第百七十六話 ラパーナとへっぽこ錬金術師


 帝都は騒がしい。


 大通りを歩く度いつも実感する。


 活気溢れる人々、途切れることなく行き交う馬車、見かける度に目を疑う豪華で綺羅びやかな店の数々。

 これまで見たこともない巨大で荘厳な建造物が立ち並ぶ、ご主人様の生まれ故郷でもあるハーソムニアともまた違う圧倒される景色。


 ルアンドール帝国最大にして最新の都市リードリデ。

 そんな騒々そうぞうしく多くの人でごった返した大都市の片隅に、一件の古びた家がある。


 わたしの目的地はそこだった。


 人通りも滅多にない裏通りを抜け、立て付けの悪い扉を開ける。

 ギイギイと不快な音をたてるそれは、何度直した方がいいと提案してもやんわりと却下され続けていつしか諦めてしまったもの。


「…………」


 小ぢんまりとした部屋の中は乱雑らんざつとしていた。


 物が所狭しと溢れている。


 部屋のあちこちに山積みに置かれた本、殴り書きした後忘れてしまったのか床に散らばった数々のメモ書き、魔物のものらしき捻れた角や乾燥した植物の葉っぱや根っこ、さらには水晶のように透き通った歪な形の鉱石など、その他にも何に使うか見当もつかない未知の物体が部屋を埋め尽くすように散乱していた。


「……アリアンヌ、おはよう」

「…………」

「アリアンヌ? いるんでしょ? ねぇ……アリアンヌ?」


 呼び掛けても返事がない。

 いつものことながらちょっとだけ心配になる。


 ……野垂れ死んでないよね?


「わっ! とと、痛ったぁ!? え、あ、ラパーナちゃん、来てたの!? お、おはよう」

「……おはよう、アリアンヌ」


 ゴミ山素材の山の中から大慌てで飛び出してきたのは、ヨレヨレのローブに瞳の色すら見通せない瓶底メガネをかけた一人の少女。


 年齢はご主人様やクリス姉と同じくらい。

 詳しくは聞いていないけどわたしより年上なのはなんとなくわかる。


 この娘の名はアリアンヌ。


 わたしの――――偶然に出来た友だち。


「……また夜更ししてたの?」

「えへへ、ちょっとだけ」


 恥ずかしそうに人差し指で髪をいじるアリアンヌは、寝不足からかフラフラと頭を揺らしつつ呑気に答える。


「この間も『眠いぃ〜』っていいながら机の角に頭をぶつけてのたうち回ってたのに……懲りないの?」

「ご、ごめ〜ん」


 この娘との出会いはなんてことのないただの偶然だった。

 

 ある日の帝都の散策中、気分転換のつもりだった。


 日々の訓練や魔法少女マユレリカ様関連のアレコレ。

 あの頃のわたしはちょっとだけ疲れていた。


 嫌……な訳ではない。

 訓練は自分のためだし、マユレリカ様も悪気があった訳じゃないのはわかる。


 魔法少女グッズらーちゃんが発覚した後は奴隷相手だというのに真摯に謝ってくれたし、わたしに売上の一部を譲渡する契約まで結んでくれた。


 ……あれはあれでいたたまれなかったな。

 しかも人前なのに泣きながら縋り付いてくるからちょっと怖かった。


 色々なことからほんの少し距離を置きたかった。

 屋敷の外に出掛けたいというわたしにご主人様はいとも簡単に許可をくれた。

 提案したこちらが戸惑うくらいあっさりと。


 それからわたしは騒々しい帝都を見て回るようになった。


 初めはたった一人心細くなる時もあった。

 クリス姉とヒルデ姉、二人と離れて行動するなんて前までは絶対に考えもしなかったこと。


 それに大きな都市には相応の危険も伴う。

 封印の森での修練を経て、少しは戦う力を手に入れたとはいえ、無警戒に練り歩くのは危険なのはわたしもわかっている。


 でも……見る度に景色の変わる帝都に、わたしは自分でも思っていた以上に感銘を受けてしまった。


 そうして、その時は訪れる。


『ぴあああああっ!!』


 帝都中に響くかと思うぐらいの甲高い悲鳴。

 見れば瓶底眼鏡の女の子が大柄な男性とぶつかり、両手いっぱいに抱えた荷物を地面へとぶち撒けていた。


『テメェ! どこ見てほっつき歩いてんだ!』

『すみません! すみません! つ、つい前を見てなくて……』

『見ろ! テメェのせいでこの俺の一張羅いっちょうらが台無しだ! クソ、何だこの毒々しい色は! ……いやホントなんだコレ、臭えし、ネバネバするし、ど、どうなってんだよコレは!』

『すみません! すみません! え〜と、魔法薬に使う材料が漏れちゃったのかなぁ。あはは……』

『あぁ?』

『で、でも良かったです! もし間違えて飲み込んだりしたら……その……下痢が止まらなかったと思う、ので』

『な、なんだと!? なんでそんな危険な物体を持ち歩いてんだ!? …………チッ、次から気をつけろよ。……この服どうすっかなぁ』


 幸い相手の男性も激昂こそすれ、暴力を振るうことはなかった。

 ……寧ろ変な相手に絡まれたと思ったのか若干顔を引きらせつつ早々に立ち去っていった。


『はぁ……またやっちゃった。どうしていつも私ってどんくさいんだろう』


 落ち込む彼女は道に散らばった荷物を拾い始める。


 でも……手伝う人は誰もいなかった。


 道を歩く人々の視線は彼女を冷めた目で見ていた。


 ――――自業自得。


 確かにそうだ。

 言動からして怪しい彼女は、話を盗み聞く限り自分から男の人にぶつかっていったようだし、非は彼女にある。


 でも……周りの人々の視線は、地面に散らばった荷物を掻き集める彼女の一生懸命な姿すら滑稽なものとしてあざ笑っているようで……。


『えっ? あ、ありがとうございます』

『…………別に、なんとなく、です』


 なんとなく、ただなんとなく手伝ってあげたくなっただけ。

 ……決してわたしが一人ぼっちの彼女に同情したからではない。


『ラパーナ、ちゃん? うん……かわいい名前。私は――――アリアンヌ。錬金術師のアリアンヌ。ねぇ、良かったらお礼をさせて? 私の借りているおうちこの近くなんだぁ』


 なんでだろう。

 本来は警戒すべきはずだった。


 道端の偶然の出会い。


 彼女に悪意がなかったから?

 彼女があまりに嬉しそうに笑うから?


 わからない。

 でもここからアリアンヌとわたしの交流が始まった。


 それからわたしは時折この古いボロ家を訪れるようになっていた。


「……はい、コレ。どうせ朝ごはんも食べてないんでしょ?」

「えっ!? こ、こんなに? でも……この前も持ってきて貰ったのに……貰ってばかりじゃ悪いよ」

「……別にいいから。どうせまた何も食べてないんでしょ?」

「うっ……そう、だけど。買い物に行く時間もなかったし、昨日の朝から何も食べてないけど……でも、ホントに? えへへ、いいの?」


 わたしの持参したお弁当に急に目を輝かせるアリアンヌ。


 ……本当調子がいいんだから。


 このお弁当はリンドブルム侯爵家の料理長様に作って貰ったものだ。

 クリス姉にこっそり相談したらご主人様に内緒で手配してくれた。


 一応材料費、というかお弁当の代金はわたしのお財布から出ている。

 最初は『受け取れません』とはっきり断られてしまったけど、らーちゃんの分のお金もあるし、わざわざ作って貰うのに少しも協力しないのは嫌だったからお金だけでも払うようにしている。


 といっても多分お弁当にかけられている費用の半分も受け取って貰えていない。

 だって奴隷に渡すにはすごく豪華だし、妙に気合いの入った料理ばかりな気がする。


 ……多分ご主人様にもわたしが頼み事をしていることの報告はされていると思う。

 でもいまのところは何もいわれていない。


「えへへ、美味しいぃー! やっぱりラパーナちゃんの持ってきてくれるお弁当は最高だね。ありがとう、ラパーナちゃん!」


 アリアンヌの騒がしい朝食、ううん、昼食を眺めていると、不意に彼女は手に持ったフォークを止める。


「ねぇ、気になってたんだけど、こんな一流の料理人が作ったみたいな豪華なお弁当、ラパーナちゃんのご主人様って……やっぱり……その……」

「…………いいたくない」

「そ、そうだよね! ごめん変なこと聞いて」


 アリアンヌにはご主人様のことは話していない。


 話す機会は何度もあった。

 実際にこうして聞かれもしたし、アリアンヌが気になる理由もわかる。


 ――――わたしは奴隷。


 本来奴隷に自由などない。

 行動は厳重に縛られ、何をするにしても主の許可がなければ動けない。

 命令は絶対であり、奴隷のほとんどはそれこそ死んだような目をしている。


 それなのにこんなところに一人、友人の元へと訪れてる。


 おかしいと思うのは当然だ。


 でも、わたしは彼女にご主人様のことを打ち明けられなかった。

 ……何故なのかは自分でもわからない。


「……アリアンヌ、どうしてもその……あの怪しい薬を作らないといけないの? なんだかモクモクと煙が出ていて怖いんだけど」


 わたしは話を逸らすためにも以前からずっと疑問だったことを聞いていた。

 アリアンヌの部屋――――オンボロなこの部屋を彼女は『工房』と言い張るけど、この部屋は乱雑なだけではなかった。


 机の中央に置かれた大きな釜。

 中にはおどろおどろしい液体が渦巻いていて、時折ぽふっと煙があがる。


 錬金術師の窯といえば聞こえはいいけど、実験するにしても怪しすぎる。


「あっ、これ? でもでも効果は中々なんだよ!」

「……ふぅ〜ん」

「もう、ラパーナちゃん信じてない〜。これはね。瞳の色を変える薬なんだぁ。一滴瞳に指すだけで鮮やかな青色に変わるんだよ。でね。こっちの完成品は髪の色を一瞬で変えちゃう薬。髪にファサファサ〜てかけるでしょ? するとね。サーって変わるの。どう? すごいでしょ?」

「……やっぱり怪しい薬」

「あ、怪しくないよぉ」

「ねぇ、前から疑問だったけどなんでそんな怪しい薬ばかり作ってるの? どれも……その騎士団の人たちとかにバレたらまずそうだけど」

「だ、だって売ると高いんだもん」

「はぁ……」

「でもでもこれぐらい普通だから! 一般にも普通に流通してるから大丈夫だよ! 本にも作り方が載ってたし多分大丈夫! ……多分」


 ……一歩間違えれば危険な気もするけど、あまり錬金術の世界を詳しく知らないわたしにはアリアンヌに強くいうことも出来ない。

 本当にあれぐらい普通、なのかな……?


「ええ〜〜ウソ! なんでこんな時に素材がなくなっちゃうのぉ」


 はぁ……お弁当を食べ終わったと思ったらすぐこれだ。


「……ねぇ、どうしたの?」

「どうしよう、ラパーナちゃん! 用意しておいたと思ったのに魔法薬の材料が足りなくなっちゃった! あ〜もうなんでいつもこうなのぉ! あっ、その……ラパーナちゃん、良かったら素材採集を手伝って……くれないかなぁなんて」

「はぁ……」

「ダメ?」

「仕方ない。……いいよ。でも、遠くはダメ。帝都から外に出るのも。後……一応時間厳守だから」

「うんうん! でもでもラパーナちゃんと一緒にお出かけ出来るなんて嬉しいなぁ!」


 わたしの返事を聞いた途端飛び跳ねて喜ぶアリアンヌ。


 もう聞いてるの?


 ……聞いてないかも。

 でも素材採集なんてわたしも流石に帝都の外には出れないんだけど……どうするつもりなんだろう。












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