巻き込まれた男

 『妻を無理矢理襲ったそうだな』


 「……はぁ?」


 知らない番号から電話がかかってきたと思ったら…いきなり何なんだ?


 『とぼけるな。証拠はあるんだ』


 「いや…何の事かさっぱりなんですが…あなた誰ですか?」


 『…〇〇の夫だ。心当たりはあるだろう?』


 「……〇〇?…ウチの学校の体育の教師ですか?」


 『ああ。体育の教師をしている』


 はぁ…禄に話した事も無いんだが…多分、嫌われてるし。


 「私は数学担当の教師なんですが…」


 『そうらしいな』


 「私が〇〇先生を襲ったとしたら返り討ちに遭う自信があります」


 『……』


 自慢じゃないけど俺が体育教師に勝てる訳がない。俺の身体能力は同じ年齢の女性とそう変わらないかちょっと低いくらい…そう。貧弱なのだ。


 「物理的に不可能なんで何かの勘違いだと思いますよ」


 『…妻に話を聞いてみる』


 「そうして下さい。では」


 ……電話を切った後に旦那さんの言葉を思い出した。証拠があるってなんだろう?…このまま待ってるだけじゃマズい事になる気がするな。自分でも調べてみるか。




 生徒や他の先生の話を聞いて情報を集めてみると朧気ながら見えてきた気がする。〇〇先生は多分…男子の体育を担当している△△先生と関係を持っている。同じ科目の担当とはいえ距離が近すぎるのだ。

 しかし、旦那さんの言っていた証拠ってなんなんだろうか?全くわからなかったんだが…


 情報を集め終えた数日後…また旦那さんから電話がかかってきた。前回の電話から約10日くらい経ってる。


 『…妻から話を聞いたが…お前と関係を持っていると言い張っているんだが…』


 「ふむ…△△先生じゃなくて私とですか?」


 『妻のアプリにはお前の名前から呼び出しのメッセージが入っていたんだ』


 「浮気相手の名前を同性の名前にして登録する事でバレにくくするってのと同じじゃないですかね?偽名みたいな感じです」


 『…ならなんで妻はお前の電話番号を知っていたんだ?』


 「学校の連絡網かと。教師間の番号は非常時に備えてリスト化されて配られていますので」


 『……さっき言っていた△△というのは誰だ?』


 「〇〇先生と一緒に体育を担当している男性教師です」


 『……もう一度、妻と話してみる』


 「では、〇〇先生に伝えておいて下さい。これ以上くだらない事に巻き込むつもりなら出るところに出る…と」


 『…わかった。伝えておく』


 話を聞いて理解できた。〇〇先生は俺に襲われた事にして浮気を有耶無耶にするつもりだったのだろう。

 俺はまあ…所謂陰キャだからな。強く出たら反論できずに謝罪とかするとでも思われていたのかもしれない。…実際は宿題を忘れた生徒にネチネチ小言を言うタイプ。別に気弱って訳じゃない。だから自衛の為なら反論くらいするさ。


 3日後…旦那さんから謝罪の電話がきた。俺からの情報で△△先生との関係を問い詰めたら白状したらしい。


 『誠に申し訳ございませんでした』


 「いえ。誤解が解けたならよかったです」


 『…妻とは離婚する事になりました』


 「そうですか」


 知らんがな…と言いかけたけど我慢した。俺には全く興味が無い事だからなぁ…


 『失礼な事を言ったお詫びをしたいのですが…』


 「言葉だけで十分ですよ」


 面倒だからこれ以上関わりたくないというのが本音だ。本音を隠してそれなりに丁寧な対応をしているのは…俺なりの処世術かな。


 『しかし…』


 「いいんですよ。あなたも離婚とかでやる事が多いでしょうし…俺の事は気にしないで下さい」


 『…わかりました。ありがとうございます』


 「…では、失礼しますね」


 そう言って電話を切った。…△△先生も既婚者だったはずだから少し荒れるかもな。やれやれ面倒くさいなぁ…




 数日後。〇〇先生と△△先生の異動が決まったと聞いたが…理由は明かされていない。学校は今回の事を隠す気なのだろう。…まあ、噂を聞いただけで関係を予想できてしまうくらいだ。気付いている者も少なくないとは思う。

 俺は何故か2人に睨まれた。思い通りに事が運ばないと敵意を剥き出しにしてくるとか…これだから陽キャって奴は…

 陰キャと陽キャの確執は学生の間だけじゃない。社会人になっても普通にある。人より優位に立ちたい陽キャとなるべく人と関わりたくない陰キャ…まあ、性格の違いだからね。仕方ない事だ。

 さて…リアルのくだらない問題は片付いたし…ネトゲのイベに集中しよう。ランカーは大変なのですよ。リアルを犠牲にしなきゃ維持できないからね~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泣き寝入りしなかった女 闇夜の住人 @yamiyono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ