに上等な服を着て、綺麗な顔をしてるんだ」

「ああ、でも、育ちが良さそうなのに、場数を踏んだ強者の雰囲気があるんだな」

「おうよ。逆らうとダメだと直ぐに分かったぞ」


 そう言う男達の表情は明るく、楽しそうでさえある。


「いやあ、でも、喋ると、めちゃくちゃ気さくで、おもしろい男なんだよな。人情味もあるし。本当にいい男だよ、モタさんは」


 一人がそう言うと、全員が頷き、異議を唱える者は誰もいなかった。


 今、私は、曙光帝国で一番過酷な職場と言われた蟹工船の労働者たちに取材をしている。蟹工船というのは、厳しい北の海で蟹漁をするのに使われる大型船のことだ。大型の母船には、川崎船と呼ばれる小型船と、蟹を缶詰に加工するという設備が搭載されている。今、目の前で私の取材に対応してくれている男達は、皆、川崎船で、蟹漁をしていた。皆、「地獄に行く」とまで噂されていた蟹工船の仕事に志願するほどの事情を、それぞれに持っていたからだ。


 蟹工船は、航船ではなく、工船という扱いのため、彼らのような労働者は、ごく最近まで工場法の適用を受ける工員でもなければ、船員法の適用を受ける船員でもなく労働基準法の適用を受けない漁師として扱われていた。


 学歴や経験等は、全くといっていいほどに問われず、誰でも職に就け、陸で働くよりも10倍の賃金がもらえるという反面、1日20時間労働という過酷な環境でストレスや過労により精神が錯乱し、普段は温厚な人物ですら、鬼に変えてしまうほど精神的に追い詰められるという噂のある仕事だ。


「モタさんが、俺達の船や他の船でも死んじまった連中の話を聞いて、何かおかしいって言い出したんだ。それで、モタさんが、船医を捕まえて、尋問したら、あの野郎、医者じゃなかったんだよ」

「医者じゃなかったというのは?」

「モタさんが、免許がないやつが医者として働くのは犯罪だって怒ってた」

「つまり、船医として乗っていた男は、医師免許を持たずに、医療行為をしていたということですか」

「ああ、そんな感じのことをモタさんが言ってた」


 これは、すでに取材して得ていた情報だったが、当事者たちから確認が取れたことで、間違いなく記事にできる。


「あの、ちなみになんですが、モタさんの尋問というのは、どんな感じだったんですか」


 そう質問すると、今まで、我先にと饒舌に語っていた男達が急に戸惑いを見せた。


「もしかして、暴力をふるったとか」

「モタさんは、そんな男じゃねーよっ」


 私の質問に、男達は憤り、全員が、風のもたさぶろうという、ふざけた名前を名乗る謎の革命家を庇い出した。


「じゃあ、風の魔法を使って、懲らしめたって感じですかね」

「おまっ・・・何でそれ」

「おいっ!余計なことは言うなよ」


 明らかな動揺を見せる男達の後ろに、何故か、よく知っている男の面影がちらりと見えたような気がした。


 風のもたさぶろうは、突然、蟹工船に現れたかと思うと、何を思ったのか、いきなり乗組員たちの健康診断を始めたという。そして、重病者を見つけると、謎の雄たけびをあげ、重病者たちと忽然と姿を消したかと思うと、大量の栄養剤などを抱えて、また現れた。母船が港に戻ると、何故かそこには警察が待機していて、労働者たちに暴力をふるっていた船長と航海士と無免許の船医を拘束して連行した。


 状況的に、もたさぶろうが持ってきたのは、壊血病に効くといわれるビタミンCや、不足すると脚気になると言われるビタミンBなどだったと推測される。


「蟹工船の給金がいいのは、口止め料が上乗せされているんだよ。一年も持たずに陸に戻る連中がほとんどなのは、皆、病気になるからだ。気がふれることなんかザラだし、暴力をふるわれることも、毎日のことだ。そんな地獄で、動けなくなって、俺が匿っていた幼馴染を、モタさんが見つけて、病院に連れて行ってくれた」


 もたさぶろうは、北の海で航海していた全ての蟹工船に現れ、同じことをしている。


 そして、不思議なことに、同じような時期に、北の海の事情とは全く関係がありそうにない西都の大病院で、大量のビタミン剤や点滴など、異常な量が数週間連続で発注されていた。今回の取材の発端になった、出入りの製薬会社のМRからの情報だ。


「そのモタさんの謎の雄たけびとは、どんな感じだったか覚えていますか」

「あっちゃーって言ってた」

「いや、あっちーんじゃなかったか」


・・・やっぱり。


 そもそものところで、私が、蟹工船の元労働者を取材しているのは、製薬会社のМRからの情報を調べていたことに発端する。病院関係者が、ビタミン剤の横流しをしていたり、そういったものがフリマサイトなどで売られていないかという調査だったが、同じようなタイミングで、北の港で、蟹工船の労働者たちによる一斉ストライキが始まった。ほぼ同時に蟹工船を運営している会社の幹部たちや、出資している資本家たち、名の知れた政治家が、次々に、同一犯と思われる男に襲われた。


 この犯人が、自称革命家の「風のもたさぶろう」だと警察は発表したが、同日に、私の勤める西都新聞が、劣悪な蟹工船の状況や、船長たちの労働者たちに対する悪行の数々、その裏で金を儲けている資本家、政治家たちなど、実名が入った記事を一面に掲載した。そして、素性が全く分からない謎の革命家は、ミステリアスなところが評判を呼び、SNSなどで拡散され、その日から時の人となった。


 西都新聞のスクープは、朝刊の印刷の締め切り直前に、西都新聞の社長が独断で掲載を決めたと、後輩のゴシップ欄担当の記者から聞かされた。さすがに職業柄、噂には敏感だ。


 その後、編集局長や先輩記者たちに聞かされた話によると、「更萬田さらまんだ」と名乗る怪しい男が、段ボールをいくつも社長室に置いて行ったという。


「社長室にそんなのが届けられる前に、何で、誰も止めなかったんです?」

「社長本人と一緒に、台車に段ボールをいくつも運び込んだんだよ。社長が何か業者でも使って資料でも運んでいるのかと守衛は思ったらしい」

「それで、その段ボールには何が入っていたんですか」

「今回の騒動で名前が出た会社や団体の裏帳簿とか、証拠写真とか諸々」

「うあぁ、何だよ、それ。何で、そんなのをうちの社長が持ってるんだよ」

「その更萬田が、段ボール箱をいくつも持って、社長の家に尋ねて来たんだと」

「何者だよ、そいつ」


 という話を聞いたのが二週間前。風のもたさぶろうという革命家に、謎の情報屋の更萬田。あまりにセンスのないネーミングに思い当たる節があり過ぎて、気がついたら、新聞社を飛び出し、北の港に向かう電車に乗っていた。




「それで、どうしますの?全て記事にするおつもり?」


 憧れの頼子会長が、私の報告の終わりを待って、質問をされた。今日は、三ヶ月ごとに開催される西都姫の会の全体集会の日で、ベテラン幹部から、若い会員たち白牡丹のメンバーまで全員集まっている。そんな中で、重要報告事項として、私がこの数か月の間に取材をして集めてきた情報を報告をすると、幹部連は、全員、檜扇でお顔を隠してしまわれたが、頼子お姉様は、私の仕事を労ってくれた。


「それにしても、本当に大変な取材でしたわね。お怪我も何もなく無事に帰京されて何よりでしたわ」


 私が、頼子お姉様こと、嘉承の大姫のハンサムウーマンぶりにときめいていると、まだ若い南条家の大姫が、すっと手を上げた。


「あの、お姉様方、誠に生意気かとは存じますが、どうか発言をお許し頂けますでしょうか」


 南条の暁子姫は、南条家の特徴を見事に受け継いだ髪や目の色が明るい、いかにも風の魔力持ちという雰囲気の美少女だ。


「ええ、もちろん。10代の皆さんから活発な意見を頂けるのは、頼もしいことですわ。どんどん発言してくださいな」


 副会長の響子お姉様がにっこりと微笑まれる。響子お姉様は、西都では「居残り宮家」と呼ばれる御家柄の大姫様だ。曙光帝国の首都が西都から、今の帝都に遷された時に、二大公爵家とその縁戚の公家はすべからく西都に残ることを選んだ。宮家と宮家につながる公家は、もちろん皇帝とともにあることを選び、当時、まだまだ武家の多かった東へ下って行った。その中で西都に残った旧宮家の一つが、響子お姉様の東久迩家。


 大先輩のお姉様方の視線にも臆することなく、堂々と話を始めたのは、南風はえの南条と呼ばれる風の魔力を持つ侯爵家の大姫で、南条家には、男の子がいないので、彼女は、順当にいくと家を継ぐ次期侯爵でもある。


「あの、お話を拝聴した限りでは、思い当たるお方がいらっしゃいまして、皆様も同じお考えと存じます。その上で、全てを新聞記事にして公表するとなりますと、絢子姫や真護様や優護様のお立場が難しくなることはないでしょうか」


 流石は、次期当主。若いのに、周りに対する気遣いも大したものだ。そこに、絢子姫が立ち上がり見事な礼をした。暁子姫も絢子姫も、まだ若いのにこの貴婦人ぶり。この会の未来は安泰だ。


「暁子お姉様、ありがとうございます。正直に申し上げまして、風のもたさぶろうとか、火蜥蜴の更萬田とか、せめて、もう少し、まともなコードネームを考えつかないのかとは思いますけれど、わたくし自身は、生まれた時から、あの人達の奇行は日常茶飯事で、すっかりと耐性が出来上がっておりますので、どうぞご心配なく。それに、弟達も二人纏めてアレですから、お姉様方の有難いお気遣いには値しませんの」


 東風こち賢姫けんきと噂される東条の大姫が、檜扇で顔を隠しながら溜息混じりに言うと、会長の頼子お姉様が大きく頷かれた。


「絢子姫、わたくしも、全く同じ立場ですから、お察しいたしますわ」

「ありがとうございます、お姉様。」


 まぁ、おほほほ、わたくし達もお察しいたしますわ・・・と檜扇で顔を隠しながら微笑んだ麗しい貴婦人たち。その誰もが、目は笑っていないことに突っ込むのは西都の姫の礼儀に反する。そう自分を納得させて静かに座っていると、この会の幹部連、赤牡丹のメンバーたちが話し始めた。


「まったく、あの方々は、馬鹿ですの?」

「きっと本人たちは、気の利いたネーミングとでも思っているんですわ」

「しっかりと素性がバレているじゃありませんの」

「やっぱり、馬鹿ですわね」

「皆様、それは、今更ながらの更萬田でしてよ。ですから、やはり、わたくし達が団結して、しっかりとこの西都を守っていきませんとね」

「はい、頼子お姉様」


 そして、今回の西都姫の会の定期報告会も、やはり「いつもの締めの言葉」で終わった。



 数日後の某家の朝食風景。


「げっ、何この記事っ」

「数週間前なんだが、うちの病院の薬局から、ビタミンBやらAやら、栄養剤やら点滴がやたらと消えていってな。敦人が承認していると言うから、放っておいたが、こういうことだったみたいだな」

「お祖父さま、これを書いた記者の名前、ご覧になった?」

「おう。媚びない強い女はいいな。優護も、そんな母親がいて、鼻が高いだろう。あっぱれ、あっぱれ」



 ・・・今回、自称革命家の風のもたさぶろうが起こした一連の騒ぎは、この法治国家である曙光帝国のありように反旗を翻す行為である。然しながら、過酷な労働条件下で地獄のような経験をし、非業の死を遂げた者達、今もトラウマに悩む者達がいる。そしてその裏で、長い間、私腹を肥やしていた資本家や政治家がいたことも、また事実である。自分たちを解放してくれた英雄「モタさん」のことを嬉々として話してくれた彼らのこれからの人生に、幸多かれと願わずにはいられない。


 西都新聞社会部記者 東条久子

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お公家の事情外伝  英じゅの @junx0512

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