第7話 男の人

これは私がとある小さな会社で働いていたときの話。


立ち上げたばかりの会社で、建物も建てたばかりだった。


1階の道路に面した所はガラス張りで磨りガラスに見えるような目隠しシートが真ん中辺りに貼られており、大人の背丈くらいでは外から見えないようになっている。


1階の事務所で作業をしていた時、目隠しになるシートが貼られていない下の方に黒っぽい革靴を履いた足が見えた。


お客様だと思い、手に持っていた物を置いて出入口に向かうと同時に建物から離れる様に足を後ろに引くのが見えた。


間に合えと小走りで扉に向かう間も磨りガラス風のシートからは輪郭のボヤけた靴が見える。


間に合った!と扉を開け声をかけようとすると、革靴が見えていた場所には誰もいない。


あれ?と周囲を見渡すが人の足音もしなければ気配もない。


飛び込み営業に来る人も多い会社だったので、足の速い営業マンだったのかなぁ・・・とその時は思った。


その後事務所に来た同僚にその話をすると、


「私もその足見た!!」


と同僚が言った。


私よりもハッキリ見ており、革靴は黒ではなくこげ茶色だったと。


明らかにそこにいるのに扉を開けると誰もおらず、恐ろしかったと。


この足を見た話を他の人にも話すと、足だけではなく別の現象を目にした職員がいた。



箱の中に入っていたボールが飛び出した。


そこには自分しかいないのに女の人の声が聞こえた。


人感センサーの室内防犯カメラのモニターが誰もいないのに何度も反応する。


明らかに触っていないiPhoneのSiriが「恐ろしい」と言う。


後ろから触られる。


事務所に来ていた子どもが「おじさんがいる」と言う。


などなど。


ここまで色んな体験を複数人がしていれば、土地に何かあったんでは?とか、誰か何か恨みを買うようなことをしてるんでは?といった声も出始めた。


ある時から私は自宅で不思議な現象を体験し始める。


ある日の夜、リビングの掃き出し窓から「コンコン」と音がした。

一緒に居た猫が掃き出し窓の方に振り返って凝視していたので、音がしたのは間違いない。


夜だし、1人だし、不審者だったらどうしようと思いカーテンを開けて確認することができなかった。


テレビを消し、耳をすませたが外からの物音はそれ以外何も聞こえて来ない。


そこで猫を見るとまだ窓を凝視したまま全身の毛を逆立てていた。


我が家の猫はすぐ近くに雷が落ちても「何か聞こえた〜」程度で、驚いたり怖がったりする子ではない。


そんな子が、窓をノックする程度の音で怖がるはずがないのだ。


普段見ることのない猫の様子が恐ろしく、そのあと猫を抱きかかえ2人で布団を被って寝た。


次の日、家の周囲を確認したが人が入った形跡もいたずらされていたりも無く、特別変わったことはなかった。


その数日後、家事をしていたら深夜1時を過ぎてしまい、そろそろ寝ようと次の日の荷物を玄関に置こうとした時、夫が寝室の入り口にいるのが視界の端に入った。


こんな時間になにやってんだ?と思いつつ一瞬荷物に目をやり、夫に声をかけようとまた寝室を見るとベッドの方に動く夫の背中が見えた。


「こんな時間に何やってん・・・の」


目の前には布団に包まり熟睡する夫。


その姿は数秒前までそこを歩いていたとは思えないくらいスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。


混乱したが、もう寝ようと夫が包まる布団を捲った時気づいた。


さっき寝室の入り口にいた夫が着ていた服の色は全体が黒っぽい色だった。


今ここですやすやと眠る夫は黒と見間違えるはずもないくらい明るい色のパジャマを着ていた。


あの時見たのは夫では無かったのかもしれないと、急に恐ろしくなった。


あれは誰だったんだろう。そう考え始めると恐ろしくてたまらなかった。


そんな恐ろしい思いをしてから数日後の夜、また猫の様子が急におかしくなった。


何もないところを睨み、唸っている。


普段とても穏やかな子なので、唸った声なんか初めて聞いた。


猫は唸りながら寝室へと走って行った。


慌てて後を追うと寝室の窓のカーテンに頭を突っ込み、「シャーッ!シャーッ!うぅぅ〜」と威嚇していた。


数日前謎の男の人を見た寝室で怒り狂う猫が怖くて、カーテンの向こうは確認できなかった。


しばらく威嚇を続けていた猫だったが、急に何事もなかったかのようにいつもの猫に戻り、リビングへ戻って行った。


それから家で変なことは起こっていない。


あの時猫が家から何かを追い出してくれたのでは?と後から思った。



しばらくして分かったことがある。



ある日、玄関から外に出て裏に回って来た夫が掃き出し窓をノックして私を呼んだ。


ペアガラスを外から叩くと少し音が響くような感じで聞こえ、室内に居て室内から叩く音とは違って聞こえるのだ。


夫に呼ばれ掃き出し窓を開けた私は夫に

「もう一回ノックしてみて」

と頼み窓を閉めた。


夫がノックした音を聞いたあと、室内から同じようにノックしてみた。



そこで気づいた。




あの夜聞こえたノックの音は、室内からノックした音だった。

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ちょっとだけ怖い不思議体験談 猫狗尾草 @nekonekojyarashi

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