宮崎県:偽典・モアイ大要塞
第21話 そのジジイ、日本最強
【黒鉄武者】の破壊というのは、響にとっては致命的であった。ステータスだけならSランクに近づけるまで上昇させるアイテムがそう簡単に手に入る訳もないのだが、製作者に修理と、出来ればのグレードアップをお願いしたところ、材料が貴重品すぎて随分と時間が掛かるらしい。しかも、現状の力で下層に乗り込んでも、多少は戦えても有効打が無く殺されるだけなのは自明の理。そんな訳で響は阿蘇ダンジョンから帰還し1ヶ月ほどを近場の上層で軽い狩りを行う程度しか出来ない暇人がそこにいた。
「……んだが」
響は、変な物を見るような目で眼前で笑う老人を見る。老人は枯れ枝のように細い体で白い髭を蓄え、頭は既に髪を失い輝いていた。更に服装もまた奇妙で、上はタンクトップ、下にはジャージのズボンという、見るからに不審者な格好である。そんな男が自宅に尋ねてきたものだから、家族は距離を置いて2人の様子を伺っていた。
「ふぉっふぉっふぉっ」
老人はその光景に笑い声を上げ、響は不機嫌そうに眉を顰めた。
「…………わざわざ自宅まで押し掛けて、一体何の用だ。日本唯一のSランクだって暇じゃないだろ」
「ふぉっふぉっ、相変わらず青い癖に一丁前に吠えよるわ。折角良い提案をしてやろうと思うたのにの」
響の苛立ちが愉快とでもいうように笑う老人。この男こそが世界で7人、そして日本でたった1人のSランク冒険者。その本名は不明だが、冒険者達からは天武仙人と呼ばれてる。
「……良い提案?」
「ウム。丁度宮崎の方から連絡が来ての。良い機会故に、【黒鉄武者】頼りだったお主を鍛え上げ、真の意味でのSランクに近づけてやろうと思うたのじゃ」
仙人の指摘は、間違いであると響は言えなかった。
「知ってたのか?」
「そうじゃな」
知らない内に、面倒ごとを持ってくる男が【黒鉄武者】の破損を知ってやってきたというのは、なんとも嫌な話である。
「そりゃまぁ、鍛えてくれるならありがたいけどさ……。そうまでして僕を鍛えるってことは、何かあるのか?」
「それはまず強くなってからじゃな。変に気負わせて潰しては後に響く」
響の疑問に、仙人はそうはぐらかした。それはつまり、響を鍛えることになんらかの重大な意味があるということ。
「……つまり、取り敢えずで強くなればいいんだな?」
「ウム、それで他のAランク共の所も回って稽古を付けておる。【黒鉄武者】のアップグレードに必要な素材も提供しておいた」
天武仙人の言葉に、響は冷や汗を流して頬を引き攣らせる。目の前の老人は、普段はこのような親切をするような人間ではない。鍛錬と称して人を下層に叩き込んで死ぬ寸前まで戦わせたり、自らに課された討伐任務を人に放り投げたり、連絡も付かない状態で世界中を徘徊していたりと、自由かつ適当な男なのだ。その男が、誰かを助ける。それはつまり、余程大きな事案が迫っているということだった。
「……素材は、ありがとうございます」
「ほう、しおらしいの」
「そこまでして貰って態度変えないほど恥知らずじゃありませんよ。……それから、僕を鍛えてください。お願いします」
響は、そう言って頭を下げる。目の前の老人は響にとって人格こそ好ましくないが、それでも一級品の戦力。そして何かしら力が必要な事案が差し迫っている以上、意地を張っても仕方がない。だから、響は恥を捨て、プライドを捨て、嫌悪を捨て、頭を下げた。更に強くなるために。
「……そう来るか、やはりお主は良い。プライドよりも向上を取る姿勢、それは強くなる上で大前提となる。よかろう、儂がお主を強くする。じゃから、儂らと共に任務に向かってもらうぞ」
天武仙人は、響の姿に機嫌良さげな笑みを浮かべてそう言った。任務という言葉に響は頷いた。
「成程、宮崎からの連絡って言ってましたね」
「いつも通りで構わんよ。……うむ、敵の大量討伐じゃ。お主のレベルとスキル、そして技術を鍛えると共に、経験を蓄積させる」
「……んじゃあお言葉に甘えて。なら、どのダンジョンに行くんだ?モンスターの大量発生なんて最近沖縄のダンジョンであってるくらいしか知らないが」
響に尋ねられ、天武仙人は豊かな顎髭を撫でた。
「まだ大事にできるレベルでない、なりかけの状態故な。場所は宮崎の日南市」
「おい、まさかモアイ擬きか?」
天武仙人の言った場所にあるダンジョンに、響は嫌そうな顔をする。日南ダンジョンは通称、『偽典モアイ大要塞』という名称が付けられている。これは日南市にイースター島をモチーフにモアイ像が建てられたことに由来するのだが、本家程ではないにしろ、中々硬くて厄介なのである。
「防御を貫く剣は、お主も欲しかろう?それに、高千穂に挑むよりはまだマシじゃろうしな」
「………………そうだな」
響は、苦い顔をして頷いた。厄介な分経験値は入るし、防御を貫く技術を手に入れれば大きな成長が見込める。ちなみに高千穂など、宮崎県には日本神話由来の土地が幾つかあるため、その近くにあるダンジョンは難易度がとても高い。それよりは、鈍くて硬いモアイ擬きを相手にする方が、響的にはとても楽だった、
「そういう訳で、早速行くぞい」
そう言った素早く立ち上がった天武仙人に引き摺られる形で、響の新たな戦いは幕を開けるのであった。
◇
宮崎県。食としてはマンゴーやチキン南蛮が有名であるが、この日はそれどころではなかった。Sランク同伴による日帰りの特訓だ。
「……キャンプなら、幾らでもテンション上がったんだがなぁ。わかっていても、どうしても上がんねぇ」
「ほっほっほ、そう言うな。キャンプの腕を借りる時がまた来る故な」
天武仙人の言い分に、響は冷たい目線を向ける。
「変に匂わせるなよ……。なんかあるのは察してるけどよ。それにしても泊まりがけか……」
Sランク同伴かつ泊まりがけの作戦を匂わされ、響としては身震いがする。
(またその内遺書でも書いとくか……)
死ぬつもりは毛頭ないが、大規模作戦で死者が出るなど珍しいことでもない。遺書の用意はしておくべきだろうと考えるが、それを見透かしたように天武仙人は響の脛を蹴る。
「…いってぇ!?なにすんだジジイ!!」
「馬鹿モン、死ぬことを勘定に入れておるからお主はいつまでたってもAランクなのじゃ。死ぬ覚悟は時に必要じゃが、必ず勝つという蛮勇と使い分けられねば死に場所を選べんぞ」
「…………分かってる」
天武仙人に叱られ、響は目を逸らしながらも不貞腐れた様子で答える。それを見た仙人は、愉快そうに笑みを浮かべた。
日南ダンジョン。その入り口から入ればそこは、広々とした草原であった。それだけ言えば阿蘇ダンジョンと同じかもしれないが、分かりやすく植生が違う。日南ダンジョンの草原は背が低く、それこそサッカーコートの芝生というレベルの薄い草が生い茂っている。そしてこのダンジョン最大の特徴である、モンスター。目の前には、溢れんばかりの石の怪物が動き回っていた。それこそが今回の目的である【モアイ・ゴーレム】。しかしここの【モアイ・ゴーレム】は偽物。本来のイースター島ダンジョンの【モアイ・ゴーレム】と比較すれば強度は低いし攻撃の威力も大したことはない。とはいえ、弱い冒険者からすれば脅威そのものであるため、初心者は殆ど訪れない、そんなダンジョンとなっている。
「……それでは、始めようかの。とはいってもこれから下層に向かうのじゃが」
「ああ、やっぱり」
「じゃがその前に、コツだけは上層の雑魚で掴んで貰おうかの。ほれ、こんなふうに」
そう言った仙人を一体の【モアイ・ゴーレム】が放ったレーザーが襲い、しかし仙人がハエを叩くくらいの感覚で手を振るうと、レーザーは地に叩き落とされる。掌からは煙が出るが、全くの無傷である。
「……魔力の圧縮と纏いの技術。ユニークスキル無しでSランクに上がり、武術の仙人とまで呼ばれるだけのことはある」
「ほっほっほ……ほれっ」
響が呟くが、それに仙人はただ愉快そうに笑って瞬きの間に【モアイ・ゴーレム】の胴体に人差し指で軽く突つけば、ダンジョン産岩石で出来ているはずのその強靭な体が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
「……は?」
響は、思わず困惑の声を漏らす。
「どうした?やれんのか?」
仙人は、響にそれが出来ないことが分かっていながら挑発を行い、響の額に青筋が走った。
「出来ねぇですよ、そんなことォ……!だから鍛えてくれるんじゃないんスかぁ!?」
響は、そこそこに短気であった。
「じゃあ、原理は分かるかの?」
仙人の質問に、響は頭脳を巡らせる。
「なんてこともない、通常スキルの『魔力吸収』と『
響が苦々しい表情で分析すると、仙人は首肯する。
「そう。流石にAランク、この程度は見極められんと駄目じゃわい。……さて、お主もやってみよ。その刀でな」
そう言われて響は、新たな【モアイ・ゴーレム】の前に立つ。
(『魔力吸収』に『魔鎧』の瞬間的な切り替え……。できるか……?いや、やってみせる!)
「……ふっ!」
響は、鋭い呼吸音と共に【月光】を振り抜いた。鋭い斬撃が硬い岩の体をまるで豆腐のように斬り裂く。
「どうだと思うかね?」
「失敗だ。強化がズレて結局自分の魔力で斬ってる!」
仙人に尋ねられた響は、怒鳴るように言い返し、仙人はその返答に頷いた。
「……では、ここから修行じゃ。下層に赴いて儂と共に多くのモアイを倒すことで経験値を溜め、基礎的な戦闘力を底上げする。そうすることで、お主の強さは何倍にも膨れ上がり、超速の斬撃に体が追いつくようになるじゃろうな」
「成程、分かった」
仙人の言葉に響はアッサリと頷き、刀を構えた。まずは、下層に行くためにも目の前の【モアイ・ゴーレム】を倒して道を切り開かねばならないのだ。
「要らん要らん、温存しとけい。……邪魔じゃよ」
それを制しながら前に歩き出した仙人が両手を張り手のように構えた瞬間、その両腕がブレた。そして目の前に迫っていた数十体もの【モアイ・ゴーレム】が。ひとつ残らず粉々になって吐き散らされた。
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