葬送
翌日のこと。
俺はリシェルと共に外れの森にやってきていた。
この森には彼女の仲間がいる。身柄の代わりに安全を保障されたはずの子供たち。ラインツは確かに見逃すと約束した。だが約束は守られなかった。
彼らがその後どうなったのか俺は知っている。リシェルも勿論知っている。
だが彼女は自分自身の目で確かめる事を望んだ。
森は静まり返っていた。
動くものは見当たらない。新緑の香りに交じるのはいくらかの腐臭。耐えられないほどではないのは、夜のうちに降った雨の所為か。
森の中で放置されれば短時間でも腐敗が進む。さらに肉食の魔物の存在だ。ヤツラは食料になる人間の死体を見逃さない。
だが、俺とリリカナさんが狼たちの大部分を討ち取ったのが幸いしたらしい。
子供たちは以前と同じ場所にいてくれた。
「ごめんね、リエル。痛かったね、シャリア」
子供たちの身体を一人ずつ並べる。
あちこちに散らばる身体の断片を出来る限り集める。
リシェルに確認し遺体の数を照らし合わせた。幸いなことに狼たちは巣に持ち帰ったりはしなかったようだ。全員がそこに居た。それは同時に生き残りが居ない事も意味する。
作業の合間、リシェルは一人ひとりに声をかけて回る。
「みんなをまかせてごめんねキリー、この傷、ティアは戦ったんだ。えらいね」
彼女はもう泣かなかった。
消え入りそうな微かな笑みでもって、優しく子どもたちに声をかける。
『風鳴きの谷に住んでいた民は、暁光神とは別の神。『影の女神ルーニ』を信奉する一族だよ。彼女はそこの族長の娘みたいだね』
アダム達聖都の民からすれば異教徒だ。というクラリオンの言葉に「もう信仰は捨てている。異教徒だろうが、異民族だろうが知ったことか」と返す。
「谷にもう人は居ないのか?」
『破壊の限りを尽くされてるよ。見渡す限り、生きている人間はいないね』
「そうか……」
谷の討伐が行われたのが一カ月前だという。リシェルたちだけではなく、他にも苛烈な残党狩りが行われているであることは想像に難くない。もはや彼女が最後の生き残りというのは間違いないだろう。
「すいません。時間を取らせてしまいました」
リシェルが小走りでやってくる。懸命に子供たちを運んでいた彼女は、血と泥で汚れていた。だがそれを厭わない姿に子供たちへの深い愛を感じた。
俺も手伝おうと言ったが、「私の仲間ですから、私が」と固辞されたのだ。
結果、俺は彼らの埋葬用の穴の準備に回っていた。
「埋めるのは手伝う。だがその前に少し聞きたい事がある。いいだろうか」
切り出すと、リシェルは少し不思議な顔をしたが、なんでも。と頷いた。
「俺は
ラインツが言ったヨベル殺害の様子は嘘だった。だがラインツは『谷』が犯人だと信じている節もあった。であるならば、やつは仮面では無かったのだろう。ラインツは真相は知らされていなかった。
ならば、ラインツはヨベルを裏切っていなかったと考えるべきか? そう、守るべきヨベルを殺した谷の民を許さず虐殺した。そう考えればラインツは……
いや、ここで死んだ子供たちへの仕打ちは万死に値するものだ。たとえヤツが裏切り者ではなかったとしても、責は逃れられない。
そもそも殺したのが、仮面かどうかなど、どうでもいい。
疑わしいものは全て殺すまでなのだから。
「――私たち『谷』の一族は闇に隠れる戦士の一族です。夜の女神を信仰していますから……。遥か昔に暗殺を生業としている時もあったそうです。ですが今はそのような事実はない、はずです」
「暗殺者というのは濡れ衣だと?」
「……はい。戦士として戦う力は代々受け継がれているので、誤解を受けたのかもしれませんが」
「ならば次だ。仮面を知らないか? こう、伝えにくいんだが異形の仮面をかぶったヤツらなんだが……」
俺は地面に絵を描いて見せた。エリックの仮面、その周りに居た者どもの仮面。人ではなく。獣でもなく。異形の仮面だ。
「――いえ、分からないですね」
「そうか」
「あ、あの、神の御子様を殺すなんて、そんな大それたこと私たちはやっていません……。アダム様には信じてもらえないかもしれませんが」
「いや信じるよ」
不安げに瞳を揺らすリシェルを安心させようと、無理やり微笑んだ。
「君たちは無実だ」
何しろ殺された当事者は俺なのだ。
あの夜俺は仮面どもと交戦している。あの時はルルアを庇っていたせいもあって、逃げるばかりだったが、ヤツらは強くはなかった。動きもどこか緩慢としていた。大部分が戦士ではない印象を受けたんだ。
リシェルの言う戦士の一族という雰囲気ではなかった。
「砦では冷たい態度をとって悪かった。だが、これからも俺のことは黙っていてくれれると助かる」
「はいそれはもう……。あの、こんな事を言っていいのか分からないのですが、アダム様はお優しいのですね。今日も森まで連れてきてくださいましたし……」
優しい。
優しいだろうか。
あれほど
殺した事に少しも罪悪感を抱いていない俺が。
「――そのアダム様ってのはやめてくれないか。人に聞かれれば勘違いされる。ただのアダムでいいよ」
「そんな事できません。私にとって救いの神様のような人なので」
気づくと、俺を見上げるリシェルの目に熱がこもっていた。
この目は、村でも見た。救いを求める、目……。
視線が泳ぐ。
殺す罪悪感には堪えられても、この目で見られるのは辛かった。
「君まで変な目で見られてしまう。どうかやめてくれ。君は奴隷ではないのだろう」
「……わかりました。では外で呼ぶ時は『神父様』とおよびしますね」
「神父でもないんだがな」
「そうなのですが? とても強い神聖魔法を使われていましたが」
資格としてはもちろん持っているし、そういって差支えないのだろう。だが、あいにく今の俺には暁光神への信仰心なんて欠片もない。俺の神は死んだのだ。
「俺はただの復讐者だ。もう神はいない」
いや、俺を蘇らせた女神たちがいたか。
どちらにせよこの世に暁光神はもう居ないらしい。
◆◆◆
子供たちの埋葬が終わる。花を集め、簡易の祭壇を作った。
「異教徒である君たちの流儀を俺は知らない。教会のやり方しか知らないんだ。それでもいいか?」
問いかけるとリシェルは静かに頷いた。
俺は祈りの呪文を静かに唱える。
紡がれた言葉は、魂の安寧を願うものだ。
柔らかく暖かな光が地面から浮かび上がる。
大地の精霊、母なる力。昔から自然に存在する意思を持つ魔力。
その光に誘われて、子供たちが埋められた大地から白いおぼろげな影が浮かび上がる。
それは子供たちの輪郭をかたち作り、花の祭壇の周りで遊び始める。影は魂の一部なのだ。
人は死んでも魂の残滓がその体に残ると言われている。
また、邪法の一つに死霊術というのがある。
残滓しか残らぬ肉体に仮初の命を入れ自由に使役するというものだ。外法も外法だが、それを防ぐ意味もあり教会では葬礼魔法を用い残滓を天に返すのだ。
しばらく遊んでいた子供たちの残滓は、次第に薄くなっていく。
森が揺れ祭壇に木漏れ日が差し込む。
天を仰いだ白い影は、それを契機に消え去った。
俺は結びの言葉を紡ぐ。
外道に墜ちたこの身であるけれど、彼らの魂に安らぎがあらん事を願って。
「暁光の子らが迷わぬように導きたまえ。アル・テラス・ヤー」
隣ではリシェルが静かに涙を流していた。
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