第53話

 ……四年後。


「ミロク、鞄は持ったの? こんな大事な日に何やってんだい!」


「分かってるよ、母さん」


 僕は、急いで家を飛び出した。


 こんな感じで家を飛び出すなんて四年前のあの日以来だなあ……。


「あっ、そうだった!」


 僕は宗泉寺に寄った。


 僕はもう馴染みとなった仏像の前に座る。


「最後に言いたいことがあって来ました」


 仏像が光った様な気がした。


「僕は生まれてから、自分だけが不幸な人間だと思って生きて来ました。でも、そうではなかったのですね。人はみんな生きている。大なり小なり苦しみを抱えて生きているんですね」


 ……。


「このことを教えてくださり、ありがとうございます。僕はこの世に生まれてきて良かった。今は心からそう思います。だから、僕をこの世に遣わしてくださったことのお礼を今、言います」


「ありがとうございます」


「最後にお願いがあります」


「子供の……名付け親になってくれませんか?」


 ……。


 僕はタクシーに大急ぎで乗りこみ、病院! とりあえず病院行って! と運転手に叫んでいた。


 タクシーの運転手は事の状況に理解をしたのか……わかりました!! と行ってドアを閉め、猛スピードで向かってくれた。


「あ、安全運転でよろしく」


 キキーッ。


「着きましたよ、お客さん」


「ありがとう! 釣りはいらない! 取っておいて!」


 そう言って僕は財布から一万円を取り出しポンと置いて、すぐに外に出た。


「お兄さん! 頑張るんだよ!」


 僕は病院に駆け込み、千佳の分娩室へと向かう。


「千佳!」


「あなた」


 オギャー! オギャー! オギャー!


「赤ちゃんに名前を付けてあげないといけないの。どうしようミロク……」


「それならもう決めてあるんだ」


音夢おとむという名前にしよう」


 ……観音様、そして夢の世界に感謝します。


「それで、いいかい? チカ」


「はい、あなた」


 僕はその日、父親となった。


 僕はしばらく千佳に付き添い、話を聞いてあげた。


 それから……。


 そうして、僕と千佳の生活が始まった。


「音夢ーパパだよー。こっち向いてくれよー」


「ダァー、ダァー」


「ミロクはあれだな、女たらしなところは全く変わってないんだな」


「ビェー」


「ほら、不安になっちゃったね。よしよし」


「どういう意味だよ……」


「まぁ、こんなパパでも良いところはあるんだよ? たとえば、私を大切にしてくれる所とか!」


「ダァー」


「うんうん」


 そうして僕らは新しい日々を過ごしていく。


 お釈迦様と観音様に感謝をして。


 ありがとうございました。


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弥勒物語 すふにん @suhuni1225

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