第23話 宮崎県:日南ダンジョン〜エピローグ〜

「だァァァァァァ!!!!」

気合いの声と共に振るわれた【月光】が、【モアイ・ゴーレム】の硬い体をまるで豆腐のように切り裂いてゆく。戦い始めて既に6時間近く。所々で休憩は挟んだし、昼食休憩も取ってもらったが、それを抜いて尚これだけの時間を戦い続けていた。

「ほっほっほ」

天武仙人が体をブレさせれば岩石が砕けてレーザーが跳ね返される。この訓練が始まった時からずっと当たり前のように続けてきたことだ。しかし違うのは、この動きに僅かながらも響が着いていっているということ。下層産のゴーレムすらも、今の響ならば簡単に斬り捨てることが出来ていた。それはステータスの成長、もあるがその真なる理由は、それまでやってきた訓練による戦闘技術の向上だ。これまで響は、我流剣術の運用などの工夫はしてきたものの、その強さは実戦経験と【黒鉄武者】により底上げされたステータスによるゴリ押しだ。それが今回の実戦訓練によって、ある程度の技術が身につき始めている。それはまだまだ付け焼き刃かも知れないが、響は比較対象がおかしすぎるだけで世界でも上から数えた方が早いレベルの冒険者。現段階でもかなりの腕前に仕上がっては来ているので、完全に身につくのも時間の問題だ。

因みに、訓練中に一時ではあるものの、丸腰でモアイと対峙させられた時もあった。つまり肉弾戦によって、モアイを撃破するというものである。結論として、まだ弱過ぎて拳でモアイを叩き壊すことは不可能だったし、そもそも【黒鉄武者】無し、【月光】無し、魔法無し状態では、響はモアイに勝てなかった。仙人曰く技術は身につけれても、そもそと肉体スペックが足りていないのだとか。後はスキルの練度。肉弾戦経験が少ないあまり、肉弾戦で特に役立つスキルを持っていなかったり育っていなかったりしたのだ。例えば岳山人などは筋力は自前、そこに冒険者としての身体能力を加算し、更に身体強化など肉弾戦特化のスキルを育てている。肉弾戦メインというのは武器がない分余程強くないと防御に不安は出るが、育成の方向性が決まってくるので強化効率はとても良い。一方の響は魔法剣士。刀による接近戦をメインにする以上、刀を失った時の肉弾戦も想定しなければならないし、魔法による遠距離攻撃も出来なければならない。戦闘でこなせる役割は多いのだが、その分ひとつひとつの育成が雑になりがちなのが難点と言えるだろう。かつての響の場合は、【月光】による剣術と魔法に重点を置いてきて、更にその次に補助的スキルを優先的に育てた結果、肉弾戦に役立つスキルが後回しになっていたのである。というわけで死ぬ気で肉弾戦も鍛えたし、魔法によるモアイ撃退も訓練した(そちらは肉弾戦よりは上手く行った)今は地力強化の為に武器使用ありの状況で戦闘を行っていた。

「【フレイム・アロー】!」

響が叫ぶと響の指先からは炎の矢が放たれ、モアイの体を貫く。そして接近、【月光】がモアイの体を擦り抜けるように通り抜け、モアイの体が真っ二つに斬り裂かれた。

「さて、このくらいでいいじゃろ。今日の訓練は終了じゃ」

そんな時、仙人が終了と発した。

「…………ありがとう、ございました」

響が頭を下げると、仙人は笑って手を振る。

「いやいや、礼には及ばんよ。……さて、下層なら余計な情報も漏れんじゃろ。ここで、お主を鍛えた目的を話そう」

仙人の表情が、突如として真面目なものになる。

「……?」

「翌年夏、儂等Sランクを含む世界から選抜した討伐隊が九州に集まり、2つのダンジョン攻略を行う。その部隊に、戦力兼ダンジョン内での停泊に関して意見が欲しかったのじゃ。……まぁ、鍛えることに関しては、儂以外のSランクも毎日スカウトする者を尋ねてはしておるがな」

仙人の言葉に、響は思わず緊張で喉を鳴らす。

「成程。……つまり僕は、その討伐隊にスカウトされてるってことか。それは良い、喜んで参加しよう。だからこそ【黒鉄武者】の修復とアップグレードに関する素材を提供してくれたのか」

「ああ、そのことなんじゃが。更に素材を加える必要があるらしい故、後で話す素材を取りに行ってくれい」

仙人が何でもないかのように言うと、響はゲンナリとした表情を浮かべる。

「まぁ、元から覚悟はしてたけどよ。……面倒臭いな」

「そう言うな。どうせ佐賀で、しかも下層で適当に暴れれば沢山取れる」

仙人の言葉に、響はあからさまにホッとした表情を浮かべる。

「なんだ、なら良いか。……じゃあ、その討伐隊はどこに行くんだ?」

響の問いかけに、仙人は眉間に皺を寄せた。

「……そうじゃの。1カ所目は、本番ではなく演習じゃ。沖縄県豊見城市ダンジョン。通称は、【大珊瑚竜宮城】。下層の主モンスターである【キジンイトマキエイ】、通称『飛天王』に挑む」

【大珊瑚竜宮城】、それは沖縄県最難関のダンジョンだ。沖縄県豊見城市は元々、有名な水族館がある市である。そんな場所に生まれたそのダンジョンの内部は魚類モンスターが跋扈する世界で、深層のボスはジンベエザメの姿をしていることが確認されている。しかし今回挑むのは、下層最強の存在である『飛天王』。機動力、体力、攻撃力共に強力で、かつてあった討伐作戦に響も参加したのだが、Sランクが仙人含めて複数人いる状況でも倒し切れずに敗走した、苦い記憶があった。つまり、鍛えた後の響でさえ1人で勝つのは実質不可能なのである。かつて倒したアラヤマとは、まるで格が違う魚類モンスター。響は緊張で、拳を強く握った。

「……『飛天王』か。また厄介だが、それを前座扱いか」

「うむ。そして我らの本命は、その先にあるのじゃ」

響は、その言葉である程度を察した。下層ボスの更に先となれば、場所が何処であれその存在しかいないからである。

「…………深層。挑むんだな?」

「うむ。場所は鹿児島県、屋久島。通称は【宝樹界域神命浄土ほうじゅかいいきしんめいじょうど】。深層に生きる山神にして龍、【神樹龍アマツヤマノカミ】。それこそが我らが狙う最大のターゲットじゃ」

龍、ドラゴンというのは、この世界においてもとてつもない力を持つモンスターである。例えば中国の【黄金龍帝】は深層に住むにも関わらず上層の天候を操り雷を降らせ、北極に住む【アブソリュート・ドラゴン】はマグマすらも凍結させるブレスを吐く。アメリカの【メタルナイト・ドラゴン】など全身金属でミサイルなどの近代兵器をぶっ放して来るのである。そんなドラゴンの内、日本に生息するのは屋久島ダンジョンのみ。それこそが響達が挑む【神樹龍アマツヤマノカミ】。古代より続く日本のアミニズムを種に生まれた、山神としての性格を持つ龍だ。

「おい待て、よりにもよってそれかよ。とんでもない強敵じゃねぇか。……おい、まさか今回の作戦」

「その通り。……今回の作戦、Sランク冒険者を含めた世界中から集めた選りすぐりの最大戦力が、ここ日本に集結する。日本からは儂と、後はお主を含めて、儂が選抜した10名のAランク冒険者を討伐隊として参加させる」

「10名……ってことは、他国から沢山来るのか」

「うむ、これは国連案件なのでな。ひとつでも深層を攻略してしまえば、人類にとって大きな希望となる。これは世界を狂わせたダンジョンに対する、理不尽を押し付けた世界に対する、ちっぽけな人類による大きな反撃の一戦なのじゃよ」

「分かってる。僕としては参加に異論はない。もし全滅したら痛手どころの話じゃないが、やってみる価値はあると思う。……なら、僕は何をすれば良い?」

響は、そう返した。響にとってその一戦を拒否する理由など、何処にも無かったからである。

「まずは物資の調達じゃ。佐賀の吉野ヶ里ダンジョン下層から、大量の金属アイテムを持ち帰るのじゃ。【黒鉄武者】の為にもなるし、討伐隊の装備アップグレードの助けになる。それと、保存食の材料も出来るだけ納品を頼む。人間も増えるがケニアの【ワイルドキング】の他にも、ビーストテイマーが多数集まる故な。不参加組にも集めて貰ってはいるが、物資は沢山あって困るものではない」

ビーストテイマーというのは、ダンジョンのモンスターを使役するスキルを所持した魔法使いである。ケニアの【ワイルドキング】は、ビーストテイマーでありSランク冒険者だ。ダンジョンが誕生したばかりの頃に大きな被害を受けたこともあり冒険者不足のアフリカを守護する、アフリカ最強の冒険者である。テイムされたモンスターは所有者が魔力を与えるか餌を与えるかによって生命を維持できるが、魔力を餌にするとエネルギー効率が悪いのだ。本人達も食糧調達は頑張っている最中なのだろうが、それにしても周囲の手助けは必要であろう。

「了解した。穀物なら吉野ヶ里で手に入るだろう。それと、他でも色々探しておくよ」

「助かる。それから、その一環でもあるのじゃが、吉野ヶ里で【古の鉄】を30程集めてくれんか?【黒鉄武者】の強化修復に使う。ついでにもっと持ってきてくれたら、討伐隊に売ってくれると助かる。連絡先は渡しておくからの」

そう言って渡されたのは、2枚の名刺だ。ひとつは国連職員の名刺だ。彼は国連による討伐隊、その作戦本部のリーダーらしい。そしてもう1枚は、仙人の名刺であった。

「分かった。作戦本部に連絡して指示を仰げば良いんだな?」

「その通りじゃ。まぁ何かトラブルがあれば、儂に連絡してくれ」

「分かった、ありがたく使わせてもらう」

仙人に言われ、響は素直に頷き受け取った。

「……さ、そろそろ帰ろうかの」

仙人は、そう言うと響に背を向ける。

「了解」

響は短くそう返し、仙人の後を追って歩き始めた。


 夜。響は、自宅のベッドで自分の掌を見つめる。自分の体が自分のものでないかのように、強くなっていることが響の目にも分かった。それは小手先の技術という面でもあり、根本的な身体能力という面であり、使用するスキルの練度と種類という面でもある。それでも、響は仙人には勝てないだろう。仙人も、戦いの中で成長を続けているのは分かっている。差が少しずつ縮まっているというのも分かっている。だがそれでも、AランクとSランクの間にはそれだけの差があるのが現状だ。戦い続けてステータスを上げるだけな筈なのに、それが追いかけるのが馬鹿馬鹿しく思えてしまう程に遠いのだ。

「……勝てるのか?」

自問自答する。行く先に待つのは、天を翔ける巨大なマンタに山神だ。どちらも、単独で行けば【黒鉄武者】を使用したとて殺されるしかない相手。どちらかと言えば前衛型の響が、過去に成功例のない深層ボス、しかも龍にどれだけ通用するのかは分からない。


「いや、勝つ」

家族の顔、冒険者仲間の顔、ひかりの顔、警察や自衛隊の人たちの顔。沢山の顔が頭を過ぎる。それら今を生きる人々の心を動かす希望とするのが来年始まる作戦なのだ。勝てませんでしたでは済まされない。だからこそ、足りないのは地力だ。身についた技術を定着させるのも大事だし、そもそもの戦闘力がまだ足りない。もっと強くなると、響は決意を胸に目を閉じた。

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