第百七十七話 ラパーナと素材採集?


 錬金術――――それは様々な素材を組み合わせて特殊な効果を持つ薬品や物質を作り出す技術。

 錬金術師の主な仕事は回復薬ポーションや解毒薬などの特殊な薬品の精製や魔物の核となる魔石や爪、臓器などの素材を使った魔導具マジックアイテムの作成であり、その点アリアンヌは魔法薬の精製を得意としているらしい。


 必要な素材が不足しているというアリアンヌ。

 どうやら近々納品する予定だった魔法薬の材料が急遽きゅうきょ足りなくなってしまったらしい。


 ……どうせまた何かの実験に使って補充するのをうっかり忘れていたのだろう。


 とにかく、アリアンヌと二人、帝都を走る乗り合い馬車で目的地へと向かったのだけど……。

 素材採集って……何これ。


「うわぁ、すごい、すごいよラパーナちゃん! 今日は大漁だよ〜〜!」


 目の前の光景に言葉を失う。

 一心不乱にを振るアリアンヌが信じられない。


「……なんでこんなことに?」






 『いいから着いてきて!』と妙に元気のいいアリアンヌに強引に連れてこられたのは、帝都の中に存在する自然公園だった。


 ここは自然保護と景観維持のために帝都の中にありながらも自然の色濃く残る管理区域。

 見通しのいい森林や刈り揃えられた草原が存在し、小さいけど小川も流れている。

 何より魔物の生息していない安全な場所ということもあって、帝都の住民たちにとっては貴重な憩いの場所でもある。


 そんな平和でのどかな場所で、夢中になって手に持った虫取り網を振り回すアリアンヌ。

 彼女はよくわからない昆虫を捕まえると『やったよ!』と自慢げに見せに来る。


 肩からかけた採集箱の中には、どう見ても道端の草にしか見えない雑草や地を這う虫、よくわからない子魚と無造作に入れられていて、それらはアリアンヌいわく貴重なおたからなんだとか。


「……ねぇ、アリアンヌ、もしかして素材採集なんていってここで取れた変な虫とか魔法薬に使わない、よね?」

「ギクッ!?」


 ……こんなに動揺が表に出る人初めて見たかも。

 肩どころか全身をビクンと大きく飛び跳ねさせたアリアンヌは、ぎこちない動きでこちらに振り返る。


「も、もちろん必要な素材のほとんどはお店とかで買って仕入れてるよ? でもでも……節約出来るところは節約しないと、ね?」

「……アリアンヌって才能を変なところに使ってるよね」

「え、そう? て、照れるなぁ。ラパーナちゃんにそこまで褒めて貰えるなんて嬉しいなぁ〜〜」

「……褒めてない」


 『えへへ〜』と照れた様子で髪を触るアリアンヌ。

 褒めてないのに勘違いする楽天家なところは、ある意味アリアンヌらしいというかなんというか。


「うん……でも良かった、これでラパーナちゃんにご飯の心配をかけなくても済むもんね。あっ、でもでもラパーナちゃんが差し入れてくれるお弁当が嫌な訳じゃないよ! 寧ろこんな美味しいの食べられてホント最高〜〜って感じなんだけど。でもほら……いつもお世話になりっぱなしじゃ良くないもんね」


 でも喜んでるなら水を差すのも悪い、かな。






 自然公園での素材採集も終わり、最後に連れてこられたのはとある魔導具店だった。


 プリティマユレリカマユレリカ様の店とは規模や扱う商品の種類も雲泥の差。

 でも、アリアンヌは毎回この店に作成した魔法薬を売却しているらしい。

 たまにどうしても必要な素材を買ったりもしている馴染みの店だと彼女は紹介してくれた。


 けど……外観から見てもどうも怪しい。

 こんな通りから隠れるような立地で、しかも外からは中を見通せない作りなんて、とても普通の店には思えない。


「ん? ……アリアンヌの連れか? まあいい、ゆっくり見ていってくれ」


 奴隷のわたしにも愛想のいい笑顔を振りまく強面の店主。


 でも……なんだろう。

 違和感を感じる。

 これって……。


「……アリアンヌ、本当にこの店で合ってるの?」


 元々わたしたち以外お客のいない店内。

 それでも周囲に響かないように小声でアリアンヌへと尋ねる。


「うん! ちょっと暗くて他にお客さんもいないけどいい店でしょ? こー見えて品揃えはバッチリだし、頼めばお店にないものだって取り寄せてくれるんだよ。店主さんも私が帝都に来て何にも知らなかった頃からお世話になってるし、顔は怖いけど良い人なんだぁ」

「……そう」

「待ってて、すぐ買ってくるから! あ、でもラパーナちゃんももし興味がある物とか欲しい物があったら言ってね。何だったら私作るよ!」


 アリアンヌの反応を見る限り、彼女はこの店を随分信用しているようだった。

 必要な素材の確保も終わったところで、帰り際店主から呼び止められる。


「おい、アリアンヌ、お客さんから依頼が来てるぞ」

「えっ、ホントですかぁ!」

「ああ、お前さんの錬金術の腕前を見込んでの指名依頼だ」

「やったぁ!」

「腕のいい錬金術師がいるって話をしたら、先方から是非依頼を受けて欲しいってな。トントン拍子に話が進んじまった。報酬もいいぞ。成功報酬は普段の依頼の三倍。材料費は相手持ちで期限も厳しくない。しかもだ。もし余分に材料が余れば自分の物にしていいそうだ。破格だろ? どうだ、受けるか?」

「受けます! 受けるぅ! えへへ、やったぁ! 私にも指名依頼がくるなんて夢みたい!」


 おかしい。

 あんなボロ家に住む無名の錬金術師のアリアンヌに指名の依頼……?

 彼女の腕を疑う訳じゃないけど、わざわざ指名するにしてもあまりに条件が良すぎるような。


「……詳しい内容は何ですか?」

「ん? ああ、気になるよな。ちょっと年頃の嬢ちゃんたちには話にくいんだが……実はさるお貴族様が最近調子が悪くてな」

「調子が悪い? 回復薬ポーションが必要ってことですかぁ? ならわたしバッチリ作れますよ!」

「いやそのだな。ほら、怪我とか病気じゃなくて……あっちの方、男を元気にする方だよ」

「あ、はは、なるほどなるほど……あ、あう」


 予想外の答えに言葉に詰まるアリアンヌ。

 気まずそうに髪をくるくると指先に絡めると、顔を赤く染め恥ずかしそうに俯く。


「そんな訳で周りには依頼そのものを秘密にして欲しいらしい。条件がやたらいいのは口止め料も込みってことだ。勿論だがこの話は外部には漏らすなよ。うちの信用問題にもなるからな」

「は、はい」

「まあお前さんが普段卸してくれる魔法薬とは毛色が違うのは承知している。だがまあ、調合もそれほど難しくねぇし大丈夫だろ。今回は依頼主がお貴族様ってこともあるが、身元もしっかりしてる。怪しいところからの依頼じゃねぇのは俺が保証しよう。ただなぁ、先方は一度錬金術師とやらを見てみたいらしい」

「え、じゃあ直接会うってことですか!?」

「ああ、面倒だろうがお貴族様ってのは気まぐれだろ? それに信頼出来る相手かどうか向こうも確かめたいんだろう。ま、指定の場所にいってちょっと話をするだけだ。これだけの好条件は中々ねぇぞ。……で、受けるでいいんだよな?」

「は、はい! 勿論です! ありがとうございます! 是非受けさせて下さい!」






「へへ、指名依頼かぁ。これでご飯もお腹いっぱい食べれるね! ね、ラパーナちゃん!」


 店を出た後もずっと無邪気に喜ぶアリアンヌ。

 余程指名で依頼されたのが嬉しかったのか、帰る間ずっと上機嫌だった。


 でも、隣を歩くわたしはというと彼女のように素直に喜べなかった。


 ずっと考えていた。

 どうも釈然しゃくぜんとしない。

 店主のあの目、わたしを見る目は……欲望に染まっていた。


「……アリアンヌ、もうあの店には行かないで」

「えっ!? な、なんで!?」


 あれは覚えのある感覚だった。

 間違いない。

 そう、あれは――――悪意だ。


「……あの依頼、やっぱりおかしいよ」

「おかしい? そ、そうかな?」

「なんであんなに念押ししてまで周りに秘密にする必要があるの? わたしたちは依頼主の名前も聞いてない。なのに依頼そのものがまるでないように振る舞えだなんて」

「それは……」

「口止め料だっていうけど、あまりに条件が良すぎると思わない? 途中で話を誤魔化すようにわざと変えていたのも変。あれは……わたしたちにあれ以上追求されないようにするためのものじゃないの?」

「でもでも……きっと店主さんだって何か考えが……! い、依頼主さんから何か言われてるのかもしれないし……!」

「それだって秘密にするはずなのに一度会いたいなんて明らかに不自然だよ。……何故そんなことをするのかはわからないけど、これ以上は関わらない方がいい」


 本当は口出しするべきじゃないのかもしれない。

 アリアンヌだって自分の仕事を横からとやかく言われるのは嫌だろう。


 彼女が錬金術師として一生懸命なのは知っている。

 だっていつも抜けてて、へっぽこなアリアンヌだけど、錬金術に没頭している時間だけはとても大切にしているのをこれまで何度も見てきたから。


「でも……」

「……うん、怪しいだけで証拠はない。わたしが考え過ぎなだけかもしれない。でも……わたしは奴隷だから」

「…………」

「あの店主が悪意を持ってアリアンヌを騙そうとしているのが何となくわかる」


 いつも悪意に晒されてきた。

 さげすみの視線もあざけりの視線も、何時だって感じてきた。


 勿論いまは違う。

 ご主人様がそんなことは決してしないといまのわたしはわかっている。


 でも、わたしは忘れていない。

 奴隷は所詮しょせん物だから。

 だからこそわかってしまうこともある。


 あれは……これから起こることを知りつつも滑稽こっけいなものを見る目だった。


「なんで……なんでラパーナちゃんはそんなに私のことを心配してくれるの……?」

「アリアンヌは……その……友だちだから……騙されて欲しくない」

「!?」


 本当は少しだけ怖かった。

 こんなことをいっていまの関係が壊れてしまうんじゃないかと。


 余計なことをいって拒絶されてしまうんじゃないかと思うと、どうしても躊躇とまどいがあった。


 でも……アリアンヌが辛い目に会う方が嫌だった。

 あの悪意にアリアンヌが翻弄ほんろうされてしまう姿なんて見たくなかった。


「……うん。わかった。じゃあ、今度から取引する店は変えるようにするね。う〜ん、でもどうしようかなぁ。私、あの店以外あんまり知らないんだよねぇ」

「ごめん……わたしも新しい店を探すの手伝うから」

「ううん、謝らないで! ラパーナちゃんが悪い訳じゃないし。うん、これも新しい販路を広げるいい機会だと思って頑張るよ。勇気を出して売り込んで見る! えへへ、そしたらさ、もしかしたら私の魔法薬ももっと高く売れるかもしれないし。ありがとう、ラパーナちゃん!」


 それからわたしたちは依頼を上手く断る方法を話し合い別れた。


 一度受けると言ってしまったのもあるけど、あまり露骨に断れば何をされるかわからない。

 相手の出方がわからない以上、刺激せずにそれとなく断らなければならない。


 もし違約金がかかってたとしても仕方ない。

 アリアンヌは『駄目だよ!』と否定していたけど、お金が必要なら言い出したわたしが出すつもりだった。


 ほっとしていた。


 これで大丈夫と思い込んでしまった。


 わたしは甘かった。

 一度狙いをつけた悪意が簡単に獲物を手離すはずがなかった。











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