第16話_後日談(最終話)

 その後、私はお姉ちゃんが呼んだ救急車で救急搬送された。

 お姉ちゃんが応急処置をしてくれたおかげで、「傷の深さにしては軽傷」という診断結果だった。傷を縫合する手術は必要だが、1週間程度で退院できそうだ。また、この不自然な傷が原因で警察からも事情聴取を受けた。そりゃ刃物で胸を貫通された患者が運ばれてきたら医者は当然通報するだろう。

 病室まで訪ねてきた刑事さんに色々訊ねられ結構困った。まさか狐の眷属に刀で刺されたとは言えないし、言ったところで信じてはもらえない。容疑者は黄泉の国だし。とはいえ、実際に傷があるのだからとぼけると不自然だ。仕方ないので、私はお姉ちゃんと口裏を合わせて、「明け方に二人で散歩していたら、刀を持った通り魔が現れて背後から刺された。姉が叫び声を上げたら通り魔は逃げて行った。暗かったので顔は見えなかった」という事になった。この一件は凶悪な通り魔事件として新聞に載り、テレビのニュースにもなり、ネットでも話題となった。顔が不明のまま犯人は指名手配され、近隣の学校は数日休校となったらしい。

 想像よりも大事件として扱われ、私もお姉ちゃんもびっくりした。こうなるとお母様もこの一件を目にすることになり、私が案外ぴんぴんしていることを知ってしまっただろう。これで終わりにはならず、第二、第三の刺客が差し向けられる可能性が出てきてしまった。お母様には諦めて欲しいが、そんな諦めの良い人は呪術師や巫女にはならない。執着心と根性が必要な職業なのである。

 お姉ちゃんはもう仙狐の家には帰れないので私の住んでいた雑居ビルにとりあえず住むことになった。臭いだの汚いだの、見舞いに来るたびに文句をいうが、同時に昨日はどこを掃除したとか、今日はどこを掃除する予定だとか話してくれて、いったいどこまで綺麗になっているのか今から楽しみだ。あと、お姉ちゃんは私に嘘を吐かなくなった。本人曰く「必要なくなったから」らしい。まあ、私としてはその方が話しやすいので助かっている。

 そして、紺右衛門はいまだに喋ってはくれない。お姉ちゃんが鞘と袋を用意してくれて、一族に伝わるお守りという扱いで、私が入院しているベッドわきに置かせてもらっているが、うんともすんとも言ってくれない。もしかして怒っているのだろうかとも思ったが、それなら直接文句を言って欲しい。紺右衛門にはだいぶ無茶をさせてしまった。今は疲れて眠ってしまっているのかもしれない。だったら起こすのはかわいそうだと思う。でも早く起きて声を聞かせてほしい。私が退院したら紺右衛門にはとびきり良い日本酒を買ってあげるつもりだ。そうすれば酒の匂いに釣られて、起きるかもしれない。

「……ねえ、紺右衛門」

 返事は無い。

「退院したら酒屋にいこうね」

 返事は無い。

「聞こえてる?」

 返事は無い。

「……いま、お姉ちゃんが事務所の掃除してくれているんだって。多分紺右衛門もびっくりするよ」

 返事は無い。

「…どうして……」

 返事は無い。

「……紺右衛門、無理させてごめんねぇ」

 返事は無い。

 私は涙をぬぐった。

「私が、無理させたから。私が家を出たから。私が電話に出たから……」

 他に誰もいない深夜の病室に私の声だけが響く。

「紺右衛門……会いたいよ」

 その時、刀がかちゃりと揺れた。

「……!紺右衛門!?」

「……………………………どこじゃここは?」

「紺右衛門!!」

 私は刀を抱きしめる。

「お?おお、主。無事だったか。良かった良かった」

「心配させて!……なんで返事しなかったのさ!」

「んん?あれからしばらく経っとるのか?」

「明日で一週間よ!」

「なんと!」

「なんと!じゃないわよ!」

「いや、そうは言われても……」

 紺右衛門は困惑しているようだった。

 私はその様子がなんだか懐かしくて笑った。

「……ふふふ」

 その日、私は紺右衛門を抱きしめながら眠りについた。

 明日は退院の日。お姉ちゃんと、紺右衛門と一緒に酒屋に行くつもりだ。あとコーヒーのおいしい喫茶店にも。


 「鳴り止まない電話」通話終了

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御狐様オーバーライド!(短編版) 浅川さん @asakawa3

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