第22話 もっと強くなるために
中層に入っても、響は手持ち無沙汰なままに草原を駆け抜ける。目の前に立ちはだかる【モアイ・ゴーレム】を天武仙人が一瞬にして悉くを蹴散らしてしまうので、戦闘に介入する余地がなかったのである。
「……速いなぁ、糞ッ!」
あまりの力の差に、響は思わず吐き捨てるように叫んだ。
「経験は多ければ多いほど良いが、かと言って弱すぎる者に時間を掛ければそれは即ち無駄、よって削るならばこの時間を削るべしっとな。ほっほっほ」
笑いながら言い、体がブレるとすぐにモアイの一団が弾け飛ぶ。
「中層モンスターじゃあ経験値足りないからなァッ……!」
中層モンスターはAランクにもなると弱い部類に入ってくる。だからそこを飛ばして、魔力を温存した状態で下層に挑もうというのだが、目の前を駆け抜ける仙人がこれまた速い。Aランクにもなれば国によっては最強を名乗れるものだ。しかしこうしてAランクの響が必死に走らなければ追いつけないというのは、まるで少年漫画の終盤に起こるパワーインフレのような光景である。
そして特に描写も必要ない程あっという間に、2人は下層へと到達した。目の前には、【モアイ・ゴーレム】。
「さあ、行け」
仙人の言葉に反応し、響は飛び出した。構えた【月光】には魔力を纏わせず、しかし真っ直ぐにモアイの首を狙う。
(『魔力吸収』……!)
刀が首に触れたのを確認して『魔力吸収』を発動、魔力が自身の体の中に入ってくる感覚を覚える。
「…………ッ!?」
しかし、その一閃は弾かれた。体勢が崩れた響を狙いレーザービームが放たれるが、仙人が横からレーザーに蹴りを入れ、レーザーは明後日の方向に着弾して爆発を起こす。そしてそのまま仙人はモアイに突進、手刀でモアイの体を真っ二つに斬り裂いた。
「それで、反省点は?」
「吸収魔力が少ない……、そもそも『魔力吸収』の練度が低いんだ。それに、纏わせるのが遅かった、だから強化が間に合わなかったんだ」
「正解、しかしあと一つ足らんの」
そう言われて先程の戦闘を思い返せば、思い浮かぶ節があった。
「失敗した時に崩れた。……一撃に集中しすぎて、他が疎かになった証拠だ」
そこまで言うと、仙人は笑みを浮かべる。
「そのとーり!では、儂は加減しつつ手伝うから、お主は兎に角奴らを斬ってみよ。大丈夫、変な我流剣術なんぞに頼らなくなっている辺り、お主は確かに成長が見られる。この業とて直ぐにできるじゃろ」
その指示に響は、ヤケクソ気味な叫びを上げる。
「……ああ、やってやるよこの野郎!!」
我流剣術を変呼ばわりされて怒った訳ではない。決して。
◇
【モアイ・ゴーレム】の放ったレーザーが草原を焼く。それを掻い潜った仙人が懐に入り掌底を放つと、モアイの巨体が後ろに退がる。
「《石を穿つは雨垂れの槍、敵を穿つは激流の槍》……流撃槍!!!!」
響の叫びと共に放たれた水流の槍がモアイのレーザー発射口に激突、石の体が一部砕け散る。
「ほっ……、よっ……!」
そこに仙人が追撃、まるで指圧マッサージのように親指を立てるとその体がブレ、モアイの胴体に幾つもの衝撃が走った。
「はぁぁぁぁ!!!!」
そして入れ替わるように突進した響が斬撃をぶつけて『魔力吸収』、『魔鎧』によって強化を施そうとするが僅かにタイミングが遅れ、響はモアイの体を蹴って後退。その間に魔力を斬撃に纏わせて放ち、モアイの体を縦真っ二つに斬り裂いた。
「次……!」
「おう!アイス・ニードル!!」
仙人の指示で響は氷の槍を飛ばしてモアイにぶつける。
「ゆくぞい……っとな」
軽い調子でモアイに接近した仙人の蹴りがモアイの顎を砕く。岩の破片が飛び散り、モアイが大きく仰け反った。
「…………ふっ!!!!」
そこに突っ込んだ響が再び斬撃に入るが、今度は『魔鎧』を意識しすぎて魔力吸収に失敗、刀を弾かれるがすぐに立ち直り魔力を吸収すると、刀に魔力を纏わせて乱撃を放ち、モアイを切り刻む。
「そーれっ」
仙人の蹴りがモアイの顔面に当たってのけぞらせると、続いて迫った響の斬撃がモアイを横に真っ二つにした。
「……ダメだっ、また吸収遅れてただの『魔鎧』だ!」
「もう一回!!」
続くモアイに仙人が蹴りを入れ、響が魔法で体力を削りつつも接近する。
「………………集中ッ!」
魔力の流れと精神の流れを凪いだ海のように落ち着けて。瞬間に放つ斬撃には、失敗すれは死ぬという背水の陣の覚悟を載せて。
(もっと強く……そしてもっと速く、一撃を叩き込め)
響の集中
「撃て!!」
その言葉が聞こえた瞬間にスキルを、モアイに触れた瞬間ほぼ同時に発動した。まさに職人技ともいえる僅かなズレが、触れるまでは魔力を纏っていなかった刀によって、モアイの体をまるで豆腐のように斬り裂いた。
「…………ッ!」
瞬間、それが成功であるという確信を抱き仙人を見る。そしてそれを見た仙人は、よくやったと言わんばかりに親指を立てた。
最初の成功から昼食を挟んで1時間。朝早くから始めた訓練だったが、早くも上達していた。現状の成功率は10回中8回。1度目の成功でコツを掴んだ響ではあったが、まだまだ成功率はそれほどだ。とは言っても下層での大量討伐というのは流石に経験値の蓄積も多く、冒険者としての能力はかなり底上げされている。
「さて、……流石にこのくらいで出来るか。いや、出来んと困るの。……では次に行こうか。まだ課題はあるからの」
そう言った仙人は、新たな課題を示唆した。
「……魔法の増強とか?僕は一応、ポジションとしては魔法剣士だからな。剣で強くなっても、魔法が貧弱だと意味がない」
「いいや?……まぁ、儂としては見てやりたいが、儂よりも適任がおる」
「僕に教えるとなればAランクかSランクの魔法使いだが、Sを呼び出すのはキツいだろうしな。……Aランクの誰かか?」
「Sランクが理想じゃがのー。まぁ、その通りじゃな。魔法に詳しければ、先程の応用で魔法を刀に纏わせる練習をさせておったわ。儂がしたいのはそれでなく、カウンターじゃ」
そう言ってスタスタとモアイに近づくと、モアイはレーザーを放つ。
「……ッ!」
響は息を呑むが、仙人はただ黙って掌を手刀の形にした。
「はぁっ!!」
そして気合いの声と共に一閃、弾き返されたレーザーは放たれた時よりも更に加速して迸り、モアイの頭を焼いた。そしてすかさず突っ込んで飛び蹴りを放てば、モアイの頭部が砕け散った。
「……今のは」
「見えたかの?」
仙人の質問に、響は頷く。
「まず、今の手刀は、僕が刀を使っているからこそのもの。手刀であることに絶対性はない。……そしてやっていたのは攻撃の反射、ではなく正確には軌道の変更だろう。魔力をぶつけて相殺するんじゃなくて、既に放たれた攻撃に対して自身の魔力を溶け込ませることで支配権を奪取した。……この時点でもうおかしいんだが、支配権を奪取したレーザーの軌道をモアイに向けさせて、自分の手刀に魔力を纏わせ一閃。するとまるで弾き返されたようにレーザーは飛び、手刀で勢いよく押し出すことで速度が上昇するといった具合だな。それに、手刀が触れた時に魔力を流し込んでレーザーの威力を高めてる。ただのカウンターじゃない、倍返しを基本とする攻撃技だ」
「そうじゃそうじゃ、そこまで見えてたのなら話は早いの」
「な訳あるか、どんだけ意味不明なことやってやがる。Aランクだって、人間視点では十分すぎるバケモンだ。そんなのが苦労しなきゃ出来ないことを、苦労しても簡単には出来ないことを、なんでアンタはあっさり出来ちまうんだよ……」
響が表情を引き攣らせて反論するが、仙人は笑ってシャドーボクシングのような動きを見せる。
「ほれっ、こうしてな。まぁ実践じゃよ。兎に角、戦う。モンスター相手の練習を繰り返す。……儂のように、強力な護衛でもいないと下層を活用した効率的戦闘法は身につき辛い。普通は身につく前に死ぬし、その段階に行きつく人間にとっては上層や中層なぞレベルが低すぎて技術無しでも突破できてしまうのじゃからな」
「実戦、なぁ……。それで簡単にいけば楽なんだが」
実際には実戦によって能力を向上をさせるだけでなく、感覚を掴むなどの成長がなければ成功は出来ない。それが出来るからSランクなのだろうが、出来なかったから響が今Aランク止まりなのも事実である。
「まぁまぁ、ほれ。行ってこい」
そう笑って仙人は、響をモアイの前に押し出した。忽ち、モアイのセンサーが反応してレーザーの準備に取り掛かる。
「くっそぉ……。やるよ、やるけどさ……。死んだら恨むぞ、この野郎ォォォォ!!!!」
レーザーが放出され、響は光に向かって【月光】を振るう。刀とレーザーが激突し、打ち勝ったのは響の刀。しかしレーザーはあらぬ方向へと飛んでゆき、通常のレーザーよりも大きな爆発を起こした。失敗だ。
「ほうほう、筋はいい。魔力でレーザーを強化するまでは良かったが、軌道操作やそもそもの跳ね返しで失敗したの」
「見れば分かる……くそっ」
響が苦々しい表情で吐き捨てるのを見ながら仙人は拳を振るった。すると拳から放たれた衝撃波がモアイを攻撃し、モアイは仙人を敵として認識する。
「さぁ、次じゃ。行ってこい」
「……分かってる」
仙人が響に指示を出すと、響はモアイと響の間に立つ。
「ふむ、ちょいと減らしておくわい」
仙人が辺りのモアイを見渡して呟くと、その体がぶれた。そして次の瞬間、響と対峙しているモアイの傍にいたモアイの顔面を蹴り砕き、モアイはその巨体を横たえる。そしてすぐに跳躍、1メートルほど後方にたたずむ2体を続け様に殴り爆散させた。その領域は、響にとってもまだ遠い領域。だが。
「見せつけやがって……。悔しいが、乗せられてやる」
目の前で、レーザーが輝きを放つ。
「……こんなあからさまな焚き付けで燃えるのが、男の性ってやつなんだよ!!」
レーザーが放たれた。瞬間、響の振るった【月光】と激突する。拮抗は刹那、しかし響の感覚ではそれがスローモーションにすら感じられた。跳ね返されるレーザー、響の掌から吹き飛び、地面に突き刺さる【月光】。そして強化されて跳ね返されたレーザーに焼かれて、ゆっくりと倒れるモアイ。
「見事」
先程までやっていた、魔力吸収と自己強化の合わせ技をできたからこその瞬間的な魔力操作の成功であった。先程苦労したからこそ、あまりテイクを重ねずに済んだのだ。それはまさに、響が短時間で積み上げた努力の証。それと同時に、チャレンジできる土台にたどり着けるだけの長い戦いと努力の証だ。仙人は満足げに頷き手を翳すと、地面に突き刺さった【月光】はひとりでに動き出して仙人の手の内に収まる。
「……いやまて、なにやってんだ?」
響の困惑に仙人は笑う。まだまだ、修行は必要らしい、と。
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