理不尽と不条理を断ち切る筋肉哲学
長月瓦礫
理不尽と不条理を断ち切る筋肉哲学
貸本屋アオハル堂に客は来ない。
雑貨屋のアオハル堂に用があっても、貸本屋のほうを目当てに来る客は少ない。
特に、平日の午後は本当にゆるやかな時間が流れる。
ヒバリはカウンターで肘をついて、本を読んでいた。
元々あったカバーは外され、白色の表紙がむき出しになっている。
「それ、人間界の本ですよね。
いいんですか、勝手に読んでて」
「私が勝手に持ってきた本だからね。
バレなきゃいいんだよ、こういうのは」
これは店でレンタルしているものではなく、ヒバリの私物だ。
定期的に読み返したくなるから、手放せなかった。
本を閉じると、カウンターにサシャがいた。
客は彼女以外、誰もいない。
「学校はいいのかい、授業中なんだろ?」
「いいんです、別に。友達いませんから」
授業がつまらなくて脱走したのだろうか。
ここにいると知られたら、先生になんといえばいいのだろう。
「サボりはだめだよ。ちゃんと勉強しなきゃ」
「先生からもそう言われました。
魔法使いだからって偉いわけじゃないって」
「そりゃそうだ。どれだけすごいことができても同じ人間なんだ。
仲良くやっていく方法を学ばないとね」
こんな変な店で働いている自分が言えたことではない。
サシャは不満そうに口をへの字に曲げた。
「それができなかったから、魔界はできたって言ってましたよ」
「誰が言ってたの、そんなこと」
「クラスメイトの……誰かが」
「誰だよ」
「忘れました。とにかく、この世界は人間界からこぼれた人たちを受け止める皿みたいなものだって聞きました」
この世の仕組みを子どもでも気づいているらしい。
隠し切れない違和感があるのだろう。
人間界にいる人々は魔界を嫌っているし、なんとかして地図から消そうとしている。
それはまちがいない。
「それでも、学校をサボっていい理由にはならないよ。
世界の終着点みたいな場所でもやるべきことはやらなきゃね」
こんな場所でも雑貨屋に客は来る。
客がいる以上、商品を管理し、売り上げを立てないといけない。
「大変なんですね、このお店も」
「楽な店なんてないよ。苦労しないためにも勉強はしないとね」
「その本で何か学べるんですか?」
何度も読んでいるから、内容はほぼ覚えている。
しかし、日々を生きる助けになっている。
「脳みそを筋肉で動かしている連中が世界を統治していることがよく分かる」
「おもしろいんですか?」
「理不尽と不条理を学ぶにはもってこいだね」
サシャの視線は冷たかった。
理不尽と不条理を断ち切る筋肉哲学 長月瓦礫 @debrisbottle00
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