第百七十八話 ラパーナとアリアンヌとご主人様


 怪しい指名依頼を受けることになってしまった魔導具店から帰った数日後。

 アリアンヌの工房がぐちゃぐちゃに破壊されていた。


「……アリアンヌ?」


 普段からいまにも崩れそうなぐらいオンボロな家だったのは正直あるにしても、窓は割れ、床には穴が空き、大鍋は無惨にもひっくり返っていた。

 明らかに不自然といっていい散らかり方に、思わず虚空へと呼び掛ける。


「アリアンヌ!」

「いたた……あ、ラパーナちゃん」


 ガラクタの下から聞こえるいつもの声。

 変わらず顔を覗かせたアリアンヌだけど、心なしか元気がない。


 でも良かった。

 怪我はないみたい。


「どうしたの? これ……」

「その……へへ、色々あって」

「色々ってそんな簡単なことじゃ……ううん、とにかく話して」

「う、うん」


 そこからアリアンヌに無理矢理聞き出した内容は、今回の惨状さんじょうの原因ともいうべきものだった。


 あの話し合いの後、アリアンヌは依頼を正式に断るため、再度一人であの魔導具店を訪れたらしい。


 ……何故一人で向かったのか。

 元々は二人で行こうと約束していたのに。


 問い詰めるわたしに、アリアンヌは『自分の問題だから……迷惑は掛けられないよ』と譲らなかった。

 ……普段は色々適当なのになんでこんな時だけっ……。


「……違法、薬物?」

「うん。私も噂でしか聞いたことがなかったんだけど、帝都で出回ってる違法な薬物を……その……」

「まさか、そんなものを作れって?」

「うん……」


 どうやら詳しく話を聞くと、あの怪しい魔導具店に断りの返事をしたまでは穏便に済んだらしい。

 店主は残念そうにしながらも、一旦は快く認めてくれたそうだ。


 しかし、穏便に終わったと思ったのはそこまで。

 帰り道、突然さらわれるような形で、今回指名依頼をしてきた依頼人の使だという人物と面会することになったらしい。


 廃屋はいおくのようないかにも危険な場所に現れたのは、多数の部下らしき柄の悪い人たちを連れた人物。

 ベルナルと名乗ったその人物は、アリアンヌに違法薬物、醒めない夢エンドレスドリームの精製を命令してきたのだという。


醒めない夢エンドレスドリーム……」

「うん。使用者に都合のいい幻覚を見せるっていう依存性のある薬物。販売、製造が厳しく規制されていて、所持しているだけで騎士団の人たちに連れて行かれちゃうような危ない薬」

「でも……断ったんでしょ?」

「勿論だよ! でもそこから……その……嫌がらせが……」


 初めは突然家に押しかけてくるぐらいだったらしい。

 でもそれもすぐに過激になり、部屋の物を手当たり次第に壊したり、完成品の魔法薬や調合に使う素材を許可なく持ち去るようになったそうだ。


「騎士団にはどうしたの? それだけ被害があれば動いてくれるんじゃないの?」

「うん……だけど、もし周りの人とか騎士団に告げ口したら、もう帝都で商売出来ないようにしてやるって脅されて……。それに、あの人たち『俺たちの後ろには貴族がいるんだ!』って言ってたから、誰かに相談したら……その……迷惑が掛かると思って出来なくて……」

「そんな……」


 ……知らなかった。

 アリアンヌがそんな状況だったなんて。


「オ〜イ、錬金術師のお嬢ちゃん。いい加減覚悟は決まったか〜〜」

「!?」


 ぞろぞろとアリアンヌの工房に足を踏み入れる柄の悪い人たちが四人。

 この人たちが……。


「ベルナルさん……! か、帰って下さい!」

「オイオイ、そう邪険にするなよ。まったく強情だなぁ。ちょ〜っと特別なおクスリを調合して欲しいだけなのによぉ」

「でも違法な薬なんて……私作れません!」

「はぁ……材料費はこっち持ちで報酬もたっぷり出るってのに何が不満なんだ。三食昼寝付きで飯も寝床も用意してやるんだぞ。どうだ? 悪くない待遇だろ?」


 ニヤニヤと余裕のある笑みは自分たちが優位なのを疑っていなかった。


「でもそれって監禁……」

「人聞きの悪いこと言うなよなぁ。オレたちはビジネスの話をしてんだよ、ビジネスの! 双方にメリットがあるだろうが。……で? 錬金術師のお嬢ちゃんよぉ。その兎獣人のお嬢ちゃんはお前の知り合いか? それともまさかとは思うが……お前の奴隷か?」

「か、関係ないですよね」

「まあな、だが……うん、黒兎の獣人とは珍しい。オイ、主人は誰だ?」

「…………」

「し、知りません! 帰って下さい!」


 品定めでもするような視線。

 慣れてはいるけど不快なのは変わらない。


 この人たちは明らかにこちらに危害を加えようという意思があった。

 何よりアリアンヌが困っている姿が楽しくて仕方ないといった様子だった。


 なら……。


「……逃げよう」

「え、ラパーナちゃん?」

「いいから逃げるの! 早く!」


 アリアンヌの手を引き強引に外へと出ようとする。


「おーっと、待て待て。簡単に行かせると思うなよ」


 立ちはだかる男の人に魔法鞄マジックバックから弓を取り出そうとして……。


「ど、どいて下さい! えいっ!」


 アリアンヌが懐から取り出した石のようなものを床へとぶつけると、瞬く間に発生する白いもや


「!? クソ、前が見えねぇ!?」

「なんだこの煙……いや霧か? 突然……アニキ!」

「ハハハッ、面白えじゃねぇか! やっぱり多少は抵抗してくれねぇとつまらねぇよなぁ! ……オイ、久しぶりの狩りの時間だ。やるぞ」






 アリアンヌの借家を出てひたすら走る。

 通りを横断し、市場を横切り、路地を抜けた。


 でも、追手は寧ろ徐々に人数を増していて、わたしたちを諦めるつもりはないようだった。


 ……しつこい。

 

「ふぅ……ねぇアリアンヌ、工房で使ってたアレって何?」

「ハァ、ハァ……えっと、あれは魔石を錬金術で加工した魔法石だよ。一回限りの使い切りで、質の良くない魔石だと弱い効果しか発揮出来ないんだけど、魔石の属性と加工の仕方で効果が変わるんだ」

「まだあるの?」

「ごめん、あんまり数はない。こんなことならもっと作っておけば良かった。……巻き込んじゃってごめん。ラパーナちゃんまでこんなことに……」

「別に……いいよ」

「……ねぇこれからどうしたらいいんだろう? やっぱり騎士団の人たちのところに向かった方がいいかな?」


 行き先。

 どうだろう。


 リンドブルム家の屋敷はここからだと遠すぎるし、辿り着く前に捕まってしまうだろう。

 かといって騎士団の詰め所に向かおうにも、人数差もあってあらかじめ待ち伏せされている可能性の方が高い。


 何より……ここまで何とか逃げ続けてきたけど、段々と追い詰められているのを感じる。


 わたしたちを取り囲む包囲網が徐々にせばまってくる感覚。

 それに、ようやく追手をまいたと思ってもすぐに発見されたり、行き先に先回りされたりすることが何度もあった。


 土地勘、というには妙に的確な行動。

 ……多分向こうにはこちらの居場所が大まかにわかる魔法の使い手がいる。


 ここからどう動くのが最善なのかはわからない。

 でも……。


「とにかく少しでも動いてここを離れないと……」

「うん」 






 騒ぎを目撃して誰かが騎士団を呼んでくれれば――――。


 そんな他力本願な見通しは甘かった。

 案の定、徐々にわたしたちを取り囲む包囲網はせばまっていき、いつの間にか袋小路である人気のない空き地へと追い詰められていた。


「はぁ~、案外呆気なかったな。せっかく逃がしてやったってのにこんな簡単じゃつまらねぇぞ」

「…………」

「最近はな、どうも歯応えのねぇ奴らばかりで参ってたんだよ。ま、そう仕向けてる訳なんだが。単に騙して無理矢理錬金術師共を捕まえるのも飽きてきてな。アリアンヌとか言ったか、久々に抵抗してきたから一度帰してやったんだが……威勢がいいのは最初だけだったな。正直期待外れだ」


 どうしてさらわれた時にアリアンヌが無事に家まで帰ってこれたのかわからなかったけど、そんな理由だったなんて。

 まるで標的が無駄な足掻きをするのを楽しむような嫌な口振り。


 ……悪趣味な人たち。


「まあこれで狩りも終わりだ。後は……――――鋭牙の痩犬。少しばかり痛い目でも見てもらうとするか」

「へへ、ベルナルのアニキの『痩犬』魔法はなぁ。匂いを憶えさえすれば何処までも追っていくんだ。お前らなんか最初からオレたちから逃げられるはずがなかったんだよ!」

「はぁ……余計なこと言ってんじゃねぇよ。ほら、とっとと捕まえろ」


 肋骨あばらぼねの浮いた飢えた灰色の犬。

 あれがわたしたちを居場所を特定していた魔法。


 よだれ塗れの半開きの口を開いて近寄ってくる様子は、血走った目も含めてひたすらに不気味だった。


 いまにも襲いかかってきそうな大人の男の人たち。

 数は最初の遭遇より大幅に増えていた。


 しかも、これまでの追手の数を考えれば時間が立つごとに増えるのは間違いない。

 でも……もう戦うしかない。


「近づかないで! ――――黒の絶矢ノワール・ペルセ!」

「オイオイ、物騒だな。そんなに抵抗されると……燃えてくんじゃねぇか。オイ、お前ら! まだちょっとは楽しめそうだぞ!」

「アリアンヌは下がってて」

「でも……!」


 ベルナルとかいう人の合図で一斉に襲いかかってくる。


 でも、動き自体はそれほどでもない。

 連携も完璧という訳ではなく、それぞれが自分のタイミングでしか行動しないから、寧ろ互いの足を引っ張ってる。


 少しでも勢いを削ぐため前衛の足を狙い転ばせる。

 無造作に振り下ろされる剣を躱し、こちらに命中すると予測出来る魔法だけを射抜き撃ち落とす。


 拙い連携を逆手に取る。

 互いの攻撃範囲が重なるように動けば、後は勝手に同士討ちしてくれる。


 次第に上手くいかない苛立ちからか、彼らは互いをののしり始めていた。


 これなら……。

 

「へー、中々やるじゃねぇか。こっちが我の強い連中の集まりだと見抜いて連携を崩してきたか。急所を的確に狙ってくるとは思い切りもいい。でもなぁ、俺らを甘く見過ぎだろ」

「え……?」

「いままでは遊んでやってただけだ。ついでに言えばここいら一帯は俺らの庭だぜ? ……やれ」


 気づいた時には遅かった。


「きゃあっ!?」

「アリアンヌ!!」


 こんな時に新手!?

 物陰から突然姿を現した刺客に人質に取られるアリアンヌ。


「へへ、お嬢ちゃんよぉ。いつまで逃げられると思ってたんだぁ? なぁ?」

「ひっ!?」

「アリアンヌを離して! 黒のノワール……」

「オイ……動くなよ。下手に動いたらこの女の喉を切り裂く」

「!?」


 ただの脅しなのはわかっている。

 本当にやるつもりはないことも。


 彼らの目的はアリアンヌ錬金術師の身柄の確保。

 必要以上にアリアンヌを傷つける意味なんてない。


 それでも……わかっていても、矢を射掛ける手は止まってしまった。


「さて、これで目的のもんは手に入れた訳だが。……にしてもとっととこっちに合流しろって伝えといたはずなんだが他の奴らは何処をほっつき歩いてんだ」

「?」

「まあいい。後は……余計な関係者がいても面倒なだけなんだよな。……殺すか」


 殺す――――躊躇ちゅうちょない宣言に、アリアンヌが息を呑むのがわかった。


「待ってて、いま助けるから……」

「こ、来ないで!」


 空き地に響く拒絶の声。

 驚きに目を見張れば、首に刃物を突き付けられながらも、必死にわたしを見るアリアンヌの姿。


「もういいよ!  わたしなんてもういい! ラパーナちゃんが助ける価値なんてない!」

「アリアンヌ……?」

「私さ……ドンくさいでしょ? 子供の頃からいつも周りに迷惑掛けてばっかりで、ずっと一人ぼっちだった。友だちなんて出来るはずない。私を必要としてくれる人なんて現れない。ずっとそう思ってた。だからね。ラパーナちゃんと出会えたのは奇跡だと思ってた」

「アリアンヌ……」

「馬鹿だよね。それなのに、ようやく出来た友だちなのに、こんな風に足手纏いになって。危険な目に合わせてる。……ごめんね、私のせいで」

「なんで、なんで謝るの? アリアンヌが悪い訳じゃないでしょ。……謝らないでよ」

「ううん、私がもっとしっかりしていればこんなことにはならなかったかもしれない。忠告されてたのに一人で解決しようとして、余計なことをして大切な人を巻き込んで、本当、私って馬鹿。……ありがとう、こんな私のために頑張ってくれて。ありがとう、こんな私のために傷ついてくれて。……でももういいよ。お願い、ラパーナちゃんだけでも逃げて」


 悲痛な決意を滲ませながら告げるアリアンヌ。

 わたしは……。


「美しい友情ってやつか? 反吐へどが出るな。……そうそう、ついでだから教えてやるよ。錬金術師のお嬢ちゃん、お前が取引してた魔導具屋だがな。最初から俺らとグルだったんだよ」

「え……?」

「わからなかったか? お前があそこの店主から毎回依頼されてた変装用の魔法薬。あれはな、相当な腕がないと調合出来ない代物なんだよ。下手なヤツが作ったんじゃ目的の色にならねぇし、効果時間も極端に短い。店主のヤツ驚いてたぜ。あんな調合の難しい薬を簡単に作ってきて、質も最上級、しかも買い叩いても文句もないとかいいカモ過ぎて怖いぐらいだってな」

「そ、そんな……」

「ま、これからはその錬金術の腕は俺らのために使ってくれ。まあ、薬漬けにしちまえばそのうち嫌も何もなくなるんだが、ただなぁ量を間違えるとすぐ頭がおかしくなっちまうから調節が難しいんだよなぁ」


 最初から利用されていた。

 アリアンヌにとってその事実は何よりも辛いもので間違いなかった。


「は、はは……ずっと騙されてたことにも気づかないなんて……本当に私って馬鹿」

「さて、これでもまだ助けるつもりか?」

「…………」

「オイオイ、黙っちまったぞ。なんだ薄情な友だちだなぁ。まあ、ここまで知っちまった以上始末するしかねぇんだが。あーでもそうだな。俺らを楽しませるぐらいの命乞いをしてくれたら見逃すのを考えてやってもいいぞ」

「ハハッ、アニキ、そりゃ露骨過ぎますよ。この状況で無事に帰れる訳ないじゃないですか」

「ん? ああ、そうか。奴隷なら芸の一つでも仕込まれてるかと思ってな。ハハ、スマンスマン、わかりやすかったか。そうかそうか」


 押し殺したような泣き声が聞こえる。

 滑稽こっけいだと嘲笑あざわらう声が聞こえる。


 わたしは……。


 この手に握る弓。

 わたしは何のために強くなりたかったのか。


 初めはただご主人様やクリス姉たちに追いつきたかっただけだった。

 でもいまわたしは戦う力を持っている。


 あの声を止める力を持っている。


「…………我が儘になるって決めたから」

「あ?」

「ご主人様にいわれたんだ。もっと我が儘になっていいって。……だから、諦めない。アリアンヌが嫌だっていってもわたし助けるから!」

「ラパーナ、ちゃん……」

「……威勢のいいことを言いやがって。だからってこの人数相手に勝てると思ってんのか? 気になってたんだ。獣人の耳を引っこ抜いたらどんな声で啼くかってな。さあ掛かってこいよ。這い蹲らせて盛大に啼かせてやる!」


 悪意を滲ませた獰猛どうもうな笑み。

 なぶりがいのある獲物を前に歓喜する姿は、醜悪しゅうあく極まりない。


 ここにご主人様はいない。

 クリス姉もヒルデ姉もいない。


 それでも――――。


「わたしは――――負けない」


 人質がいて動けない?

 関係ない。

 だったら全部――――人質ごと縛り上げればいい。


「わたしは諦めない。全部この手で掴み寄せてみせる。――――黒の束縛領域ノワール・レストリクシオンリージョン


 自分を中心に広げるのは地面を覆うように広がる『黒』。


「は? な、なんだコレ!?」

「ぐっ……あ、く、苦しい……」


 瞬く間に拡大する領域は地面を這い、わたしを取り囲む人たち全員を例外なく『黒』の帯で縛り上げる。


「こんな規模の魔法を一瞬で発動するだとっ!?」


 後はこれを――――領域を操作してアリアンヌだけを引き寄せる。


「ラパーナちゃん……!」

「魔法石を!」

「う、うん、えいっ!」


 まばゆい閃光。

 アリアンヌの投げつけた光の魔法石が一時的に視界を奪う。


「チッ、目が……!? このっ、小賢しい真似しやがって……」


 この間に少しでも行動不能にする。


 黒帯で拘束した相手はすでに居場所を把握している。

 動けない状態の相手を矢で一人、二人、三人と順に射抜いていく。


「チッ、ふざけんな! ――――鋭牙の痩犬、噛み殺せ!」

「ラ、ラパーナちゃん! 逃げて!」


 殺意と鋭い牙を剥き出しに、一心不乱に地を駆ける狂犬。


 きっと端から見たら危険な状況なのだろう。

 アリアンヌの必死な叫びが耳に突き刺さる。


 でも……刻一刻と危険に迫る状況でわたしが想いを巡らせるのは一つのこと。


『ラパーナ、君の魔法は可能性に満ちている』


 ご主人様はいった。

 わたしのもう一つの先天属性は、解釈次第でスゴイ力を発揮出来るって。


 いまのわたしにはこの魔法を十全に使いこなすことは出来ない。

 出来るのはほんの少し、ほんの一瞬だけのこと。


 でも、構わない。

 それだけで十分。


 ただ唱える。

 自分の望みを叶えるために。




「…………――――止まって」




「――――は? な、何で……俺の魔法が……止まるんだよ……」


 飛び掛かる姿勢のまま空中で静止した痩せた犬魔法

 牙も爪も私には届かない。


 ベルナルの驚愕に染まる顔は、目の前で起きた出来事が信じられないとばかりに現実を直視出来ないでいた。


 でも、答えなんて教えてあげない。


「さあ? 知らない。自分で考えて。――――黒の絶矢ノワール・ペルセ


 静止した魔法ごと黒く染まった矢が何もかもを貫いていく。

 後に残るのは静寂だけだった。









 あれからリンドブルム侯爵家の屋敷の入口でクリス姉に、御礼と謝罪ばかりを言い続けるアリアンヌを預け、向かった先はご主人様の執務室。

 ご主人様は何か読み物でもしていたのか、チラッとこちらを見た後、また視線を手元へと移す。


「どうした? 今日は楽しかったか?」


 さり気ない質問にどう返せばいいのか。

 いざここに立ったら言葉を失ってしまった。


「あの……もしかしてご主人様は……」


 一つ、気になっていたことがあった。


 わたしたちを包囲していた人数、追手も含めれば確実にもっといたはずなのに、何故途中から増えることがなかったのか。

 ベルナルも疑問に感じていたようだけど、戦っていた時間を考えればさらなる増援がきていておかしくなかった。


 もしかしてあれは……。


 わたしの質問にもならない言葉に、ご主人様は今日の天気でも呟くように呟く。

 

「そういえば、最近帝都も物騒になったらしいな」

「……?」

「なんでも何処ぞの魔導具店が街の小悪党と組んで不公平な依頼斡旋を行っていたらしい。腕のいい錬金術師たちを騙して自分たちだけが利益を貪っていたようだ。貴族がバックにいるなんてブラフをちらつかせて違法な薬物まで作らせていたようだし、まったく悪いヤツらがいるものだ」

「それって……」

「だがまあ心配することはない。どうやら裏でそこそこ有名な商人が糸を引いていたようだが、ヤツらが表に出てくることはない。永遠にな」


 そういって深くは語らないご主人様。

 やっぱり、ご主人様はずっとわたしたちを見守って……。


「……ありがとう、ございます」     

「何、僕は何もしていないさ。帝国の誇る騎士団が動いてくれたんだろう。勤勉なことだ」


 そんなはずがなかった。 

 どうやってわたしたちの居場所を把握していたのかはわからない。

 でも、ご主人様が陰ながらわたしたちを助けてくれていたのは事実だった。


「フ、知らなかったか? 実はな、ラパーナ。僕はタイミングのいい男なんだ」

「……ふふ」


 イタズラが成功したかのように笑うご主人様につい吹き出してしまう。


 ……わたしの、わたしたちのご主人様。


「ん? どうしたラパーナ」

「……なんでもない、です」


 きっとわたしは前までよりご主人様に惹かれている。


 ……でもこの気持ちは秘めたまま。

 表に出すのはきっとまだ早いから。











いつもながら遅くなりましてすみません。


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