佐賀県:超古代都市吉野ヶ里
第24話 残酷、それでも
来たる来年に備える為、響は佐賀県の吉野ヶ里という場所に来ていた。これから幾度となく訪れ狩りをする場所であるが、【黒鉄武者】の修復とアップグレードをする上で必要な金属素材と深層への挑戦を行う為に必要な様々な素材を集めにきたのである。そしてもうひとつ、それは米を集めるということだ。吉野ヶ里ダンジョンは、吉野ヶ里遺跡と呼ばれる著名な遺跡と深く関わりがあるダンジョン。そしてその中では、【古来米】と呼ばれる米が手に入るのであるがこれがまた絶品なのである。という訳で響は今回、その【古来米】と持ち込んだ食材で、100パーセントダンジョン食材の『おにぎり』を作ろうと言うのである。
「……という訳で来たんだが」
響が呟くと、隣に立つ少女……ひかりに視線を向けた。
「大丈夫です。わたし達は別行動なので、余程のイレギュラーが無い限りは邪魔しません!」
「それはそうだ。……こっちは別に趣味ってだけじゃない、天武仙人からの正式な依頼でもあるんだから」
ひかりは現在ダンジョン配信を仕事にしており、最近は実績を買われて大手企業と契約したらしい。そして今回は、その事務所の企画で、配信者と事務所の職員数名で訪れているのだとか。そんなひかりとの再会は完全なる偶然で、響としては意外なことであった。
「でも見てください、ちょっとは強くなりましたよ!」
そう言って自慢げに力瘤を作るひかりを、響は鼻で笑う。
「精々Bランクに上がれるかどうかだろう。見れば分かる、成長はしてるが本当にちょっとだな」
「もうっ、そういうところはちゃんと褒めて下さいよ」
「はいはい、すいやせん。……だがまぁ、強くなるならゆっくりの方がいい」
「?」
首を傾げるひかりに、響は眉を顰めた。
「最近はその辺説明してないのか……?まぁいいか。冒険者の強さってのは、人外の強さだ。モンスターを倒して経験値を積んで強くなる。まるでゲームのような仕様だが、強くなるということはそれだけ人外に存在が置換されてゆくということだ。…………つまり」
「まさか、それまでの人間性を保てなくなると?」
「その通り。存在そのものが人間から人外へと変わってゆく。レベルが上がるたび、存在が1段階強い存在へと上書きされてゆく。……それだけじゃない。強くなるってのは強くなる過程で沢山の戦場を渡り歩くということ。モンスターや冒険者の死を見つめるということ。その中でどれだけ人間性を保てるか、それまでの価値観を保っていられるかってのは気をつけなければならないんだよ」
響の返答に、ひかりの目には恐れが浮かんだ。どうやら、その辺りの事情は何も知らなかったらしい。
「……じゃあ、響さんも?」
「そうだな。残ったのは精々、 " 僕 " という一人称くらいか。口調も随分と荒くなったし、人型を斬り殺すことに何の躊躇いもなくなった。Aランクになった時点でもうそのくらいにはなったんだ。……強くなるためには必要なことだった。けれど人格を考慮しながら鍛えるには時間が短すぎた。仲間や家族を守るためには、かつての弱さや甘さは捨てなければ救えない命もあったし、僕自身が殺されていただろう。だから後悔するつもりはないが、それでも惜しく思う時はある。だから、強くなるならゆっくりの方がまだ元人格から大きくは離れないしお勧めするよ」
「……なるほど。変わってしまった人格は、もう戻らないと?」
ひかりが深刻そうな表情で尋ねるが、響は笑みを浮かべた。
「そんなに深刻なことじゃない。戦場に立ち続ければ、ダンジョンでなくても価値観は歪むだろう。それが人間から人間の皮を被った人外へと変わってゆくだけだ。……ほら、Aランク以上は変人が多いって聞いたことはないかい?」
「確かにそうですね……。聞いたことはありますが」
「あれなんてまんまそれだよ。急激に存在が昇格することに精神が耐えかねて、価値観が色んな方向にぶっ飛んでしまうからだ。そして僕がこうして語っているように、大体の奴らは人格の変容を理解していてその上でやってるし、なんなら元々狂気を飼っていて成長に伴う人格の変容を自前の狂気で押さえ込んでいる変態も少なくない。……君がそんな変態街道を真っ直ぐ突き進むのかあるいは慎重に進むのかは知ったことじゃないがね」
「分かりました。……覚えておきます」
神妙な表情で頷くひかりに、響は笑みを浮かべる。
「ま、こう言った後で言うのもなんだけど、あまり気にし過ぎない方がいい。大人が社会に染まってゆくのが、何倍も過激になるようなものだ。冒険者なんて、ダンジョン攻略で人格ぶっ壊れた連中ばかりなんだし、変なぶつかり方しなければ変人同士上手くやれるよ。……と言うわけで、僕は先に行く。何かあれば連絡してくれ」
「はいっ!!」
知り合いとの再会を終えて、響は真っ直ぐダンジョンへと歩き出す。
(元々おかしな世界なんだ。ひかりとの再会ってことは、イレギュラーな事態は想定しないとな)
響は内心そう思う。知り合いとの再会、そして向かう先はダンジョン。物語ならば、何かしらのトラブルが起きるフラグというものだろう。
(【黒鉄武者】無しで、何処までやれるか……)
響はそう考えながら、一歩ダンジョンへと足を踏み入れ、瞬間的に刀を振るった。
◇
吉野ヶ里ダンジョン。そこは弥生時代の遺跡である吉野ヶ里遺跡のすぐそばに位置しているのだが、ダンジョンのモチーフは古代集落。人間たちが武器を持ち、人間同士で戦争を始めた時代の集落をモチーフとしたダンジョンは、相応の手強さを持っている。それがたった今響が弾き落とした物体だ。
「矢……。それも、鏃は金属製か」
響はそう呟くが、間髪入れずに矢が雨のように降り注ぐ。
「おおおっ!!」
対する響は、正面突破。【月光】を横薙ぎに振るうと魔力の斬撃が飛び出し、矢の雨を呑み込み爆発を起こす。瞬間、響は矢を放った人型モンスターが立つ櫓の柵に立っていた。
「ヒィッ!?」
男の人型が、悲鳴を上げて矢を番えるがあまりにも遅い。響が刀を一閃すると、男の首が血を噴き出しながらゴロリと転がり、すぐに体ごと消滅する。どれだけ人の姿を取っていようと、その点は人とモンスターの大きな違いだ。
「おのれぇっ!!」
仲間を殺され激昂し、別の男が剣を抜くが響の方が速い。素速い連撃が櫓に乗った男達を斬り捨て、血の雨を降らせる。そしてすぐに外へと躍り出ると、持ち込んだ手榴弾を3つ投擲。爆発が集まってきた人型を襲い、何人もの人型を爆散させる。
「成程。……なら仕方ない」
周囲に集まった人型を一瞥しそう呟くと、一閃。魔力の斬撃が広がり、人型達を切り捨てる。そして響は走ると、集落にある竪穴住居に潜り込んだ。
「……ひぃっ」
そんな響の耳に、か細い声が聞こえた。ジロリと視線を向けるとそこには、人間で言うところで20代前半くらいの女性型と、その妹らしき10代後半の女性型が身を縮こまらせていた。
「はぁ……」
響は、小さくため息を吐いた。こういう姿を見ると見逃してしまいそうになるが、ダンジョン内外の人間とモンスターが行っているのは生存競争である。殺さなければ外の人間が沢山殺される。そしてそれは、人型のダンジョンでも例外でないということは、何年も前に、何十ものダンジョンを使用して検証済みである。
「い、命だけは……」
「……人とモンスターは、根本的に相容れない。それにこんな状況で女子供だからと命の選別をするほど、僕は甘ったれてない。恨むなら僕達人間と、共存できないという結論を叩きつけたキミらの先祖を恨みなよ。君らにはその権利がある」
「……ゔッ!!」
そう言って、【月光】を振るう。まず、姉らしき女性型を肩口から斬り裂くと、血飛沫をあげ、うめき声を上げて倒れる。
「姉さん、姉さん!!」
涙混じりの声を上げながら未だ消えない死体を揺さぶる女性型に響は不快そうに表情を歪めると、刀を動かす。
「…………あ」
女性型が、呆然とした声を漏らす。視線を下げると、その胸元には刀が突き立てられていた。
「残念。そうやって同情を誘い、躊躇った敵を殺す。キミらに情が無いわけじゃあないが、僕ら冒険者や君たちモンスターといったダンジョンという戦場に毒された人間が、仲間を殺された時に反撃を考えない訳がない。……人型モンスターが良くやる手だよ。そして」
そう言うと、姉の方に再び刀を突き立てた。視線を向けると、死んだと思われていたその体は胸元に手を動かしている。
「なん……で…………」
「人型モンスターの常套手段、いわばイタチの最後っ屁って奴だ。死に際に普段以上の力を放てる人型の得意スキル。非戦闘員ぶっていても、戦闘手段を持っていることは知っている。そしてその最後っ屁を見破るなんて、新人でも出来てね。モンスターは死ねば消えるのがダンジョンのモンスター、それなのにいつまでも消えなきゃ、疑うのが自然ってヤツだよ。そして何より、僕はこれでもAランク。上層のモンスター如きにやられはしないよ。ほら、こんな風にね」
そう言って視線を動かすと、先ほど心臓を刺した妹の方が、剣を響に突き立てていた。もっとも、指先で止められていたが。
「そんな……」
「残念ながら、魔力も使ってないよ。キミら程度の剣は、素の肉体の硬さで対応可能だ」
「ごめんなさい……ねぇ、さん……」
そう呟いて妹が消え、次いで姉の体も消滅する。
「……これだから人型の非戦闘員ぶった奴は嫌なんだ。昔なら殺せなかった」
殺せなかったら人型モンスターの繁殖を見逃し、人類の脅威を増やすことに加担してしまうが、冒険者として染まり切れなかった頃の響ならば殺せなかっただろう。しかし今の響は、同じ型を何人も倒して既にある程度の慣れはある。
「命は平等にってのが僕の流儀だ。敵は殺す、食える物は食う、そこに人か人以外かは関係ないってね。……さて、諸君。どうする?」
そう言って響は、入り口から響に武器を向ける人型に視線を向ける。
「貴様……女で、しかも子供だぞ」
「何度も言わせるな。それに情けをかけて騙し討ちされた人間がどれだけ居ると思ってる。年間数十人は女子供に騙されて死んでるのに、今更騙されてやる阿呆が何処にいる。……それに、女子供が非戦闘員なら、武器持って僕を囲んでいるのは全員大人の男か?」
響は、人型の中に居る女性型へと目を向ける。人型の群れには、大人の男だけでなく女性型や人間で言う未成年くらいの種類も居る。
「野蛮な種族だ……。やはり貴様らは滅ぶべきだ」
「ウダウダ言うなよ、侵略者。ご立派に人権唱えたきゃ、せめて外の人間と共存する努力でもしてみろ」
「馬鹿なことを……。や」
集団のリーダーらしき男が声を上げた瞬間、そのリーダーを含めた10人程の男女が地を噴き出して崩れ落ちた。
「言っておくが。……冒険者もモンスターも、同じ命だからこそ同じ法則が適用されるんだ。それは弱肉強食、お前らみたいに弱い奴は、人でもモンスターでも死に方を選べない」
響はそう外の人型に向けて言いながら、竪穴住居の外へと歩き出す。外には無数の人型が住居を取り囲むように立って居て、響は小さく笑みを浮かべる。
「やめとけ。今の僕と戦えば、犬死にしか道はない」
「だとして、仲間の仇を見逃すは恥である。……せめて、共に散るだけだ」
古代の甲冑に身を包んだ男性型が響の忠告に返答し、人型はそれに呼応するように響を取り囲む。
「そうか。その意気や天晴れだが……」
瞬間。魔力の斬撃が人型の群れを薙ぎ払った。
「弱けりゃ、なんの意味もない」
ダンジョン旅行記 黒雲涼夜 @kurokumoryoya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ダンジョン旅行記の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます