お散歩
西しまこ
第1話
昨日の風で、梅の花びらが散って、道路に水玉をいくつも作っていた。
「はな」
娘が花びらを拾おうとする。しかし、張り付けているからうまく拾えない。わたしが代わりに拾ってみたけど、くちゃくちゃになってしまって、娘の顔が悲しく歪んだ。
「はな」
娘は木にまだ美しく咲いている白梅を指す。
「うーん、あれはだめだね」
「はな!」
「うん、あそこにあるのはね、誰かの大切な花なんだよ。だからね、採っちゃだめなんだ」
「はな! はな! ……ぅ」
娘が泣き叫びそうになって、困っていたら、
「あらあら。梅の花が欲しいの?」と、その家のひとが出てきた。
「うん。はな」
娘は何かを期待して、泣き叫ぶのを止めた。
白髪交じりのそのご婦人は、手にしていた植木鋏で、梅の枝を短く切って「はい、どうぞ」と娘に差し出した。
「はな! ありあとー」娘はにっこりと笑った。
「あ、あの、ありがとうございます!」
「ふふふ。いいのよ。私も梅の花を活けようと思って、切るつもりで来たのだから。おすそ分け。……お花、好きなの?」
「うん、だいしゅき!」
「よかった。この梅の木ね、お花が散ると、実がなるのよ。知ってる?」
娘はふるふると頭を振る。
「青い実がたくさんなるの」
「あおい?」
「うん、そう。あ、青って言うけれど、緑ね」
「みど?」
「うん、そうよ。お花の次は、梅の実を楽しみにしてね。かわいいのよ」
「うん!」
娘はだいじそうに梅の花を持って、その老婦人に手を振った。わたしは頭を下げた。
「じゃあ、散歩の続きしようか」
「うん! ……あ」
「どうしたの?」
「はな」
「……ああ、梅の花、花瓶に入れようか。おうちに戻る?」
「うん!」
わたしは、梅の花を持っていない方の娘の手をとると、家に向かって歩き始めた。
風があたたかい。春の気配がする。
了
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お散歩 西しまこ @nishi-shima
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