金の翼の天使さま
「アダム様は天使さまなのですか? 砦でのお姿ですが」
出し抜けに言われてぎょっとした。
村長に分けてもらった豚の腸詰めをどう料理しようか悩んでいたところだった。
周囲を見回す。さいわい古びた教会には俺とリシェルしかいない。誰かに聞かれたという事はなさそうだ。砦での姿とは、
「――その事は言わないでくれと」
「ここには私たちしかいませんよ。それよりもアダム様です。金に輝く翼をもった天使さま。神話に出てきますよね」
再度問われる「アダム様は天使様なのですか?」という問い。
「天使なんかじゃない」
天使とは、神話の時代に居たとされる神に類するものだ。
背中から光輝く翼を備え人々を導いたという。確かに
「君はユーベルシアの民ではないのだったな」
はいと、リシェルはこくりと頷いた。
ユーベルシアの民であるならば、教主一族の
現在の俺の状態は、非常に説明しずらい。ヨベルでありヨベルではない。リシェルにすべてを説明するのは困難だ。であるならば、知らないという事は好都合である。
「俺のアレは違う。魔法を増幅させる術の一つだ。正直扱いに困っていてね。目立つだろう、アレ」
「とっても綺麗でしたが」
「復讐者が持つには持て余すものだよ」
復讐――という単語に、リシェルが反応したように見えた。じぃと俺を見あげた後、ゆっくりと口を開く。
「アダム様は、エリック・アーサーという人を探しているのですよね。仇、なんですか?」
「ああ、家族を殺されたんだ」
母と妹。それから教主である祖父。実質的に奴らが殺したようなものだ。
「それなら、私もお手伝いをしたいです。私も家族を殺されました。仇討ちはまだ終わっていません」
リシェルの目は本気だった。
まっすぐに俺を見ている。
「……君の境遇は分かる。だがな俺のやろうとしている事は危険だ。君まで死ぬかもしれないよ」
「かまいません。どうせ私だけ生きていても仕方ないですから」
俺はリシェルが連れていかれた後の、少年の記憶を見た。
記憶の中で見たリシェルは震えていた。だが気丈にも、エリックたちの前に立った。そして言ったのだ。『自分が行くから手を出すな』と。
浅はかな考えであったと思う。
やつらにそんな交渉ができるはずがないし、守られるはずもない。
だが、彼女にはあれしか方法が無かったのだ。
一縷の希望にすがり、そして裏切られた。
結果的に彼女は仲間を守れなかった。
その絶望、怒りはどれほどのものか。
「私も、復讐を」
再度繰り返されたその言葉には、強い意思が込められていた。
「――わかったよ。君には俺の姿をみられているから、どのみちどうにかしないといけないとは思っていた。そばにいてくれれば助かる」
「では、このままここに居てもいいですか!?」
パッと表情が明るくなる。
その変わりように俺は苦笑し頷いた。
「ではでは、住む場所を整えないといけませんね。やっぱりベッドもう一ついるかなぁ? でもやっぱりない方が……。うん、いらないですね!」
私、村長さんに伝えてきます! とリシェルは飛び出してく。
それを見送り、俺はやれやれとため息をついた。
『ずいぶん懐かれたようだね。可愛い子だ』
「――クラリオンか。しばらく声を聞かなかったな。何かあったのか」
『君がミトラに言ったんだろう? しばらく見るなって』
そうだった。
女神たちはあの時の言葉を守り、今まで連絡を取らなかったという事だろうか。
律儀な事である。
『いつの間にやら面白い事になっているね。あの子は君のものにするのかい? それもいいかもしれない。復讐の旅は心をすり減らすからね。癒しはあったほうがいい』
俺のものにする――。
しばらく考えてクラリオンが何を言っているのかを理解した。
「違う。俺はそういう目的で彼女を助けた訳じゃない」
『だけど彼女はそうは思っていない。かなり君に心酔しているように見えたよ。ミトラなどは「許せない、許せない、許せない――ッ」と騒いでいたけど』
「いや、本当に勘弁してくれ」
本当にそういうつもりはなかった。
やけに懐いてきたなと思ってはいたのだが……。
『安心したまえ。ミトラは君たちが仲の良さを見て寝込んでしまった。「アダムの顔なんかしばらく見たくない!」らしいよ』
クラリオンの皮肉に満ちた含み笑いが、頭の中に響いた。
「大きな誤解を生んだようだな……」
『それが誤解になるか、本当になるかどうかはこれからだと思うよ』
◆◆◆
クラリオンの言う通り、リシェルは俺になにがしかの幻想を抱いたようだ。
「アダム様、この果物村長さんに頂いたのです。一緒に食べませんか?」
だの
「アダム様が祝福をした畑からたくさんの豆が取れたそうです。今からスープにしますね!」
だとか
「アダム様、今日は冷えます。お湯を沸かしますから、露天お風呂はどうですか? 谷の文化なんです。この村は川に近いですから水が豊富です。薪をたくさんいただきましたから、お湯を沸かせますよ」
であるとか。
リシェルの勢いに押され、彼女のしたいようにさせている間に、暖かい食事ができ、風呂の用意が出来てしまった。
こんなものをいつ作ったのかと思ったら、昼間に村の大工にお願いして切り出してもらったのだという。
風呂は木材を組み合わせた人がすっぽりと入れる筒で出来ている。それをレンガを組み合わせたかまどの上に設置する。かまど部分に薪をくべ、中に入った湯を沸かすのだ。
思った以上に単純な構造に風呂もろとも燃えてしまわないか? と心配をしたが、どうやらその心配はないらしい。火があたる部分は特別な塗料を塗っているのだと言われた。風鳴きの谷の工夫であるらしい。
聖都にも入浴の文化はある。だが多くは大浴場だ。湯もこれほど熱くはなく、水浴びに近い。こんなにも暖かくコンパクトな風呂があるとは知らなかった。
「アダム様、湯加減はいかがですか?」
「ああ、快適だよ。ありがとう」
リシェルが用意してくれた風呂につかりながら空を眺める。
頭上は満点の星空である。彼女は傍らで薪をくべていていた。懸命に働いてくれる彼女をしり目に堪能するのはいささか気が引けたが、そんな遠慮を押し流すほど、風呂は心地よかった。
ヨベルであった頃もこうして空を仰ぎ見ていた。
夜空だけは、聖都の中心、岩山の頂上にそびえる
「ああ、これは罰があたるな……」
体の芯からぬくもっていく。思わずため息が漏れた。
「アダム様を誰が罰すというのですか? 何も悪いことをしていないのに?」
「……さぁ、誰だろうな」
神はいないのだから。
俺の独り言に疑問の声を上げた彼女に向き直る。
「なぁリシェル。一緒に居てくれるのは構わないが、尽くしたりはしなくていいんだよ。確かに俺は君の命を救ったかもしれない。だがそれは成り行きだ。君が恩にきることはない」
こんな召使いのような真似はしなくていい。これでは本当に奴隷か何かのようではないかと思ったのだ。
だが彼女は首を振る。
「アダム様は、みんなの仇を取ってくださる方だと理解しました。私の故郷を燃やしたのは、聖都の兵とその指揮官。アダム様の追うエリックアーサーという人。彼らを殺してくれるなら私、何でもします」
「いや、そんなことをしなくても――」
「私が、したいんです」
俺の言葉を遮ったリシェルの目には涙が流れていた。
それは悲しみの涙ではなく、憤怒の涙だ。
「何も出来ないんです。戦えない私じゃどんなに憎んでも仇は討てない。あの夜、自分は無力なんだと思い知りました。だからせめて、戦えるアダム様を手助けしたいんです」
何も、出来ないんです――。
リシェルはもう一度言って、薪をくべる作業に戻る。
そう言われては、俺にだってもう何も言えなかった。
◆◆◆
「ベッド行っていいですか?」
「だ、だめだ……!」
「でもベッドは一つしかありませんよ」
「君がいらないって行ったんだろう!?」
「夜は寒いです。一緒に温まりませんか。二人なら、凍えません」
「それは、それだけは!!」
その日俺は床で寝た。
早急にベッドをもう一つ用意してもらう必要があるらしい。
一度の死でも足りないならば。ーすべてを奪われた俺は復讐者になったー 千八軒 @senno9
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