第15話
「…ふー、危なかったわい。何とか越えられたようじゃな」
光がおさまると、紺右衛門が私の足元に膝をついていた。見ると左腕が肘から下がない。それに体中傷だらけだった。
「こ、紺右衛門……」
紺右衛門の体を抱きしめる。
「ごめん。ごめんね。腕が………」
「ん、ああ、腕なら大丈夫じゃ。休めばもとに戻るじゃろう…」
紺右衛門は言う。だけどそれにしたって痛くて苦しかったはずだ。ここまでボロボロにしてしまったのは全て私の責任だ。
「紺右衛門ありがとう……」
「良いのじゃ。わしはお主を信じた。お主は裏切らずわしを呼んだ。それで十分報われたわい」
「……うう、紺右衛門……」
「さあ、泣いている暇はないぞ。今はしっかり終わらさねばならんだろう?」
紺右衛門は私の肩を優しく叩く。そうだ。最後にやるべきことがある。結界は崩されたが、完全には壊れていない。壊すためには術式を解読して分解して解体するか、基点を物理的に破壊するかの二択しかない。私は袖で顔を拭った。
「お姉ちゃん、構わない?」
最後の確認をする。結界を完全に壊せば右近も左近も無事では済まない。それは仙狐家が優秀な眷属を二人も失うという事だし、その責任は少なくとも表向きは主であるお姉ちゃんに向けられることになるだろう。彼らとお姉ちゃんの間にも思い出や信頼関係があるはずだ。そのすべてを壊すことになる。
「………ええ。やりましょう」
しかし、お姉ちゃんは力強くうなずいた。覚悟は決まっているようだ。私も別にこんなことはしたくない。右近、左近もお母様に利用された被害者でもある。しかし、命を狙われた以上放っておくわけにはいかない。私は紺右衛門の手を握る。
「紺右衛門、あと少しだけ力を貸して」
「御意」
紺右衛門の姿が光り輝いたかと思うと、一振りの刀に変わった。
妖刀紺右衛門。
これが紺右衛門の真の姿だ。この刀に斬れない怪異は無い。紺色に輝くその刀身が朝日を反射する。もうすぐ夜明けだ。
私は電話機に近づく。緑色の筐体は地面に転がっている。これを斬れば一連の出来事は終わる!
私は刀を上段に振りかぶる。よく狙いを定めて一気に振り下ろす。その瞬間、最後のあがきのように黒い影が電話機から染み出した。刀を弾くつもりのようだ。しかしこの刀は止められない。
「はっ!」
刀はバターをナイフで斬るような感触で、ぬるりと影ごと電話機を中央で切断した。
直後、ぼふんと黒い煙が上がる。術式を完全に破壊したのだ。この電話機はもう鳴ることはないだろう。
「はぁ、はぁ……」
私はその場に座り込んだ。緊張が途切れ、アドレナリンが切れてきたのかもしれない。
「紺右衛門、ありがとう。終わったよ」
だが、紺右衛門は返事をしなかった。
「……あれ?紺右衛門?」
右手に握った刀を見てみるが特に異常はない。ただ、刀身が怪しく光るだけだった。
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