第4話 焼人欲求 上
昔から京都の街には魑魅魍魎が
京都御所以西、千本通りまでとはいかないが、この地はまるで空気が動かず、はるか昔からくすんで淀んで、その地に住む人間に重くのしかかっているように見える。
そして今日も限界を越え飽和状態の空気の中から、屋根裏の隅に、押入れの裏に、流しの下に、人間の奥底から吐き出された、人でないものの産声が聞こえた気がする。
『第四話 焼人欲求』
『夫がたまにとても熱くなるんです、、、』
「とても仲がよろしいんですねぇ。」
相変わらず食い違う会話はわざとなのか、福禄谷影光は意を決して相談に来たお客の神経を逆なでするかのように、素っ頓狂な返しをし、ニヤニヤ笑っている。
まぁいきなりこんなことを言われたら返答に困ってしまうだろう、街の中ならば。しかし、ここは霊能を
この福禄谷探偵事務所は、普通の相談(探偵事務所への相談に普通があるのかはわからないが)は決して来ない。
現代の科学では解明できない悩みを持て余した人がわずかな希望にすがってやってくる。HPはあるのだが、どういうわけか、その手の相談者しか見つけられない場所だ。
「師匠、相談内容は読んだはずですよね?」
これ以上この狂った男に突き合わせるのは酷だと思い、私は相談者をフォローする。
私の名前は月夜田雫といい、とある縁でこの福禄谷探偵事務所を手伝っている。ある期間の記憶が無く、この男のそばにいれば探しているものが見つかりやすいからだ。
そして、不思議と依頼をこなしていると力がどんどん上がっている。力とは腕力ではなく、不可視の妖あやかしを感じる力であって、それは私の探しものには必要不可欠な能力だ。
「だって雫ちゃんさぁ、あんな事言われたらちょっと一言言いたくなるよね?」
私と依頼者は同時にため息をついた。
依頼人は 桜井
ハの字眉が自身のなさを表しているような細面で、薄化粧した姿は漫画の図書委員がそのまま大人になったような雰囲気があった。
大きな書店のパートで主婦、小学三年生の一人息子と大企業に勤める夫といった絵に描いたような平凡な家族だが、いつからか、夫がおかしくなっている、といった相談内容だ。
夫は 桜井
ここまで聞けば別段異常なことは感じない。誰しも急に変わることもあるし、何に影響を受けるかなんて他人にはまるでわからない。俊文の異常はこうである。
一人息子の
張本人である俊文は全く苦しそうでもなく、こちらの目を見たままじっとしている。異常に気付き優菜が口を閉じた時、夫の周りの空気は熱に歪み、真夏のアスファルトのように蜃気楼が見え、近づいた優菜の髪の切先がチリチリと音を立てて丸まった。驚いてゆっくりと夫に触ろうとすると、急激に温度が下がり、体温ほどになった時、夫は何かあるのか?といった表情で、こちらをみていた。
その時はびっくりはしたが少々現実離れしすぎており、見間違いか何かだと思い込んでいた。だがまた息子のことで話し合った時、夫の体温はみるみる上がっていった。
信頼できる人に冗談まじりで相談するうちに、近所のお婆さんからここに相談するといいと言われ、狐に摘まれたような気分のまま、気づいたら無料相談の申し込みを済ましてた。
『息子の進路の話をするときに限って、夫が触れないほど熱くなるんです。』
「触って火傷とかしました?」
『実際に触ってません、燃える炭のような熱気が来るので多分、、、触ったら火傷します。』
「ちなみに進路の話って、」
『私は中学から私立に入れたいんです。周りの環境が全然違うし、私自身も公立の中学で嫌な思いもたくさんしたし友達も息子のためにできることは全部やっといた方がいいよって言ってくれんです。そのために塾に入れたいって、小学三年生なんて遅いくらいって言われるんですよ?』
「僕は塾とか行ってないからわかんないですけど、、、そして旦那さんは反対なんですよね?」
『そうなんです!俺は公立高校だったけど、いい大学入れたし今の会社にも就職できた。今は理人の人間性を育てるためにカテゴライズされた中には入れない方がいいって、そればかり言って、私が反論するとまた熱くなるんです。昔は私の言うことなんでも聞いてくれたし、私がいいって言うならいいよって、優しいけど優柔不断で頼りなく感じてたけれど、ここまで頑固になるなんて、、、全くわかりません!』
「へえ、今の性格になるように望んだんじゃ」
『そりゃ少しはしっかりしてほしいって思いましたよ!子供が産まれてからもマイペースで全然変わらないし。でもこんなことなら昔の方が良かった。反論もせずダンマリで、ただ熱くなるって、本当に意味わかんない!』
「奥さんちょっと落ち着いてください。」
めっちゃ喋るなこいつ、熱くなってるのはどっちだよ。
影光は上手いことを考えついたと思い傍でじっとしている雫を見る。
雫はツーンとした表情で依頼者の首元くらいを見ている。
「奥さんが望んだ性格が行き過ぎてしまっているということですか?」
『私はあんな性格望んでません!』
やれやれ、入って来たときには焦燥した様子でおとなしそうだったが、今は口角に泡を溜める勢いで、会話を遮ってまでしゃべくり散らしている。
我の強さに気負わされ、雫も桜井優菜に若干の嫌悪感を持った。
「その症状っていつから出始めました?」
『初めて気づいたのは丁度半月前、息子の話で思いっきり熱くなったときです。それより前だと、あったかな、、そういえば三年前の秋に風邪を引いて熱がすごく上がったことがありましたけど、今みたいに熱くなることは、』
「師匠妖の目処ついてるんですか?」
「全くわからん!」
師匠こと福禄谷影光の目は新しいおもちゃを与えられた子供のように爛々と輝いていた。
〇 〇 〇
マシンガンのように話し終えた依頼人に呆れた様子の雫をよそに影光は心当たりがあるので一週間待ってほしいと桜井優菜に伝え、依頼人を帰した。
「師匠あの依頼受けるんですか?全く心当たりないってめずらしいのに。」
「雫ちゃん桜井さんのこと苦手でしょ?困ってるひとに頼られてるんだよ?無下にしちゃ可哀想じゃん。コーヒーちょうだい、熱々で!」
影光はパソコンで何かを調べながら答える。
「いいように言って、師匠が興味あるのは妖だけでしょうが。」
「変化の時代だよ〜雫ちゃんも桜井さんの旦那さんみたいに嫌なものにも興味を持たないと。」
「その旦那はだんまりしてるだけでしょ!」
今時の携帯電話会社のcmみたいなことを言う景光に雫は呆れ顔で呟いた。
景光は気が乗らないと依頼を引き受けない。
たまに、しっかりと妖の影響を感じる依頼人にも、魂が抜けたような顔で、
『疲れてるんでしょね。しっかり寝て忘れることが一番の薬ですよ。』
などと適当に追い返す。
雫には影光が依頼を受ける基準は全然わからないが、一度受けた依頼は必ず依頼人が望んだ形にやり遂げる。ただたまに人間と妖、どちらの味方か分からない時がある。そんな時雫は少しだけ影光のことを恐ろしいと感じる時があった。
おそらく怪異という難問が大好きで、その影響を受ける人間の観察が楽しいのだろう。まるで宝の地図を手にした子供みたいだ。
「雫ちゃん、僕後でちょっと出かけるね。」
「どこ行くんですか?」
「バー」
ご馳走の匂いがする。
「私も行きます。」
「かまわないよ。」
〇 〇 〇
夜の7時、京都の繁華街である木屋町は少しずつ熱を帯びる時間帯だ。師走が近づき冷え込みを加速させる京都はどこかみんなソワソワして見える。
羽を伸ばしにきた観光客や、学生や仕事終わりの会社員が、今日は何かありそうだと思いながら少しずつ集まってくる。
「雫ちゃんめっちゃ食ったね!」
「まだ食べれますね。馬刺し頼めば良かった。」
影光に回転寿司を奢ってもらって雫は先ほどまでの胸のムカムカが消えたように満足げな表情だった。
景光は相変わらず茶と灰色の和装で初冬の高瀬川沿いを南から北上していた。キャッチの男たちが次々に話しかてくる。
『あ!影光さん!こんばんは、今日寄ってきますか?』
『影光さん!まだキープボトル残ってますよ!』
『影光さん、おっぱいどうっすか?』
雫は白い目で影光を見る。影光はなぜかヘコヘコしながらキャッチの波を抜けて雑居ビルの細い廊下に入り、また裏路地に出てはビルを通り抜け、ずんずん進んでいった。
そろそろ帰り道が覚えられなくなった雫は諦めて聞く。
「師匠、ここってあの時のとこ?」
「そうだよ。
七尾の事件依頼、久しぶりに来たがここは相変わらず風も音も無い。視界は少しセピアがかって、どこか懐かしいような雰囲気を感じる。
影光はその雑居ビルに向かってまっすぐ歩き、入り口の階段を降りていった。
物貰の店は客が一人もおらず、七尾さんの元彼の顔を持った物貰がカウンター越しに私たちを迎えた。
『影光さん!いらっしゃいませ。雫ちゃんもお久しぶり。』
人なつっこそうな顔で物貰は笑顔を見せた。
続く
福禄谷探偵事務所 牧場 流体 @liftdeidou
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