異世界転生者は魔法使いになれない!?

キウイ

1

彼がハッと目を覚ますと、まだ昼なのに空には沢山の星が広がっている。特に目を引いたのは、太陽の何十倍あろうかという大きな恒星だった。


その瞬間、彼はここが異世界であると理解した。


草原に寝っ転がっている身体を起こそうと、ふっと力を入れると全身がズキリと痛む。

見ると、そこらじゅう痣だらけであった。


物騒な世界に転生してしまったようだ……と、ポリポリと頭を掻きながら、目の前を流れる川を覗くと齢六歳ほどの少年の顔が写る。

川に写る乱れたくせ毛に、真っ黒な目の少年の上。飛んでいくのは絨毯である。

その絨毯から顔を覗かせた男はフハハと笑い声を上げた。年上ではあるがまだ幼い顔立ちの男だ。


「やい子豚、こんなところで水浴びか!」


その男からの急な罵声に面食らっていると、後ろから男性の、柔らかくされど硬い声が飛ぶ。


「こら、人の子を子豚呼ばわりとはいいご身分じゃないか。俺が相手してやるから降りてきな」

「やべ、人間要塞だ……ははは嫌だなぁ。子豚なんて言ってませんよ!」


人間要塞と呼ばれたのは、この世界での実の父のようだ。

父は早くに流行病で妻、つまりは転生してきた彼の母親をなくし、男手一つで彼を養ってきた。

父は彼を溺愛していた。


そんな父にとって、一つだけ気がかりなことがあったようだ。


「なあ、お前ももう明日には七歳だ。どうだ、魔法は使えるようになったか?」


もう七歳とはいえ、彼は転生してきてまだ一日目なのだ。ノウハウもない自分が魔法を使えるなど到底思えなかった。


「魔法ってどう使うの?」

「はっはっはっ、お前は俺に似て物覚えが良くないようだな!」


そんなことを言いながらも父は優しく彼に教えた。それを実践しようと試みるがやはり知識が足りてないからか彼に魔法は使えなかった。


いや違う。元々彼の身体は魔法を使うことができない物だったのだ。


「そうか、やはりダメだったか……。何、落ち込むことは無い! いざと言う時にはこの人間要塞が助けてやるからな!」


ガッハッハッと笑う父の言葉は、僕の期待を裏切る形となるが、それはもう少しあとの話。


ーーーーーー


最初は父の言葉「ダメだった」の意味が分からなかったが、次の日になれば嫌でも意味が分かった。


「おい子豚、やっぱりお前魔法が使えねえみたいだなあ?」

「「ぎぁはははははは」」


僕は頭にはてなを浮かべると、一人が言った。


「そうか、お前頭も使えねえのな! 七歳になるまで魔法が使えねえ奴は死ぬまで魔法を使えねえんだよ!」

「「ぎぁはははははは」」


お調子者の男たちはまるで大喜利を楽しむようだった。巻き起こる笑いは、どれだけ弱い魔法しか使えなくとも、魔法が使えないやつに負けることは無いという絶対の自信から来るのだろう。


「ちょっとあんた達、そのくらいにしなさいよ」


笑う群集は、背後から投げかけられる女性の声にギョッとして、いっせいに振り返った。

彼も一緒にそちらへ目を向けると、にっこりと笑う可愛らしい少女がいた。


「おい、人間要塞の次は肉弾戦車だ!」

「「全員逃げろ!」」


一人が言うと、わなわなと皆が逃げ出した。「なんだ意気地無し」と少しガッカリしたような少女は彼に微笑む。

当然彼は知らなかったが、どうやら幼馴染らしい。とても可愛らしい顔の彼女だが、肉弾戦車と呼ばれるだけの腕前がある。


「しゃんとしなさいよ!」

と、叩かれた肩には綺麗にもみじマークがついている。


いじめに来たのか助けに来たのか、分かったもんじゃないと彼は苦笑いした。

帰りは少女に送ってもらい、無事に家に着いたのだった。


「やあ、ご飯食べていくかい?」

「え、いいんですか! それじゃお言葉に甘えて!」


その夜のことである。父は少女に言うと、彼女は嬉しそうに席へ着いた。遠慮の欠けらも無い。


彼がスプーンでスープをつついていると、少女は不思議そうに言った。


「ねえ、あんたのスプーンなんだか大きくない?」

「まさか? うちにあるスプーンの大きさはどれも同じはずだが」


少女の言葉に反応した父が言うが、それを意に返さず彼女は持っているスプーンを彼のスプーンの横に並べた。


「やっぱり大きいわよ、これ」


彼自身気づいていなかったが、これが彼だけが持つタレントだった。

魔法は使えないが、彼は世界でも稀に見るタレントの持ち主だったのだ。


そのタレントは物を大きくするものだった。


次の日、スプーンは更に大きくなっていた。恐らく触れた物を大きくするのだろう。


これに父は歓喜していた。転生して数日、こんなに歓喜した父を見るのは初めてだった。

なんだか悪い気がしないのは、彼が幼くなっていたからだろうか。


その日から誰にも見られないように、彼はタレントを使う練習をしていた。


ーーーーーー


ある日、村に見知らぬ男たちがなだれ込むように入ってきた。


そして、それはあまりにも急に始まった。

人と人が魔法を駆使して殺し合いを始めたのだ。外から来た人の魔法は、見たことない程に苛烈だった。


「おい、おーい」


外でタレントの練習をしていた彼は、声を聞いて父を探した。


「こっちだ!」

その声に振り返り、それと同時に氷魔法に貫かれて父は死んだ。

あまりにも無様だった。


村人の中でも知る人ぞ知る「人間要塞」は、村人の作り上げた幻想だったのだ。本当の父は、子と同じく魔法の使えない、ただの凡人だったのだ。

彼の居場所も敵にバレていたため、彼は戦うしかなかった。逃げ場がなかったのだ。


彼は転がる木の棒を一本手に取り、敵に向けた。行けっと棒を伸ばすと、簡単に心臓を貫いた。


なんだ簡単じゃないか、と彼は伸ばした木を折って違う敵へと向ける。

彼は初めて人間を殺したが、作業をこなす労働者のようだった。


躊躇いもなく人を殺し、彼は命を守ったのだった。


ーーーーーー


彼は二十歳になっていた。


村の生き残りである、彼と幼馴染の少女は付き合っていた。

戦争孤児は、戦争に生きるようになっていた。


彼の心の中は憤りでいっぱいだった。守ると言った父親の裏切り、異世界人の戦争、次々と奪われる命。


こんな異世界滅んでしまえばいい、そう彼は思うようになっていた。


そんな時だった。

タレントが覚醒したのは……。


「ねえ、聞こえる?」

喋りだしたのは、木の棒だった。

びっくりした彼は棒を投げ出すと、ひょっこりとそれは立ち始めた。


「捨てるなんて酷いじゃないか、僕は君のタレントだよ」

そう言ってニコリと笑った木の棒の言っている意味が彼には分からなかった。

彼の困った顔に、木の棒は説明を始めた。


「君は大きな勘違いをしている。君のタレントは大きくするタレントではなく細胞を増やすタレントだ」


細胞を増やすだけでなく、無機物は有機物、そして有機物は生物に変えてしまうらしい。

つまりは、なんでも生物に変える上に、成長までさせるというチートな力だった。


その話を聞くや否や、彼は異世界人の抹殺を始めた。

触れるものは生かして返すなとも。


次の日、彼の手を握った少女は死んだ。彼がこの世でたった一人愛した少女だった。それを機に歯止めが効かなくなった。


ーーーーーー


もう人類は数百人も残っていないだろう。逆に人間では無い奇怪な生物はどんどん増えていた。


彼の手にかからなくとも、奇怪な生物は自分で子作りをして増やしているようだ。

もう、彼は居なくとももう奇怪な生物だけで生きていけるだろう。


ある日、木の棒は謀反を起こした。

彼の指示に従わず彼の身体目掛けて伸びたのだ。


呆気なく彼は死んだ。

「ははは、これでこの世界は私達のものだ!」


こうして異世界は、一人の転生者によって人類が衰退し、新人類が誕生したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転生者は魔法使いになれない!? キウイ @hajikerukiui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る