第27話 赤騎士・青騎士
チョコの体力に会わせ、こまめに休みを挟んで奥へ向かう。
昼食後のお昼寝もとったし、3時の休憩もとった。でも、戦闘の時間ロスがほぼ無いので、歩くペースが落ちることがない。むしろ戦闘は、チョコの休憩時間になっていた。
無理してないのに、夕方の時間帯で魔王の間までこれた。攻略者を惑わすつもりの枝道が多い分、全体の距離が短いのだろう。枝道なんざチョコの耳の前には全く役に立たなかったが。
そして、問題は――
直角の角を曲がった先に魔王の魔への扉があるのだが……、門番がいた。初めてのことだ。
それも2体。門の左右を守るような配置で「槍」を構えている。
クロは一瞬だけ顔を出してすぐ引っ込めた。たったそれだけで敵の全容を把握した。
馬の体に人の上半身。いわゆるケンタウルス。そして、銅(あかがね)と青銅、2色2体。左が赤で右が青。
「赤騎士と青騎士かぁ……」
初めての金属製魔獣だ。今回、初めてづくしで新しい情報を取り放題。クロとしては喜ばしい限りである。
「やはりこの世界でも赤は左か」
冗談はさておき……冗談になってないが……、今までの戦法は使えない。足を狙いたいところだが、槍がカバーしている。
クロの斧の長さでは、馬の足に届く前に槍の射程に入る。しかも敵は2体。片方を狙えば、もう片方が横手から襲ってくるだろう事が容易に想像される。
「うーん、訳あってこいつは使いたくないなぁ」
クロは腰に装着した鉞を撫でた。考えあって、使用を控えているのだ。
何か良い戦い方はないかなと、もう一度、赤・青両ケンタウロスをチラ見した。めっちゃこっち睨んでる。潜んでいることがばれてる。奇襲は不可能である事が分かった。
「チョコちゃん、下がってて、ずっとずっと下がってて」
「りょうかい!」
チョコはタタタと後ろへ走った。100メートルは離れたろう。壁にくっついて盾の陰に隠れた。これ位離れていればいいだろう。
「せーの!」
クロは角から飛び出した。2体のケンタウロスに向かって走る。
ケンタウロスもダッシュした。騎乗した騎士のように槍を小脇に構えて加速する。クロはUターン。ギャリっと床を蹴る音を立て、元来た道を走る。速度はケンタウロスの方が速い。馬の足をなめてはいけない。
追いつかれた。槍が届くぎりぎりで角を曲がる。イン側に付けた赤騎士が先頭を切ってブラインドコーナーを曲がった。
ブラインドコーナー出口、つまり曲がった先の足下に、勢いが付いた戦斧が差し出されていた。
前脚のすねに直撃。すねがくの字に曲がった。赤騎士は、もんどり打って転がった。
「手応えが軽かった?」
クロは、戦斧の手応えに意外さを感じていたが、検証は後に回す。
赤騎士を潰し、2頭目青騎士の槍をくぐる。青騎士とすれ違い元の角を曲がった。曲がった時点で180度ターン。ターン中に左手に鉞を装備する。
青騎士は、まだ回頭中だ。ここに4本足と2本足。重量級と軽量級の違いが出た。
それでもさすがは門番。無理な体勢より、必殺の槍を突き出してくる。
クロは高速度で突き出された重い槍を左の鉞で受け流し、懐へ飛び込んだ。
「隙有り!」
戦斧を馬の後ろ足に叩き込む。関節がひしゃげ、バランスを崩した青騎士は横転。派手に転がった。
このような力業は宇宙生物であるクロにしか出来ない荒技だ。一般人がこれをやると、ひしゃげるのは一般人の背骨の方になるだろう。
最大のチャンスをクロは逃さない。まずは目の前の青騎士。戦斧の届く場所から解体していく。
まずは後ろ足。関節に戦斧を叩きつけ、これを切断。金属製なので如何と思ったが、あっさりと切り落とせた。
ケンタウロスの体は金属で構成されている。見た目、リアルタイプのロボット。重い金属のわりに足音が軽かったし、初檄の手応えも有り、おそらくと考えていたがその通りだった。
ケンタウロスは外骨格だ。しかも中身は空洞。イメージは動く鎧(リビングメイル)。
まずは優先的に、2頭とも足を砕く。横倒しになってしまったら、その大きさが仇となり、長い槍は威力を失う。
ここまでやれば、クロの能力だとやりたい放題。
「魔性石は、どーこーだぁー?」
各関節に戦斧を振り下ろし、システマチックに解体していく。
結局出てきた場所は、馬部分の胸だった。心臓部分と言えば心臓部だ。中央寄りだが。
魔性石は指で掴めるまで顔を覗かせたが、大半は中に埋まったまま。引っかかって取り出せない。金属のガワをこじ開け、これを掘り出すのも力が必要で面倒だ。缶切りがあれば!
「ならいっそ」
クロは魔性石を掴み、原子配列を変えようとした。こうすれば金属をすり抜け、魔性石だけを取り出すことが出来る。
ところが――
「あれ?」
魔性石の原子配列を変えることが出来ない。
たしかに、複雑に構造材が入り組んだ物質や、高密度すぎる物質の原子配列を変えることは出来ない。出来ないこともないが、構造を完全に理解すると言う面倒な学習を経た後の話である。
魔性石はさして硬くない。単一種の謎分子構造のはず。だとすると、魔素がなんじゃかんじゃの邪魔をして原子配列を変えにくくしているのだろう。たぶん。
「しかたないな-」
なんの事はない。馬の方の原子配列を変換した。
魔性石はポトリと音を立てて落ちた。
魔性石取り出しに関し、偽装を施しておいた。刃物でほじくり出したような傷を付けておいた。ギルドの回収班が入った際、魔獣の死体を検分するだろう。そのための偽装だ。めんどくさい。
魔性石は石馬のより大きかった。
2頭を完全解体したクロはチョコを呼ぶ。
「こいつらの魔性石を袋に入れてくれないか?」
「それ、おっきいから入んないよ」
チョコが手に持つ魔性石用の袋は、これまでに集めた魔性石でパンパンになっている。
「うーん、勿体ないけど、小さいのから順に捨てて、この2つを優先して入れよう」
石亀とポニー石馬の魔性石が全て捨てられる事になった。勿体ないが、積載重量に制限がある為、致し方ない。
これが大人数だと制限も少なくなるのだが、代わりに経費増という問題が発生する。バランスが難しいところだ。ちなみに、クロとチョコのパワーウエイトレシオは小さすぎる。
赤と青のケンタウロスの体を構成していた金属を持って帰れば、そこそこの値で売れる。
だが、馬2頭プラス鎧の上半身分の金属塊は重すぎて持ち出せない。せめてもと、ケンタウロスが使っていた槍を壁に立てかけておいた。帰りに、持って帰るつもりだ。
「さて、後は魔王の間だけ」
クロの前にマットブラックの門がそびえ立つ。
ゆっくり攻略しようと言っていたのに、結局いつもと同じ時間になった。
「クロ姉ちゃん、おなかすいた」
「はっはっはっ、チョコは仕方ないねぇ。早速、晩ゴハンにしようか」
「わーい!」
魔王の門の前で荷物を解く。水魔性石を砕いてバケツに水を溜める。いつものハムを切り分け、新兵器火魔性石コンロでじっくりと炙る。クロが炙ってる間に、チョコは水筒に水を補給しておく。
ハムが焼けた。魔界で火を使って料理をする攻略者は少数派だろう。
「じゃ、いつものように量は同じだけど、チョコには薄いけど数が多いハムね」
「やった-! ハムが沢山!」
チョコちゃんが喜んでくれてなにより。……魔界の奥は、美味しいハムを食べる所だと思ってるのかもしてない。
堅いパンに厚切りチーズとハムを挟んだ肉食動物系サンドを美味しく戴いている間にお湯を沸かし、干し肉で出汁を取った乾燥野菜スープを作っておく。
食後のスープが美味しかった。
お腹が一杯になったらお布団の用意。
魔界の外だと変な虫がいたり、猛獣がいたり、雨が降ったり、また季節によって暑さ寒さがあるが、ここにそんな物はない。魔獣など一旦駆逐すれば、最低2週間は湧いてこない。魔王の門を開けなければ、魔王も出てこない。暑くもなく寒くもない。考えようによっては、安全快適な場所だ。
「何でかな? まいっか。それではチョコちゃん。お姉ちゃんはいつもの調査をするから、その間に寝床の準備をしてくれたまえ!」
「りょーかい!」
クロは前回同様、標識となる小さな木片の立方体を門と壁から1センチ離して設置した。
その間に、チョコはマントを兼ねた寝具を広げ、替えの衣類を詰めた袋を枕にする。用意完了!
「よくやった、チョコ隊員! それでは寝よう。寝る前にオシッコを済ませておきなさい」
「はーい!」
こうして、鉱物系魔界攻略の1日目は終わった。
翌日。
木片と門の間の間隔が広がっていた。
計算すると1時間当たり3センチだった。前回は4㎝だから、1センチ少ない。枝分かれする迷宮だからだろうか。
「エネルギーとの相関関係が考えられる。面白いね。さて、朝ご飯を作ろう!」
「さんせい!」
チョコちゃんの全面的賛同を得て、朝ご飯の調理に取りかかる。前回と同じく、パンに肉を挟んだのと、温かいスープだ。
朝ゴハンが済み、寝床を片付け、朝の体操をし、身体をほぐす。
チョコに疲れは見えない。
クロは戦斧と鉞を点検する。小さな刃こぼれが多いけど、使用するに支障はなし。戦斧を肩に担ぐ。
「じゃあ、魔王に挑戦するか! チョコ、スタンバイはOKかな?」
「おっけい!」
耳と鼻と目に神経を集中させるチョコ。魔王の門の前に立つ。
「ひらくよ!」
高い天井にまで届く魔王の門を押し開く。中は真っ暗闇。
「匂わない! 鉄がこすれる音! ずっと奥! 何か、背がたかい! 1匹だけ!」
チョコの声を耳で拾いながら、クロは飛び込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます