第百七十九話 戦利品


「気に入らないな」


 手元の目録を読みながら思うのは、少し前の騒動の末に父上のもぎ取った成果。

 確かにある意味で戦いの末に手に入れたようなものだが、そこに記された無機質な文言はあまり気分のいいものではなかった。


 物として扱われることは理解している。

 だとしても、こうしていざ直視するとなると思うところはある。


 ……まあだからといって書類相手に文句を言っても始まらない。

 何よりここにはその目録に示されたたちが集まっている。


「――――以上がオータムリーフ公爵家より譲渡されました奴隷たちです」


 執務室、直立不動のクリスティナの軽い紹介。

 眼前に並ぶのは順に、元歴戦の傭兵団団長、草臥くたびれた使用人、片目を包帯で隠した獣人の少年、元薬師という聡明そうな青年、また少し離れたところに敵意に濡れた瞳の令嬢と、さらには彼女に付き従うように四人ほど年齢もバラバラな女たちが並ぶ。


 彼ら、彼女らの首にはリヒャルトとの契約こそ白紙化されているものの、まだ奴隷の証である黒色の首輪が嵌められていた。


「リヒャルトの奴隷、か……」


 リヒャルト・オータムリーフの言わば遺産。


 腐っても公爵家の嫡男だったリヒャルトは中々の資産を有していた。

 それもある意味当然、ヤツは違法薬物の売買や裏社会との取引、果ては他国への情報漏洩により多額の資金を得ていた。


 地道な交渉かつ父上の好意もあり途中で任せてしまった訳だが、大祝焔祭も終わったタイミングでようやく僕の元へと諸々のものが届きつつあった。


 因みに目録には他にも大勢の奴隷が記されていたのだが、すでに全員に軽く意見は聞いていて、帰る場所がある、もしくはただ自由になりたいという者たちは、すでに多少の金銭を渡して奴隷から解放してある。


 ……中にはリヒャルトや部下たちの凄惨な扱いに意思を挫かれ、未来への希望を持てないほど打ちのめされてしまった者たちもいたが、そういった者たちへの手当、治療費用もオータムリーフからの資金を用いて手配してある。


 だから、ここにいる者たちは、特に今後の予定がなく、かつと考えた者たちである。


「さて、突然だがお前たち、僕に雇われる気はあるか?」

「「「!?」」」

「……我々を配下に加えると?」


 この中でも一番場馴れしていそうな元リヒャルトの奴隷頭、元傭兵団団長のギュンターが答える。


「ああ、お前たちの経歴や能力はすでに把握している。そのうえでの誘いだ。勿論奴隷からも解放してな。で、どうだ? 僕の配下になるつもりはあるか?」

「……一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「一つと言わず疑問があるならすべて答えよう。そのために取った時間だからな。それと、その言葉遣いももっとラフなものにしていいぞ。元傭兵なら乱暴な話し方の方が楽だろう」

「……お心遣いをありがとうございます。しかし言葉遣いはこのままで。リヒャルト様……いえ、リヒャルトのところにいる間に大分慣れましたので」


 その場で深く礼をしながら淡々と答えるギュンター。

 だが、やはり元主であるリヒャルトには思うところがあるのか、その硬い表情には僅かに負の感情が見て取れた。


「……リヒャルトから解放して下さったことには感謝しています。このような機会など死を迎えるまで来ないものと覚悟はしていました。ですが、我々はリヒャルト・オータムリーフヤツに仕えていた奴隷です。貴方様、ひいてはリンドブルム侯爵家とオータムリーフ公爵家は敵対関係にあったとお聞きしました。我々を配下に加えるとは内部に災いを引き入れるようなものではありませんか? それを……本気で配下に加えるつもりなのでしょうか?」


 うむ、疑っているな。


 無理もない。

 たとえ善意からの行動だと言われたとしても、奴隷の身分から解放されるなど通常あり得ないことだ。


 それに、この者たちに限らずリヒャルトの奴隷たちはすべからく凄惨な目にあってきたと聞いている。

 そんな惨状を間近で見ていれば、リヒャルトと同じ貴族である僕の言うことなどことさら信用ならないのだろう。


「質問に答えよう。まず、勘違いして欲しくないのは別に強制ではないということだ。僕としても本心から仕える気のない者に用はない」

「…………」

「そして、リヒャルトの奴隷だったからと冷遇するつもりは僕にはない。いきなりいまいる屋敷の使用人たちより高待遇、という訳にはいかないが、不当に下に見ることは決してないと約束しよう。ましてや敵対していたのはあくまでリヒャルト自身、お前たちに非を問うつもりは毛頭ない」

「……お疑いしまして申し訳ありません」

「構わない。貴族、それも子供の言うことなどそれこそ戯言のように聞こえるのは理解している。それより、これはお前たちの能力を買っているからこその提案だと知って貰えればそれでいい。クリスティナ、ギュンターの経歴を」

「はい、主様」


 クリスティナが奴隷たちの詳細の乗った書類を読み上げる。


「年齢は三十四歳。先天属性は『塵灰じんかい』と『防壁』。出身はルアンドール帝国から東、フルネス共和国。数十名からなる傭兵たちの集団、『鳶目えんもくの傭兵団』を束ねていた元団長であり、数多の戦場を渡り歩いた歴戦の戦士。……しかし、戦場にて当時の上官だった貴族に騙され、多くの配下を失う。その後生き残った少数の傭兵たちはそれぞれ奴隷となり、団長である彼自身も奴隷へと身を落とし、異国の地であるここ、ルアンドール帝国まで流れ着いたとか」

「……よくそこまで調べましたね」

「まあな」


 とはいえ、ここまで詳しいのはリヒャルトの配下だったダールベルトの資料のお陰だった。

 リヒャルトに報告するために詳細を調べていたからこそ、一人一人の事情が把握出来ていると言える。


「僕はギュンター、お前の傭兵としての知識と経験を買っている。それに、報告ではリヒャルトの別邸を制圧した時、最も冷静な判断が出来ていたのはお前だったと聞いている」


 別邸にいた取るに足らないリヒャルトの部下の中で、アシュバーン先生やシアたちが制圧時最も警戒したというのが目の前のギュンターこの男だった。

 

「……ただ降伏したまでです」

「だとしてもだ。真っ先に屋敷が包囲されているのに気づき、非戦闘員を一箇所に纏めて避難させ、堅牢な防備を敷いた。もっとも、リヒャルトの他の部下たちはお前の言葉に耳を傾けることはなかったようだが。それでも最後まで生き残り、こちらの手を焼かせたのはお前が指揮した者たちだった」

「…………」

「僕もこの屋敷には警備の戦力が不足していると常々感じていてな。お前のような冷静な男の力が欲しいと思っていたところだ」

「それは、随分と私を高く買って下さっているようで大変光栄です。しかし配下にとは……マルグリットもでしょうか?」

「ん、ああ」


 ギュンターの視線は隣で跪く草臥くたびれた使用人へと向かっていた。

 マルグリット、年齢は二十代前半のはずだが、老婆のように年老いた髪と肌の女。

 元々は別の色だったのだろうが、色素のほとんど抜けた白い髪は、これまでの苦難を物語ものがたっていた。


「……彼女はただの使用人です。それに……度重なるリヒャルトたちの横暴で体自体が弱っている。リンドブルム侯爵家で他の皆様のように働けるとは思いません。それでも、ですか?」

「勿論嫌なら構わない。だがどうだ? マルグリット自身が嫌がっているなら別だが……」

「……私は何方どなたでもお仕えします」


 僕の問いにマルグリットは乾いた声で弱々しく答える。


「マルグリット、だが、お前はこれまで散々酷い目に……」

「ギュンター様……でも、私にはもう帰るところもありません。両親も妹も奴隷商人に殺されました。リヒャルト様がいないいま、私に行く宛などないのです。……私を必要として下さる方がいらっしゃるなら、それがどのような方でもお仕えします。……こんなみにくい女でもよろしければ」

「……お前はみにくくなどない」


 ギュンターはマルグリットが晒されていた環境を知っているからこそ不安なのだろう。


 報告ではマルグリットは性的暴行こそされなかったものの、使用人として常日頃から乱暴な扱いを受けていたようだ。


 とはいえ今回の誘いに容姿は関係ない。

 が、磨けば光るだろうに……勿体なくはあるな。


「――――ねぇ、ヴァニタス?」


 ふと直ぐ側から聞こえてきたのは甘い声。

 もたれ掛かるように僕の肩へと手を当てた彼女は、いいことを思いついたとばかりに薄く微笑む。


「取り敢えず、黙って聞いていたのだけど。彼ら、本当にアナタに必要なのかしら?」

「……どういう意味だ?」

「配下が必要とアナタは言うけど、ここにいるのは牙のない元傭兵と皺くちゃな使用人。他もいるけど……どの子もイマイチだもの、どうしてもアナタが欲する人材には思えないわ。こんな人たち、アナタに本当に必要なのかしら?」

「……必要だからここに呼んだんだ。何か不満でもあるのか?」


 彼女は僕を無視して床へと跪くマルグリットの元へと歩いていく。

 突然の行動に警戒するマルグリットだったが、彼女の有無を言わせぬ迫力に硬直し動きを止める。


「マルグリットと言ったかしら」

「……はい」

「ヴァニタス、彼女、殺してしまえばいいのではなくて?」

「!?」


 ごく普通に。

 ただただその方が面白いとばかりに提案する彼女。


 マルグリットが一段と俯き唇を噛む。


「……テメェ」

「………」


 真っ先に声を荒げたのはギュンターだった。

 先程までの冷静さすらかなぐり捨て臨戦態勢を取る。


 変更された契約は他者への攻撃を禁止している。

 それでも、瞳だけでも殺せそうな勢いに、ギュンターの怒りの強さが克明に表れていた。


 執務室に緊張が走る。


 しかし、発言した当の本人はというとどこ吹く風と、人差し指をクルクルと回し、唇を撫でる。


「あらあら、怖い怖い。なあに、もう化けの皮が剥がれちゃったの? ほら、ヴァニタス、こうやって牙を隠しているんですもの、従順なフリをしてアナタを騙すかもしれない。クスクス、イケナイ子ね」


 鮮やかなくれないの髪をなびかせ、踊るようにくるりと回る彼女。

 彼女は殺意の中を何食わぬ顔で歩き、僕へともたれ掛かる。


「でもこれで彼は決してアナタを裏切らなくなる。ね、要らない一人が減って、従順な一人が残る。いい考えだと思わない?」


 嗜虐的しぎゃくてきな笑みはまるで獰猛どうもうな猫のよう。


 彼女の名は――――シンクレア・アーバンブライト。


 原作でのヒロインの一人にして、解放されたクリスティナの代わりにヴァニタスの奴隷となる人物。

 腰まで伸びる鮮やかな紅の髪に、黄金の双眸そうぼうを輝かせる吸血鬼の姫。


 彼女はいとも簡単に――――まるで花畑の中を散歩でもするかのように言葉を紡ぐ。


「殺してしまいましょう? ね、私の契約者マスター?」











ちょっと諸々の作業が佳境に差し掛かっておりまして、次回更新は少し間が空いてしまうかもしれません。


毎回読んでいただいている読者の方には申し訳ないのですが、少しお時間いただけますと幸いです。


何卒よろしくお願いします。

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