これが魔界という世界

長月瓦礫

これが魔界という世界


今日は一日中、雨が降っていた。こんな日は傘がよく売れる。

アオハル堂の店の窓から滴り落ちる雫を眺めながら、ヒバリはあくびを噛み殺した。

誰も来ないから本当に暇だ。

こんな日は日用品で売り上げを立てるしかないが、来ないのであれば仕方がない。


雨の日は本は取り扱わないことにしている。

本が壊れてしまわないように、大切に取り扱うことにしているらしい。

一応、預かりものということを忘れてはならない。


それを勝手にレンタルしているのもどうかと思うけれど。

持ち主が現れないことを前提にサービスを提供しているとしか思えない。


しかし、本の持ち主は未だに現れない。

取りに来なかった言い訳くらいはしてもらったほうがマシか。


「棚が本で溢れたらどうするんです?」


「……そんな未来が来ると思うか?」


ヒバリの質問に対し、店長は虚空を見つめていた。

この店は数十年後にはなく、何なら魔界という異世界も消えている。

本の持ち主も永遠に現れない。


この世界はいずれ、必要とされなくなる。

天地鳴動の力を持つ竜に滅ぼされるか、聖剣を持った勇者に倒されるか。

どのような形であれ、この世界はなかったことにされる。


その時、外の世界はどうなっているんだろう。

狂乱の時代を迎え、ひっくり返っているかもしれない。


「そういうことじゃない、元の姿に戻るだけだ。

本来であれば、異世界があるほうがおかしいんだ」


「まあ、それはそうなんですけど」


「ここがなくなったらバランスが崩れるのも確かなんだけどな。

まったく、どうするつもりなんだかね」


人間界が抱えているはずの無理難題を引き受けているところもある。

解決しなければならない問題を隅に追いやっているだけで、進展していない。


だから、余計にこの世界のことを知られたくないのかもしれない。

すでに多くの人々が住んでいるこの世界を私は楽園だとは思えない。

政府のような組織があっても、国として認められているわけでもない。


各国に通じる検問を通りさえすれば、誰でもこの世界に来られる。

ヒバリも何となくこの世界に来て、この店で働いている。

すぐに戻るつもりだったのに、気がつけば数年が経っていた。


人間界自体に不満はないはずなのに、なぜだろうか。

いつでも離れられるはずなのに、その気になれないのはなぜだろう。

特にこれといった理由は思いつかない。この世界が好きなわけでもない。

自分でも分からなかった。


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これが魔界という世界 長月瓦礫 @debrisbottle00

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