第26話 鉱物の魔獣


 胴体部分だけとなった岩亀魔獣を斧の先っぽを使い、ひっくり返す。

 腹部中央に魔性石が顔を覗かせていた。どういう事か? 魔性石は魔獣の生きた心臓が、その魔獣が死ぬことにより結晶化するはず。……するはずである。

 真っ二つになった3匹も調べてみたが、同様であった。魔性石を中心にした線で割れていたから、断面図そのものである。魔性石の一部が顔を出し、残り大部分が岩の中に収まっている。

 魔性石が顔を出すことになにか意味があるのだろうか?


「チョコ! もう良いよ」

「はーい!」

 盾の影に隠れていたチョコが顔を出す。岩の破片が飛んでくる可能性が大きいので、こうやって隠れさせていたのだ。

「あれ? お姉ちゃん、あそこまだ動いてるよ?」

 チョコの耳がクイクいと動いている。

「どれどれ?」

 チョコが指さす方向。4匹目のばらけた足がズリズリと動いていた。関節も無いのに、まるで磁石に引き寄せられる金属のように、胴へと近づいていく。


「ふむ」

 クロは、4匹目の胴体を斧で割った。魔性石が剥き出しになる。

 すると、蠢いていた足がピタリと止まった。


「心臓が魔性石化しているのに生きている。魔性石の一部が剥き出しになっているのに、魔素を維持している。魔性石が全て剥き出しになると、活動を停止する。生物学的、あるいは物理的な考察は難しいな。重要なパーツが幾つか抜けている気がする……。冗談じゃなく、ほんとうに国語の問題じゃなかろうな?」

 言霊だの言祝(ことほ)ぎだの、言葉の力が信じられていた時代がクロの頭のなかでぐるぐる回り出した。

 有名な陰陽師、安倍晴明が使役する式神もこの時代がお盛んだったよね? わたしは蘆屋道満派なんだけど。それ以前に論理的理数系なんですけど。


「微分積分が謎の解明に役立つと良いな」

 クロは割れた胴体の欠片を手に取って観察した。予想通り砂岩だった。

 岩を手に取り、「クロの目」で観察する。

 チョコの産毛より細い穴が、無数に空いていた。魔性石から石の表面に向かって放射状にのびていた。

「細かいひびが入ってるようなもの。だから脆い。それにしても、何のための穴だ?」

 魔素を排出するためか、魔素を吸収するためか? 仮に動いているのが魔素だとして、これだけ細いと観測できないだろう。それ以前に、魔素は通常物質を透過する事ができる。


「意味が分からないね」

 考えるのを一旦保留したクロは、初撃で倒した3体の方を調べることにした。

 死体というか、4本の足が胴より離れバラバラになっている。

「死ぬと、ばらけるのか? 元の石や岩に戻る?」

 これらも同じく細い穴が無数に外へ向かって空いている。足の付け根は丸くすり減っているが、関節といえるほど機能していない。復元しても安定しない。

 足を砕いてみたが、魔性石は出てこなかった。足に細かいひびはなかった。


「磁石でくっついてるならこの程度で良かろうが? どのように魔素が関連しているのだ? 魔王の式神が石亀で、石亀の式神が4本の足とか? 重力とか、なんかその辺をすっ飛ばして魔力の一括りで片付けた方が楽な気がする。……いやいやいや、それは逃げだ。とにかくこれも保留しておこう」

 魔素を視覚で捕らえることができれば楽なのだが。コンピューターどころか真空管すらないこの世界で、精密機械求めることは贅沢だ。

「先に進もうか?」

「うん!」

 石亀を積み木よろしく組み立てていたチョコが頷いて立ち上がった。チョコも部品を組み立てることができなかった。

 チョコの情操教育のために害のない石亀は手に入らないかな? だったら積み木でも良いか? などと馬鹿なことをクロは考えていた。

 


 チョコ式音波探知機により、迷わず正しい分岐を選んで進むクロとチョコ。道はうねるは、分岐があるわでチョコがいなければまともに先へ進めないだろう。

 いまだって、この先大きくカーブしている。この先は見通せない。


 チョコの耳がピクリと動いた。

「あっ! 足おと! お馬さんみたいな走りかたが4つ!」

「よしよし! 馬っぽいのなら足が長い。足が弱点だ」

 右手で戦斧を構え、左手で後ろに吊っている鉞(まさかり)を……。鉞はやめた。思うところあって、この魔界で鉞は使わないことにした。

 戦斧をバッタースタイルに持ち替え、突っ走る。角の向こう、予想通り小型の馬が4頭、こちらに向かって走ってくる。

 石の馬だ。膝関節がある!

 二列に並んで突っ込んでくる。


「おおおお!」

 先頭左を走る石馬を標的と定め、接近。石馬も速度を落とすつもりはなさそう。その重量による体当たりを狙っている。

 接触の寸前、クロは左へ横移動(スライド)。左足を踏み込んでフルスイング!

 石馬の右前足と右後ろ足が、破片を撒きながら吹き飛んだ。


 クロは戦斧を振り切った体勢のまま、左バッターへスイッチ。分身の術がごとき機動で右の石馬をうまく避けつつ、後続の石馬の足を狙ってフルスイング。

 これで2頭の戦闘力を奪った。


 残り2頭は、急制動をかけている。しかし、クロの動きが速すぎた。体勢を崩した2頭に戦斧が無慈悲に振るわれる。

 足を砕かれ、立ち上がることがかなわぬ石馬。その1頭の頭に戦斧を叩き込んでかち割った。

 だがしかし、動きを止めない。藻掻いたまま。

 首を砕き、念のため足と尻尾を砕いたが、胴が生きている。

 戦斧の先っぽに引っかけてひっくり返すと……臍のあたりに魔性石が顔を出していた。


「ここをピンポイントで仕留めるのは骨だな。出来ないことはないが」

 もう少し柄が長ければ楽なんだがと無い物ねだりする。柄が長かったら長かったで、通常戦闘に支障が出る。だから不満を垂れるのはやめにした。

 急所が分かったら残り3頭の解体は早い。ものの3撃で仕留めた。


「チョコ! 出ておいで! もういいよ!」

「はーい!」

 前回同様、盾の陰からチョコが飛び出した。

「そこそこ大きい魔獣だったし、こいつらから魔性石を抜き取ろうか?」

「チョコにまかせて!」

 ナイフを使い、石馬だった石から魔性石をほじくり出すチョコ。あんがい器用だ。

「カラから栗の実をほじりだすのとおんなじだよ!」

 応用が利いて何より。


 今回の石馬はポニーかロバほどの小型馬タイプだった。首と頭、尻尾があり、足も本物の馬と同じく膝に関節があった。石亀に比べ、格段の進歩だ。

 ただし、足首というかつま先がない。後ろ足が獣足ではない。馬とはいえ、木馬のような作りだ。簡素な作りである。

 じっくり手にとって調べてみたところ、馬の胴体は石亀の胴と同じく細かい穴が無数に空いている。表面から魔性石まで穴でつながっている。

 代わりに足や首、頭までのパーツに穴はない。普通に石だ。4頭が4頭とも、似たような大きさの石で各パーツが構成されている。全く同一の形状をしていない。そこら辺の河原に転がってる石や岩の中で、馬の顔や首に似た形状の石を拾い集めて体を作ったとした思えない不揃いさ。


「うーん、何だろうね? 胴体が本体なのは間違いないだろうけど……仮説として、胴体が使役するパーツが足だったり頭だったりする。うーん、うーん」

「お姉ちゃん、頭いたいの? よく効く薬があるよ。辛いんなら薬で楽になって!」

 お薬袋から解熱と頭痛にきく白い粉薬を出すチョコ。

「いや、その言い方はやめておくれ。チョコがイタリアのマフィアみたいに見てきた」

 結論のでない検証を取りやめ、立ち上がるクロ。気遣ってくれたチョコの顎を手の甲でなでなでする。

 チョコは、くすぐったいのか気持ちいいのか、目を細めて撫でられるままにしている。


「さて、では、気を取り直して、奥へ進もう。チョコ隊員! 今何時だね?」

「大きい針が6をさして、小さい針が、うーんと、10と11の間にあるよ!」

「10時半か。休憩にしようか?」

「わーい!」

 奥へ進むと宣言しておいて休憩にする。

 ざっと石馬の死骸を蹴り片付け、壁にもたれて座る。

 おやつといっても干し肉である。

「香辛料を絡めたジャーキーだから不味くはない」

「おいしいよ!」

 ガシガシゲシゲシと堅い干し肉を咀嚼するチョコ。幼いのに、この子の顎はどうなっているのか?

 クロも、板みたいに堅くなった干し肉を囓っている。

「遭遇した鉱物系魔獣は石ばかり。金属とか、それこそオリハルコンで構成された魔獣は出てこないかな。初級者用の魔界じゃ高望みなのかな?」



 20分ばかり休憩して、魔界攻略を再開した。

 昼までに1度戦闘があった。昼ご飯と木片の設置を挟んで、夕方までに2度、都合3度戦闘があった。

 1回目の戦闘は石馬の魔獣。今度は大人が乗れるほど大きく、足首というかつま先もあった。馬として骨格はほぼ正しかった。

 2回目も石馬。大きさがサラブレッドほどもあり、フォルムも完璧。首が多関節になっており、腰と胸のパーツも作られていた。

 体格も大きくなり、重量も増えたが所詮は馬。足にダメージを食らうともうだめ。巨体や速度を生かすことなく、クロに一方的に狩られる始末。

「最後のは大理石っぽかったな? 生け捕りにするか一瞬で魔性石をスリとれば美術品として価値が高いかもしれない。……けど、どうやって持ち出しゃいいんだ?」


 重量物の運搬方法が今後の課題だ。


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