第28話 鉱物系の魔王


 魔王の間に明かりが灯る! 

 広い!


 距離を置いて、魔王が!


 金属の大きな馬に跨がった、金属製完全鎧がランスを構え、助走体勢に入っていた!

 馬と騎士。二つの魔獣。ケンタウロスのように2者は結合していない。どっちが本体だ?


 ガツッ!


 金属馬が地を蹴る音。

 下は硬く締まった土。良馬場だ!

 クロは馬上の騎士めがけ、鉞を投擲! 同時に右へ走る。距離を縮め、騎馬がトップスピードに乗る前に接敵するため。そして、槍の死角に入るため。


 ドガガッ!


 一気に全力疾走に入る魔王。

 鉄馬は巨体。足は太く、前面は臑から関節までレッグガードに守られている。首から胸元までの前面装甲は、まるで盾。

 投擲した鉞が高速回転で馬上の騎士に迫る! 狙いは騎士の首。騎士は状態を少し傾げるだけで軽くかわした。


 ガガッ! ドガガッ!


 重厚な金属鎧を纏った騎士。

 こちらも関節に隙間が無い。構えた馬上槍も実戦的な物。よく見かける、細長い円錐の形に鍔を取り付けたモノではなく、全長2メートルを超える太い槍だ。

 槍を構え金属の馬に跨がった金属の鎧が、クロに突撃する。


 仮に……クロが魔王の突撃をあるタイミングでうまく躱したとする。そのタイミングにより、魔王が、魔王の間から外へ飛び出してしまったら?

 魔王は、魔王の間より外へ出ない。攻略者が逃げ出しても、魔王は後を追わない。魔王が自らに課せた法らしい。それを利用して魔王を討伐する方法は常套手段だ。多少のペナルティが発生するが。


 仮設定のように、突発事故で魔王が飛び出した場合。大変なことになる。

 自分の意思以外で外へ飛び出したのだ。自らに課せた法は消滅する。魔王は魔界で活動できるようになる。

 さらに外界、即ち魔宮の外へ飛び出す。過去、何例か外へ出た魔王が存在した。幸いにも、全て討ち取ることが出来た。多大な犠牲を伴ったが。

 クロは魔王をこの場から外へ出すつもりはない。チョコがいる魔王の門の外へ逃がすつもりは無いと言い換えてよい。


 して――


 魔王の全身は金属である。超重量級。その質量体が、加速しつつクロに迫る!

 クロも間を詰めるため走る! 戦斧を両手で構え、騎士の目に相当する隙間を睨む! あと数歩で、騎士の槍の間合いに入る!

 その時っ!


 ガコン!


 鉄馬が左後ろ足を踏み外した!


 Uターンした鉞が、鉄馬の左後ろ足の臑を直撃し、足を掬ったのだ。

 いわゆる膝カックン。

 この部分、後ろ足の後部なので、鎧による強化はされていない。


 思いっきりバランスを崩した鉄馬は、勢いの付いたまま横倒しになる。体勢もクソも無くなった騎士は、それでも槍をクロに突き出した。

 速い突きだ。自身の防御を考えてないから繰り出せる、必殺の突きだった。

 クロはそれを戦斧で受け流していた。どんなに上手な突きであろうと、クロ相手に崩れた体制からの攻撃は通じない。

 落下していく騎士の未来予想点に向かい跳躍中。蹴りを繰り出す最中に、邪魔な槍を弾いただけ。

 クロの踵が騎士の喉部にヒット。騎士が戦馬から離れた。


「仮説は正解か?」

 ここの魔王にとって、鉞のリモコン攻撃は初見であった。


 クロの仮説その1。

 魔王は魔界における攻略者の戦闘スタイルを何らかの方法で観察している。根拠は、前回の猿魔界の魔王猿。まるで、クロの鉞戦法を知っていたような初撃だった。

 クロにはそれが驚きだった。一方、騎士はクロの鉞戦法を知らなかったような反応を見せた。

 この仮説を立証するには数多くの実例が必要だ。今回はその1回目に過ぎないが、いまのところ仮説を補強する材料である。


 そして、予想外の案件。


「騎士が重い!」

 騎士の喉に跳び蹴りを当てたが、はじかれたのはクロの方。質量差だ。


 地響きを立て騎士が落下。床を揺らす。

 張りぼてではない。中身が詰まった金属塊だ。

「これ、戦斧の攻撃が通じるか?」

 重量級の斧だったら、なんとか戦えるだろう。剣だったらどうしようもなかった。


 騎士が起きあがる前に叩きつぶそうと、戦斧を大上段に構える。鍬や鋤で大地を耕すイメージ!

 渾身の力を込めて振り下ろす。しびれる手応え。やっぱり仲間で金属が詰まっている。

 ところが、騎士が動かない。死んだように全身から力を抜いたまま。


「お姉ーちゃん、うしろ!」

 チョコの叫び声。

「はっ!」

 反射的に横っ飛び!


 クロがいた地点に、巨大な蹄が振り下ろされ、土煙が上がっていた。

 魔界だからと精度の悪い遠隔感知力場を切っていた。

 慢心だ。

 チョコに感謝だ。

 さらに一歩退いた。クロの足下に蹄が叩き込まれる。


 戦馬が魔王の本体!

 すると、背に乗せていた騎士は操り人形か。


 戦馬=魔王の右方向へ回り込みながら、戦斧を構え直す。金属塊である魔王相手に、どう攻めようかと考える。どうせ張りぼてだからと高をくくっていた。失策だ。

 魔王は盛んに蹄で床を掻き、どうしてくれようとクロを睨んでいる。そう、目の部分に赤い光が灯っているのだ。


 このまま睨み合いが続くと思われたが、魔王が動いた。その重量に見合わぬ俊敏さを発揮し、クロに飛びかかってきた。

 いくら俊敏といえど、所詮はヘビー級。クロの運動能力を上回る速度ではない。

 蹄による攻撃をかいくぐり、後ろ脚と前脚が交差して見える位置より、戦斧を突き出した。足を絡ませて転倒させようとしたのだ。ケンタウロスに有効な攻撃だった。


 うまく足と足の間に戦斧を突き出せたのだが――


 バキリと大きな音を立て折れたのは戦斧の柄の方だった。

 腐ってもヘビー級。太くて重い金属製の足が、木の棒に負けるはずがない。


「うわぁぁ!」

 戦斧の頭部分が有らぬ方向へ飛んでいった。クロが手にしているのは短くなった檜の棒だ。

 魔王はゆっくりと振り返る。その顔はクロを見下すようだ。


 ――そんなナマクラでこの俺が斬れると思うてか?――


「うわぁあ、腹立つ! しかたない……」

 クロはヒョイと手を上げる。高速回転しながら辺りを周回していた鉞が、クロの手に収まった。

「……まじめに戦おう」


 柄の短い鉞を青眼に構えた。

 魔王とクロが対峙する。

 先に動いたのは魔王。

 ダッと地を蹴り、クロを蹄にかけようと前脚を振り上げた。迫るトン単位の鉄塊!

「――」

 クロは無呼吸で鉞を振り下ろす。


 交差する両者。ともに踵を返し、再対峙。

 クロの構えは青眼のまま。乱れはない。

 魔王は……前脚に一筋の裂け目が……いや、刃物による切り傷だ。クロが鉞で鉄の前脚に刀傷を付けた!


 次はクロが先手。残像を置いておく勢いでダッシュ。足下で砂塵が舞う。

 魔王は遅れつつも頭から体当たりをかける。

 交差する両者。互いに振り返る。


 魔王の鉄の顔から首にかけ、深い切り傷が走る。クロは鉞で鉄を斬っている!


 このことが魔王の有るか無しかの感情に火を付けた。

 魔王はくるりと踵を返し、後ろ足を跳ね上げた。

 クロは腰を落とし、体を開いてこれをかわす。

 魔王の太ももに裂傷が入る。必殺の攻撃の最中、カウンターで斬ったのだ。

 首だけ振り向く魔王。その顔面に深い傷が入る。

 思わず、距離を開けようとするも、横腹に十字の傷が!

 鉄製の魔王の体が、斬られている!

 斬られるたび、切り口がより深くなっていく。

 魔素は目に見えない。しかし、クロの超感覚がはっきりと捕らえている! 魔王の体の傷口から、魔素が噴出している様子が。

 一方のクロは無傷。このまま押していけば、いずれ魔王は魔素不足で倒れる。時間はかかるが確実だ。


「とはいうものの、鉞クンの素材が悪い。わたしの腕をもってしても、傷を与えるだけで切断には至らない。むしろこれ以上踏み込んだら鉞クンが折れてしまう。さあどうしよう!」

 悩んでいるようで実は嬉しそうなクロ。

 余計な逡巡を見せるクロに対し、ここぞとばかりに襲いかかる魔王……と、そこで魔王が気づいた。


 クロの手に鉞が無い?


 鉞は――唸り音を上げ高速回転する鉞が、魔王の真横から飛んできた。2撃目を放った後に投擲されていたのだ。

 前足を振り上げる動作の途中。鉞を躱すため、魔王は竿立ちとなる。

 胸を掠めて横切る鉞。

 鉞と交差して、クロの腕が伸びる。


 クロの両手により掌底が魔王の胸部に入った。衝撃が魔王に走り、その巨体が宙に浮く。クロの足下が大きく凹レンズ上に窪み、砂埃が立ち上がる。

 クロの骨強度と筋強度があっての攻撃だ。


 魔王は、インパクトの衝撃で体一個分は後方へ飛ばされる。

 クロは攻撃と同時に魔王の体、つまり鉄の塊の原子配列を調整していた。通常原始構造体をすり抜ける原子配列となった魔王の体は、内包する魔性石を残して、後方へ飛ばされることとなった。


 重量物が出す轟音。糸の切れた操り人形のように魔王はグタッと倒れ込んだ。


 クロの足下に転がってきた鈍色の魔性石。いつものように大量の魔素が撒き散らかされる。何度か経験すれば、ダメージを食らうクロではない。その辺のコツは掴んだ。


「ひょっとして、わたしって無機物の魔物に対し、相性が良い?」

 戻ってきた鉞を右手でキャッチ。左手で魔性石を拾う。


 テニスボールより大きい。ソフトボールより小さい。小魔界の魔王にしては大きい方であろう。たぶん。


 魔王との対戦。済んでみれば、10分と掛からなかった。

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ブラックチョコレート :悪女とケモ耳幼女がダンジョン攻略 もこ田もこ助 @azumada

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